トランプに寄生し「アメリカ支配」を目論むイーロン・マスクの飽くなき野望
イーロン・マスクが進める国家ビジネス
おそらく国王然とした大統領になりそうなドナルド・トランプに対して、プラットフォーマーらは大統領選の最中から、興味深い態度をとってきた。その「領主」たるプラットフォーマーの際たる人物が、イーロン・マスクである。
マスクは、電気自動車メーカーのテスラ、宇宙開発会社のスペースXといった地球上の「ビジネス帝国」を構築しつつあるが、クラウド上の「領土」を望んでいた。その結果、2022年に彼はツイッター社を買収したのであった。ツイッターのブランドは2023年にXに改められ、ドメイン名もtwitter.comからx.comになった。
10月20日付のNYT(ニューヨークタイムズ)が、マスクが経営するテスラおよびスペースXと国家との契約について、徹底的に調査した結果を報道しているので紹介したい。この二つの企業は、「過去10年間に少なくとも154億ドルの政府契約を獲得している」と書かれている。
さらに、マスクの企業は、「昨年、17の連邦政府機関との100近い契約で、総額30億ドルの契約を獲得した」という。こんなマスクにとって、次期大統領との関係を深めることは、自分のビジネスの維持・拡大に不可欠な戦略となったのである。
軍事面での「持ちつ持たれつ」
とくに、スペースXは、国防総省(ペンタゴン)との関係を深めている。10月30日付のNYTの記事「すでに人工衛星のリーダーであるイーロン・マスクのスペースXがスパイゲームに参入」によれば、1年前、軌道上における国防総省の取り組みの大半を監督する宇宙軍は、ロケット打ち上げ会社が事業の一部を獲得するための新しい経路を利用した入札を開始。
今年10月、このタスクオーダーの第一弾を公表したとき、9件すべて、7億3360万ドル相当がスペースX社に発注されていた。なお、宇宙軍は2029年までに56億ドルの打ち上げ契約を結ぶ予定である。
ほかにも、宇宙軍は昨年、スペースXや他の15社を含む、低軌道に衛星をもつ企業から、今後10年間で最大9億ドル相当の通信サービスを購入することに合意した。この契約の最初の1年以内に、予想をはるかに上回るスピードで5億ドル以上の支出が約束され、その「大部分」がスペースX社に支払われた。
今年9月には、国防総省の宇宙開発局が初めてレーザーを使い、軍事衛星間において光速でデータをより安全に伝送することに成功した。この新システムの主要部分を製造したのはスペースXであり、同社は昨年から、レイセオンやノースロップ・グラマンのような大手請負業者や、ヨーク・スペース・システムズのような中小企業が長らく独占してきた軍事衛星やスパイ衛星の製造事業に、大きく進出しはじめていたのである。
この参入は、国防総省とアメリカのスパイ機関が、何十億ドルもの資金を投じて一連の新しい低軌道衛星群を構築する準備を進めていることを背景にしている。なお、低軌道衛星については、拙著『知られざる地政学』〈下巻〉「第三章 サイバー空間 (1)(B)地球低軌道(LEO)衛星利用をめぐって」(240〜255頁)で詳述したので、参考にしてほしい。
マスクに「準備しろ」とトランプ
10月19日、ドナルド・トランプ候補は、ペンシルベニア州での集会で、「我々はアメリカ人宇宙飛行士を火星に着陸させる」と宣言した(下の写真)。そして、「準備しろ、イーロン、準備しろ。我々は着陸させるんだ、そして迅速にそれを成し遂げなければならない」と、マスクに命令した。
そう、スペースXは宇宙開発にも取り組んでいる。アメリカ航空宇宙局(NASA)は、昨年6月、スペースX社が数年後に退役する宇宙ステーションの「軌道離脱」のために、8億4300万ドルの契約を獲得したと発表した。
2021年と2022年には、人類を月に2回運ぶ総額40億ドル相当の契約も結んでいる。過去最大のこのロケットは、さらに大きな衛星を打ち上げるのに使われ、軌道までの飛行コストも削減される。こうして、「もしトラ」が実現すれば、火星開発でもスペースXは巨額の契約にありつけるだろう。
数々の利益相反
だが、マスクの多種多様な経済活動は、さまざまな利益相反を引き起こしている。たとえば、テキサス州にある発射台から汚染の可能性がある大量の水を排出する許可を取得することを義務づける規則があり、スペースXもこの規則を守らなければならない。しかし、マスクはこの規則に疑問を呈している。このような監督を制限することが、スペースXが火星に早く到達するのに役立つ可能性があるとして、批判したのである。
さらに10月、今度は、インターネット衛星を監督する連邦通信委員会(FCC)を攻撃した。マスクは自身のソーシャルメディアのプラットフォームであるX上で、FCCが、同社が農村地域へのインターネットのアクセス提供を目指し申請した8億8600万ドル相当の連邦資金を「違法に撤回」していなければ、ハリケーンで州の一部が壊滅的な被害を受けた後に「おそらくノースカロライナ州で命が救われただろう」とつぶやいた。
これに対して、FCCの広報担当者は、「スペースXがニューアーク・リバティー国際空港など、実際には農村地域ではない一部の地域でのサービス提供を提案していたため、助成金を交付しなかった」と説明した。
マスクにとって、テスラが推進する自律走行が規制当局の調査・規制の対象となっていることが、とくに悩ましい。すでに、道路交通安全局は、テスラに対し、予期せぬブレーキ、ステアリングの制御不能、自動車が「自動運転」モード中に衝突事故を起こしたことなどに関する苦情を含め、5件の調査を開始している。
NYTの調査では、テスラやスペースXを含むマスクの会社は、20以上の調査や見直しの対象になっている。ほかにも、マスクが率いるNeuralinkは、アリゾナ州の男性が、思考でビデオゲームをプレイすることを可能にした、脳とコンピューターをつなぐ機器を開発したり、マスク氏が視力の回復を期待する機器の開発に着手したりしており、今後、食品医薬品局(FDA)との確執が予想されている。
このため、マスクは「領主」として、自らの「領地」や「荘園」の利益の維持・拡大のため、トランプを明確に支持して大統領という国王の座に就かせることで、自らの利益を守ることに決めたようにみえる。
マスクの賭け
マスクは、自身の政治活動委員会「アメリカPAC(政治活動委員会)」を立ち上げ、これまでに約1億2000万ドルを同委員会に注ぎ込んでいる(10月31日付のNYT参照)。その大半は、激戦州におけるトランプ氏の選挙運動を支援する調査活動の資金として使われている。そのほか、批判の的となっている潜在的な有権者向けの現金配布や、100万ドルの抽選会にも使われている。
これは、選挙戦の行方が微妙な州の有権者に対して、嘆願書に署名し、個人情報をマスクの政治活動委員会に提供すれば、投票日まで毎日100万ドルが当たるチャンスが得られるという取り組みだ。だが10月28日、フィラデルフィアの地方検察官は、政治的公約を引き出すために「違法な宝くじ」を実施したとして、マスクとアメリカPACを提訴した。
興味深いのは、マスクとトランプの蜜月が、今年4月に深まったとみられることである。早期投票や不在者投票を嘲笑(ちょうしょう)していたトランプに対して、「ジョージア州、ノースカロライナ州、ペンシルベニア州で勝利するには、そうした票を獲得することが必要だ」とマスクがトランプにテキストメッセージを送った。
するとその夜、トランプは自身のソーシャルメディアのトゥルース・ソーシャルに、「不在者投票、早期投票、選挙当日投票はすべて良い選択肢だ」と書き込んだのである(NYTを参照)。トランプがマスクの意見に耳を傾けたことで、封建的な双務関係に近いものが成立したのかもしれない。
トランプへ忠誠を誓う
加えて、マスクは自らの「荘園」であるXを使って、露骨なトランプ陣営擁護を行っている。9月、独立系ジャーナリストのケン・クリッペンスタイン氏が、共和党副大統領候補のJ・D・ヴァンスに関するハッキングされたとされる資料を掲載した記事を公開した。すると、Xはこの記事の配信を停止しただけでなく、彼のアカウントも停止した。その後、Xのアカウントは回復されたが、配信可能プラットフォームSubstackに投稿した記事へのリンクは、Xでは依然としてブロックされたままである。
いわば、トランプへの忠誠をよりアピールすることで、「もしトラ」後をにらんでいる。マスクは、トランプに政府の無駄遣いに対する監察官のような役割を申し出ており、「政府効率化省」(Department of Government Efficiency, DOGE)のようなアイデアを何度も提案している。
10月27日の集会では、DOGEが国防総省、教育省、国土安全保障省の予算を合わせた額をはるかに上回る2兆ドルを連邦予算から削減すると豪語した。ただし、DOGEのような行政機関の長にマスクが就けば、彼は自分のビジネスの維持・拡大のための取引材料として、この権限を利用しかねない。
このように、「もしトラ」となれば、「トランプ国王」のもとで「マスク領主」のような者が自分の私益のための行政を行うようになるだろう。