野生動物にとっては苦痛でしかない…「アニマルカフェ」「ふれあい動物園」の現実

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動物とふれあうのは楽しいけれど、動物側は?

フクロウやカワウソ、スナネコ、ショウカラゴ、ナマケモノもいれば、ミーアキャット、ワオキツネザル……。今まで動物園でしかみることが出来なかったような動物を間近で見ることができたら……。動物好きや子どもにとってはなんとも魅力的な環境だ。今、そういったアニマルカフェやふれあい施設が増えている。

「子どもが大喜びだった」

「動物のしっぽや頭に直接触れることができて、息子も私も大興奮だった」

「珍しい動物たちを近くで見ることが出来て子どもたちにいい思い出ができた」

「動物園じゃ距離があるけど、直接触れることができるとめちゃくちゃ癒される」

といった声がSNSなどで散見される。

しかし、そこにいる野生動物たちはどうなのだろうか? 本来の野生環境とはまったく異なる室内で、終始強い照明や喧騒の中、たくさんの人たちに触れられるのだ。

「簡単に触れられたりすると、犬や猫と同じような動物と思ってしまう人も少なくないでしょう。ですが、野生動物と犬や猫は明らかに異なります。犬や猫は1〜3万年もの時間をかけて人と共に暮らせるように馴化された動物です。野生動物にはそういった歴史はありません。生態的にも野生動物の多くは、照明や騒音は苦手です。人慣れしているような姿を見せていたとしても、動物学的にいえばそれは“たまたま”です。大きなストレスを抱えている可能性が高いのです」というのは、日本獣医生命科学大学特任教授で獣医師の田中亜紀さんだ。

前編『犬や猫と同じ生き物なのに…日本で進む野生動物のペット化と軽んじられる命』では、ペット化された野生動物の虐待事例などについて話を伺った。後編では、世界で主流になっている「動物福祉(アニマルウェルフェア)」の視点を持って、子どもたちに動物の大切さをどうやって伝えていくべきなのか、田中さんに引き続き伺う。連休で、動物のふれあい施設に行く人もいるかもしれない。その前にぜひとも子どもと一緒にこの問題を考えてみてほしい。

日本人は動物好きが多いのだけれど……

日本で当たり前に使われる「動物愛護」という言葉、海外では使われてないことをご存じだろうか。海外では、動物に対して「動物福祉(アニマルウェルフェア)」という言葉を用いる。動物を愛し護る、という動物愛護という言葉が悪いわけではない。日本独自の素晴らしい考え方でもあるが、あくまでも主体は人間の感情で、人間側が愛し護るという感情論である。

ところが、「動物福祉」の主体は動物であり、科学である。ただ生きていればいい、そこに動物がいればいい、という状態ではなく、その動物本来の習性や生態、行動などが、きちんと発揮できる状態で飼養、管理をしましょう、ということがベースになっている。この「動物福祉」への意識が低いことが、アニマルカフェやふれあい施設など、野生動物を使ったアニマルビジネスが広まるひとつの要因だと田中さんは指摘する。

「日本人は動物好きが多いと思うんです。動物を愛でる、という気持ちはとても大切だと思います。でも、ふれあい愛でる動物は犬や猫、あるいは家畜化された動物だけでいいのではないかと思うのです。犬や猫は、長い歴史の中で人とともに生きることに馴化していきました。正しくふれ合ってあげれば、犬も猫もとても喜んでくれますし、ともに幸せな時間を作ることができます。

ですが、カワウソやナマケモノがそれを求めているか、というとそうではありません。それがごっちゃになっている方が多いのだと思います。海外で普及されている動物福祉では、人間の視点ではなく、動物にとってこの環境は、この状況はどうだろう、という動物視点で考えていきます」

子どもから教わった動物福祉の教育の成果

なぜ日本では、動物福祉的な視点がなかなか育まれないのだろうか? 田中さんは、親や学校での教育に違いがある、という。

「私は約20年間、アメリカで生活し、2人の子どもを育ててきました。野生動物に対する意識の違いは、子どもの教育現場の違いが大きいと感じています。

我が家の出来事ですが、こんなエピソードがありました。今から20年以上前の2002年に2歳の子どもを連れてサンディエゴ動物園に行きました。当時、サンディエゴ動物園ではシャチやイルカのショーを行っていて、そのダイナミックさに子どもも私も“さすがアメリカ、スケールが違う!”と感動しました。

その後、アメリカでは、徐々に水族館でシャチを飼育することが問題視されるようになりました。シャチは北極圏や寒い地域に棲む動物です。ですが、サンディエゴは地中海性気候のあったかい地域にあります。環境の違いからなのか、シャチのヒレがだんだん曲がってきてしまい、シャチの飼育が動物福祉に即しているのかどうか、と議論されるようになりました。結局、本来の生息地ではないところで無理やり飼育するのは動物福祉に反しているということになり、サンディエゴ動物園ではシャチを飼育することをやめたのです。

初めてサンディエゴ動物園でシャチのショーを見てから数年後、子どもが小学生になった頃、家族で再びサンディエゴ動物園に行こう、という話になりました。その時に私が長女に“でもあそこ、もうシャチのショーがなくなっちゃったんだね。寂しいね”と言ったら長女にこう言われたのです。“ママ、なんでそんなの見たいの?”と。“だって、すごい面白かったじゃない”というと、長女は“いや、あんなの明らかなアニマル・アビューズ(animal abuse=動物虐待)だから全然見たくない”ときっぱり言ったのです。

私はハッと気が付きました。長女の小学校には、動物福祉を始め、野生動物とは何か、野生動物を守るために人は何をするべきか、ということを考える授業があり、密輸や生物多様性の問題なども取り上げ伝えていたのです。“この子は子どもの時から野生動物の問題について触れていたからこういう考え方になったんだな”と思いました。日本では野生動物の問題に触れる授業や話題もありませんでした。教育という現場で子どもの頃から情報提供をしていくことがどれだけ大事なのか、痛感させられた出来事だったのです」

ふれあうことよりも知ることが最初の一歩

SNSなどを見みると、アニマルカフェやふれあい動物園に行く理由に、「子どもたちが行きたいと言ったから」「子どもが珍しい動物とふれ合いたいと言ったから」などを上げる人が多い。確かに、珍しい動物にふれ合えるとなったら子どもはうれしいに違いない。でも、野生動物たちの本当の事情を知って、そういった環境が彼らにとって苦痛であることを学べば、子どもたちは見たくない、行きたくないと思うようになるだろう。そして、子どもがリクエストしなければ、親も進んでは行かなくなるだろう。

しかし、「動物福祉」という言葉に不慣れで、学校教育でも教えないことが多く、さらに街にはアニマルカフェやふれあい施設が数多く存在する日本で、どうこの問題に取り組んでいったらいいのだろうか。田中さんは、子どもがそういった施設に行きたいと言ったとき、テレビなどでそういった場所が紹介されていたときに、親子でディスカッションしてみてほしいと言う。親子で想像力を働かせて、動物の気持ちになって考える、ということを行ってみるといいという。

「動物虐待というと、暴力をふるって苦痛を与えることと思いがちですが、それだけが虐待ではありません。アニマルカフェやふれあい動物園の多くは、自然界とは異なる環境です。狭いビルの中の一室に本来は野外に生活する多くの動物たちが集められ、中にはバーや柱に鎖で固定され行動制限されているケースも少なくありません。野生動物の生息地の環境が再現されていないことは、動物たちにとっては大きな苦痛です。

例えば、その施設にいる野生動物を事前に調べて、本来はどういう環境下で育っている動物なのか、まずは親子で調べてみる。その上で、アニマルカフェやふれあい施設で、動物たちはどんな気持ちになるかを子どもと考えてみるといいかもしれません。

でも、そういう話をすると、“アニマルカフェにいたワオキツネザルは、自分から肩に乗ってきたよ。ご飯をあげようとしたらすぐに寄ってきて、虐待されているような感じは全くなかったよ”と言う方もいます。実際に友人の娘さんがそう言ったのです。私はそのときこう言いました。“それはあなたがワオキツネザルの本来の姿を知らないから。彼らは屋内の環境にいるべきではなくて外にいるべきだし、人間と触れ合うような馴化の歴史もない。本来はマダガスカルで生活していて、群れで行動しているんだよ”と。

本来の姿を知らないために、たまたま近くにいたワオキツネザルがポンと肩に乗ってくると、“かわいい!”“人懐っこい”と感じてしまう。でも、実際はアニマルカフェやふれあい施設にいる野生動物たちは黙ってじっとしていても、実はすごいストレスを感じているかもしれない。そういったリアルな姿について子どもとまずは調べて学んでみる。人間だって、初対面で自分のことを何も知らない人に触られたり、大声を出されたり、抱きしめられたらイヤですよね。動物も同じであることを子どもに伝えていくことも大人の役目だと思うのです」

がんばっている動物施設もある

田中さんは、動物福祉の調査研究のために、時間ができるとアニマルカフェやふれあい施設の実態を見に行くという。やはり問題が多い施設は多いが、中には動物福祉を考えている施設もあるという。

「沖縄のあるハリネズミカフェは通常のよくあるハリネズミカフェとは全く異なったものでした。店長さんはハリネズミが大好きで、夜行性のハリネズミの生態に合わせて、営業時間は夜10時から午前2時まで。ハリネズミが起きた時間に店を開け、営業中も店内を薄暗い照明にし、騒ぐ人もいなくて静かに営業をされていました。ハリネズミがいる箱の中には筒が用意されていて、お客さんはハリネズミに触ってもいいけれど、ハリネズミが嫌になったら筒の中に逃げるようになっています。抱っこをするときも店長がハリネズミの様子を心配して横でずっと見ているので、気になって私もすぐに手を放しました(笑)。

店長さんは、ハリネズミを飼育する人が増え、ハリネズミの生態を理解せずに飼育する人もいる中、正しくハリネズミを知ってほしいという思いでやっているとお話していました。こういった形のカフェであればいいのではないかと思いました。

最近では動物園も動物福祉を重視した展示や飼育をしているところも増えています。動物を愛でにいくのであれば、そういった施設を子どもと一緒に調べて探してみて、こんなところがよかったね、と確認し合うのもいいかもしれません。

アニマルカフェではなくて動物園ですが、長崎バイオパークのビーバーの施設はなかなかおもしろい作りをしています。そこではビーバーを放し飼いにして、ビーバーが園内を移動して自分で見つけた木を運んで巣作りをするのです。それを見て来園者は、ああビーバーってこうやってたくさん木を集めて巣作りをするんだね、と知ることができます。

野生動物にとって大事なのは、ふれ合うことよりも、彼らがどう生きていてその環境を私たち人間がどう守っていくかということです。人間本位ではなく、同じ地球に住む仲間としてどうあるべきか、子どもたちにも伝えてほしいと思うのです」

犬や猫と同じ生き物なのに…日本で進む野生動物のペット化と軽んじられる命