同居期間が20年以上の「熟年離婚」の割合が増えている。離婚や男女問題に詳しい弁護士の堀井亜生さんは「『熟年離婚』というと、定年退職をきっかけに妻から離婚を切り出すイメージが強いが、定年退職より前の役職定年をきっかけに、妻の浪費癖が直らないことで老後に不安を持つようになった夫が離婚を考えるケースもある」という――。
※本原稿で挙げる事例は、実際にあった事例を守秘義務とプライバシーに配慮して修正したものです。
写真=iStock.com/yamasan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yamasan

■“セレブ妻に優秀な息子”の幸せな家庭だったのに

Aさん(55歳)は、大手企業で管理職として働いていました。専業主婦の妻(47歳)と、長男(13歳)の3人家族で、高級賃貸マンションに住んでいました。

妻は頻繁に友人とランチに行ったり、高級ブランドの洋服を買ったりと、何不自由なく暮らしていました。

長男は私立中学に通っていて、成績も優秀。複数の習い事に通っていて、Aさん夫妻は将来は長男を海外に留学させたいと考えていました。

いわゆるセレブ妻に優秀な長男……。絵に描いたような幸せな家庭のはずでしたが、Aさんが55歳で役職定年を迎えると、そこから家族の生活は一変しました。

■役職定年で年収は3割ダウン

管理職でなくなり、役職手当がカットされたことで、Aさんの年収は約3割ダウンしました。

これまでお金の出入りに無頓着だったAさんは、収入の下がり方に驚きました。家計を見直すと、これまでは毎月収入の分だけ使っていたために貯金も少なく、今の生活レベルを維持し続けると月々の収支がマイナスになり、長男の留学費用どころか大学の学費も捻出するのが難しくなることがわかりました。

Aさんは意を決して、「収入が下がったので、このままだと老後はとてもやっていけない」と妻に打ち明けました。

「もう今までのような生活はできない。生活レベルを落として節約してほしい。マンションも安いところに引っ越したい」と頼みましたが、妻は不満そうに「収入が下がるのはあなたの努力不足で私たちには関係ない。あなたが何とかしてよ」と言いました。

それまでAさんは、妻には家の口座から自由にお金を使わせていました。これからは毎月決まった額の生活費を手渡しする形にしたいと伝えましたが、それも拒否され、妻はホテルのランチやアフタヌーンティーに行き、ブランドの洋服や化粧品を買うなど、これまで通りの生活を続けました。

収入は下がったのに、毎月の支出額は変わりません。そのため、わずかな貯蓄も減っていきました。

節約してほしいと頼むAさんに、それを突っぱねる妻。家庭内で言い争いが増えて、ついに妻は長男と一緒になってAさんを無視するようになりました。

■妻と息子はぜいたく三昧、夫は自炊で節約生活

外食も買い物も旅行も、Aさん抜きで妻と長男の2人きり。食事もAさんの分は作ってくれなくなりました。

そのため、Aさんは少しでも支出が減るように、安いスーパーを探して慣れない自炊を始めました。

同じマンションに住んでいるのに、ぜいたくな暮らしを続ける妻子に無視されながら、自分は節約生活……。そんな状況が2年続き、貯蓄が底をつきかけた頃、Aさんはもう限界だと感じて、賃貸の物件を借りて一人暮らしを始めました。そして、私の法律事務所に相談にいらっしゃいました。

■「金の切れ目が縁の切れ目」

Aさんは、「金の切れ目が縁の切れ目だと言われたようでつらかった。離婚して自由になりたい」とおっしゃいました。Aさんから依頼を受け、離婚に向けた交渉を始めることになりました。

妻に連絡を取り、離婚したいという希望を伝えると、妻は「自分は何も悪くない、夫には自分たちを一生養う義務があるので離婚はしない。生活費も今まで通り給料全額を自由に使えるようにしてほしい」と連絡してきました。

別居中は、Aさんから妻に婚姻費用(別居中の生活費)を支払います。これは家庭裁判所で基準が決まっていて、夫婦の収入を基に算出されます。Aさんの場合は、役職定年で下がった後の年収が基準になります。その基準に基づいて計算すると、Aさんはマンションの家賃の分だけで、すでに婚姻費用より高い金額を払っていることがわかりました。

そこで、毎月家賃を払っているので、こちらからはそれ以上の負担はしないことを伝えました。

もちろん妻は、足りないと言ってきましたが、収入の基準通りに計算するとこの金額になることを伝え、Aさんは毎月家賃を払い続けました。

すると妻はお金に困り始めたのか、弁護士に依頼して、離婚に応じると連絡して来ました。

こうして離婚に向けた話し合いが始まりました。

とはいえ、持ち家も貯蓄もなく、まともな財産分与ができないので、妻に提示する条件は考える必要があります。そこで、マンションの家賃を長男が大学に進学するタイミングまで支払うこと、長男の養育費だけでなく学費も全額Aさんが支払うことを約束するという条件を提示しました(本来、学費は双方の収入割合に応じた負担額になります)。

Aさんの財産を開示すると、妻は「隠している口座があるはず」とかなり食い下がってきましたが、Aさんの財産は妻が把握している口座のみでした。他に株や不動産も持っていないため、分けるものは将来の退職金と年金程度でした。

■老後資金を使ってしまった妻

分ける財産がないことを理解して、ようやく妻は、自分が老後の生活費を使ってしまったことを理解し、渋々ではありますが、この条件での離婚に応じました。長男に払う養育費や学費の取り決めも行い、Aさん夫婦は離婚しました。

離婚後、妻は長男と一緒に実家に戻りました。Aさんは定期的に長男と会っていますが、妻の実家はある程度裕福なため、生活に不自由はないようでした。

写真=iStock.com/yamasan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yamasan

■別居し婚姻費用を払う方がメリットになることも

こうしてAさんは離婚することができました。

Aさん夫妻のように、毎月の生活費の負担が大きい家庭の場合、別居するとそれまでの生活費よりも婚姻費用の方が低い金額になることがあります。

婚姻費用は、夫婦双方の収入と子どもの人数に応じた計算方法に基づいて決まるので、あくまでケースバイケースになりますが、配偶者が生活費を浪費しているような場合は、別居して家計を分けて、基準通りの婚姻費用を支払うようにリセットできることは大きなメリットになりえます。

Aさん夫妻は役職定年を機に離婚に至りましたが、「金の切れ目が縁の切れ目なのか」というAさんの言葉は、役職定年で夫婦仲が悪化した当事者のつらさを表していると思います。

「定年退職後、家にいると家族から用済みのような目で見られてつらい」という話はよく聞きますが、役職定年によって、思ったより早くそのつらさを経験することになってしまうのです。

■「お金だけでつながっている家庭」の行き着く先

金の切れ目は縁の切れ目なのか……。夫と家族がお金だけでつながっている家庭だと、そうなってしまう可能性があります。まずは、役職定年を迎える前に、自分の会社の制度をあらかじめきちんと理解して、収入が減ることを人生設計に入れておくようにしましょう。

とはいえ、役職定年以外にも、病気やけがで収入が減った夫が家族に冷たくされるようになるというケースが見受けられます。また、その反対に、家庭のピンチを機に家族の結束が強まるというケースもあります。

その分かれ目になるのは、それまでの家族との接し方なのかもしれません。家計の管理など、面倒なことやマイナスなことから目を背け続けていると、いざ家族が大きな問題に直面した時に、持ちこたえることができず、家族がバラバラになってしまいます。

普段からマイナスなことも共有して、対策を話し合っておくことで、大きな問題にも耐えられる家族になるのかもしれません。

30代や40代のうちは、マイナスなことに向き合わなくても、気力や体力で何とか対応できてしまいます。しかし50代になると、それまでおざなりにしてきたことのツケが回ってきます。その大きな一例が役職定年離婚と言えるでしょう。

特に家計の管理は家族にとって大きな問題です。若いうちから将来設計を考えて話し合い、いざというトラブルの時にも家族が結束できるようにしておきましょう。

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堀井 亜生(ほりい・あおい)
弁護士
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)、『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』(小学館)など。
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(弁護士 堀井 亜生)