なんと、1秒間に数千対のペアをマッチングさせる…DNAポリメラーゼの「衝撃的な常識」

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美しい二重らせん構造に隠された「生命最大の謎」を解く!

DNAは、生物や一部のウイルス(DNAウイルス)に特有の、いわゆる生物の〈設計図〉の一つといわれています。DNAの情報は「遺伝子」とよばれ、その情報によって生命の維持に必須なタンパク質やRNAが作られます。それゆえに、DNAは「遺伝子の本体である」と言われます。

しかし、ほんとうに生物の設計図という役割しか担っていないのでしょうか。そもそもDNAは、いったいどのようにしてこの地球上に誕生したのでしょうか。

世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。その本質を探究する極上の生命科学ミステリー『DNAとはなんだろう』から、DNAの見方が一変するトピックをご紹介しましょう。今回は、DNA複製を担うDNAポリミラーゼのはたらきについての解説をお届けします。

*本記事は、講談社・ブルーバックス『DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり』から、内容を再構成・再編集してお届けします。

DNAポリメラーゼのしくみ

ここで、DNAポリメラーゼがはたらくしくみを、やや化学的に見てみよう。

DNAポリメラーゼが触媒するのは、伸長しつつある(新しく合成されつつある)ポリヌクレオチド鎖の末端部分(3′末端)、つまりデオキシリボヌクレオチドの3位の炭素に結合している3′- OH(水酸基)に、次のヌクレオチドのリン酸基を作用させて「ホスホジエステル結合」を形成し、DNAを1ヌクレオチド分(1塩基分)伸ばすという反応である。

この反応を次から次に起こしていくことで、ポリヌクレオチド鎖にヌクレオチドが次々に「重合」し、DNAが合成されて伸びていく。ちなみに、今や誰もが知るところとなった「PCR」は、「ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase chain reaction)」の略だから、こんな身近なところにもDNAポリメラーゼがいるということに気づかされる。

僕は大学院在籍中から大学の助手の頃まで、DNAポリメラーゼを精製してその活性を測定するという実験をおこなっていた。精製したDNAポリメラーゼの活性を見るときには、必ず塩化マグネシウムを反応系に加えなければならず、これを加えるのを忘れるとまったく活性が出ずに、その日の実験はすべて「パア」になる。

塩化マグネシウムを加えるのは、DNAポリメラーゼの活性中心(はたらきの中心となる部分)にはマグネシウムイオンのもつプラス電荷が必要で、マグネシウムイオンがポリヌクレオチド鎖末端の水酸基にある「たまった電子(マイナス電荷をもつ)」(酸素原子には余剰の電子がある)を引きつけることで、次のヌクレオチドにあるリン酸(マイナス電荷をもつ)を水酸基と結合させ、ホスホジエステル結合をつくりやすくするからである(図「DNAポリメラーゼの活性中心におけるマグネシウムイオンのはたらき」)。

そんなことも知らずに、大学院生の頃はひたすら実験を繰り返していたことを懐かしく思い出す。

DNAポリメラーゼに与えられた使命

ここで重要なことは、DNAポリメラーゼというのは、あくまでもヌクレオチド重合反応、つまり「ポリヌクレオチド鎖を合成し、伸ばす」反応を触媒するのであって、DNAが二重らせんを形成し、さらに複製にとって最も重要な性質である「塩基の相補性」、すなわちAとT、GとCがそれぞれ正しい塩基対を形成する状態をつくる反応を触媒するわけではない、ということである。

いってみれば「伸ばしゃあいいんだよ、伸ばしゃあ」というのが、DNAポリメラーゼに与えられた使命なのである。

ただ、長い進化の帰結として、(1)DNAポリメラーゼ、(2)伸長されつつあるポリヌクレオチド鎖の末端、(3)鋳型となるDNA、そして(4)材料たるヌクレオチドの4者が、ちょうどうまい具合に集まったときの立体構造が、鋳型の塩基とヌクレオチドの塩基が相補的になったときに、DNAポリメラーゼ自身が「いちばんしっくりくる」ようになっている。

いうなれば、「結果として相補的な塩基をもつヌクレオチドがきちんと取り込まれるようになっている」のである。

この触媒の様式こそが、DNAがときどき「突然変異」を起こす遠因になっている、ともいえるのだが、それはまた次の機会に譲ることにする。もちろん『DNAとはなんだろう』では詳しく解説してあるので、ぜひ読んでほしい。ここでは、DNAポリメラーゼが「しっくりくる」とはどういうことなのかを確認しておこう。

右手モデル

「職人」とよばれる人たちには、長年の経験によって磨かれた卓越した技術がある。特に、手先や指先の絶妙な力加減や動きがその作品の出来を左右するような場合ーー機械による大量生産ではなく、一つ一つの作品がすべて手作業によるものの場合ーーには、なおさらその手技がものをいう。

ここで、読者諸賢にも一度体験してもらわねばならない。粘土をこねこねするのである。使うのは「右手」だ。

数センチメートルほどの直径の粘土塊を右手にとり、ギュッと握る。そうすると、親指以外の4本の指の跡がついた、ややいびつな塊ができあがる。その出来不出来をここで評価して成績をつけ、単位を落とすようなマネはしない。

この体験は、みなさんに「DNAポリメラーゼ」になったつもりになってもらうというものである。ただ、この場合は「右手=DNAポリメラーゼ」なのであって、「みなさん=DNAポリメラーゼ」ではないというところがミソだ。DNAポリメラーゼによるヌクレオチド重合反応は、「右手モデル」とよばれるモデルによって説明されるからである。

「右手モデル」と題した図(『DNAとはなんだろう』では、もう少し詳しい図を載せたのだが、ここでは少し簡便な図でご勘弁いただきたい)は、DNAポリメラーゼの右手モデルを示したものだ(同図上)。このとき、鋳型となる1本鎖DNAは、まっすぐに右手の〈手のひら〉(palm領域)にぶちあたり、そのまま折れ曲がって上方に伸びる。この〈手のひら〉が、ヌクレオチド重合反応の舞台であり、ここにDNAポリメラーゼの活性中心がある。

重合される新たなヌクレオチドは、この〈手のひら〉にやってくるわけだけれども、ただやってきただけでは鋳型の塩基ときちんとしたペア、すなわち、正しい塩基対をつくる塩基をもったヌクレオチドかどうかを判別することができない。判別できないと、「そこに山があるから登るんだ」的に、「そこに塩基が手を振って待ってるから来たんだ」とかいいながら、ペアとしては不適切な塩基をもってやってきたヌクレオチドを取り込みかねない。

しかし、その点は心配ご無用である。

右手モデルの〈4本の指〉(fingers領域)は、新しいヌクレオチドが〈手のひら〉に取り込まれるたびにパタンと閉まるようになっている。そのとき、正しい塩基対が鋳型と新しいヌクレオチドのあいだで形成されると、DNAポリメラーゼが〈しっくりくると感じとる〉からである(図「右手モデル」の下)。

なんらかのセンサーがあるというわけではない。タンパク質というのは、立体構造どうしの相互作用と、その〈フィットの度合い〉によってその後の反応が起こるか起こらないかが変わるので、立体構造の上で〈しっくりくる〉かどうかがとても大切なのである。

そして、この〈指パッタン〉は、1秒間に数十回も羽ばたくことで知られるハチドリもびっくりの超高速でおこなわれるらしい。DNAポリメラーゼはなんと、1秒間に数千塩基対ものペアをつくることができるのだ。それでもってさらに正確だというのだから、もう驚くほかはない。人間には不可能な大技であり、DNAポリメラーゼの常識は人間たちの非常識であるともいえよう。

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さて、DNAの登場以前から、すでに誕生していたRNAが自己複製して増えるという世界が存在していたとする「RANワールド仮説」というものがあります。続いては、この仮説においてポリミラーゼがどのような役割を演じ、進化してきとされるのかを取り上げます。

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