大事なのは「自分の体力や精神面を理解すること」…更年期を乗り切る重要ポイント あるアナウンサーの更年期
最近なんだか疲れる…家族に当たり落ち込む
最近なんだか疲れが取れない。夕方になると頭が重くなり目もシバシバ。
そうなると集中力も以前に比べて続かない。仕事から帰って慌てて夕飯の準備にかかるのだが、作り終える頃にはもうへとへとだ。
以前の私だったら軽々とやってのけられたことにちょっとずつ、しんどさを感じ始めている。
もう50歳だもの仕方ないのかな、いつも寝不足だし…そう単純に加齢や生活習慣の影響と考えていたが、ある日、初めて深刻に捉えた。
片付けても片付けてもすぐに散らかってしまう我が家。その日も子供たちに軽く小言を言うつもりだったのに、言っているうちに“なぜか”歯止めがかからず、自分の想定感情を“大きく凌駕”し、かなり厳しいトーンで怒鳴ってしまっていた。
「もう!いいかげんにしてっ!!」
夫、そして小学生の息子たちのあっけに取られた表情と静まり返ったあの瞬間。フリーズした映像が今も目に張り付いている。
え?私、なんで今こんなに怒っちゃったんだっけ?
誰よりも私自身が自分の感情の振れ幅に驚き、すぐに後悔した。何かおかしいことが自分のなかで起こっている?
10月18日は「世界メノポーズ(閉経)デー」。自分の体、ホルモン、そして更年期について考えてみたい。
自分に何が起きているかわからない不安
ベラルーシ出身のオリガ・エルセーバさんは沖縄科学技術大学院大学(OIST)の免疫学博士で長く日本で暮らしている。オリガさんは私の話を「うんうん」と頷きながら聞いてくれていた。
オリガさん:
わかります。私もまさにそうでした。
オリガさんは40歳で3人目の子供を産み、その2年後にPMS(月経前症候群)が酷くなった。だるくて立ち上がれないような不調が続き、43歳で生理が止まった後、めまいや吐き気に襲われ、体が全く動かなくなってしまう。
病院に行っても症状は悪くなる一方で、次第に気力も失っていく。
自分はいったいどうなってしまったのか。
不安でいっぱいで、家族にもイライラして当たってしまったという。
オリガさん:
婦人科に行っても、まだ少し若かった為か更年期とは診断されず、単に“ストレス”や“疲れ”だと診断されたんです。途方に暮れました。
なぜ自分が「不安」になっているのか分からない、”理由のない不安”にもさいなまれました。
手に負えない感情に覆われ、自分が自分でないような感覚でした。自分に何が起きるか、自分にも分からないことがとても辛かったです。
結局、3つめの病院で「更年期症状」と診断されるまで1年あまり苦しみ続けた。
ーーなぜ、診断が出るまでそんなに時間がかかったと思う?
オリガさん:
勉強不足でスキルや情報のアップデートができていない医師も多いと痛感しました。保険診療では“診断”は“症状”に合わせて出すものですから、更年期障害を理解できていない医師は答えを出せない。更年期は年齢も症状も人それぞれですから。
私自身も医学博士の資格があるのに、分からなかった。医学部の学生時代、更年期などの女性のヘルスケア分野はカリキュラムの中で履修時間はほどんどなく、隅に追いやられていた印象です。
自分が築いてきたものがなくなってしまう恐怖
私は仕事面でも体力がある方だったが、無理の効かない瞬間が増え、がっかりしている。研究者としてキャリアを築いてきたオリガさんは、どのように更年期に仕事と向き合ったのかを聞いた。
オリガさん:
45歳の頃、体調不良が続いて次第に自信を失っていきました。集中力が続かず、出来ていたことが出来なくなり、これまでしなかったような失敗が続いたんです。生徒に教えることは辛うじてできましたが、研究ができなくなりました。
今までこんなに勉強してきたのに全て失ってしまうのか、自分は何も出来ない人間になってしまうのか、と将来への不安と恐怖で泣きました。
ーーどのように乗り越えた?
オリガさん:
「あなたのせいじゃない。更年期があなたのアイデンティティを奪ったのよ」というカウンセラーの言葉に救われたんです。“更年期は自分自身を見失わせる”ということに気づかされました。
それからは、今まで出来ていたことを少しずつやってみることに挑戦できるようになりました。集中力を維持するのは相変わらず難しかったけれど、これまで培ったスキルはそう簡単には忘れないと気づきました。自分の体力や精神面を理解することこそ、この時期を乗り切るために重要なことだと知ったんです。
オリガさんは自身の経験から、日本の女性が更年期を乗り越えるための手助けをしたいと、更年期オンライン診療サービス「ビバエル」を立ち上げた。
ーーどんな会社ですか
オリガさん:
まずは、症状をゆっくり聞いてもらうことが大切だと痛感した自分の経験から、このサービスではカウンセリングに時間を取れるようにしました。そして適切な予防・対処法、医療に繋げます。カウンセリング後、医師に繋ぎ、必要であれば処方箋を出して薬を郵送するまでオンラインのワンストップで完結させました。
日本の保険診療システムでは更年期に関して「話を聞く」だけだと0点なんです。何かしら診断し、病名を決めないとお金にならない。ところが様々な症状が出る更年期症状の場合、時間をかけて話を聞かないとその人に合った診断ができないにもかかわらず、「しっかり話を聞く」時間を作れない、作らない医療機関も多いのです。
症状は本当に人それぞれ。まずは1人ひとりの心に寄り添うサービスが必要だと感じたのです。
ーーオンラインだと忙しい人も利用しやすいですね
オリガさん:
時間のない人や病院に行きたくない人、何件か病院を回った後に辿り着いた人など、既に延べ300人以上の女性が利用しています。内科や外科に行っても結果は芳しくなく、門前払いをされることもあると聞きました。
更年期症状は我慢しなくていい、頑張らなくていい
ーー様々な症状があっても多少の不調では婦人科に行かない女性も日本では多いと思う。
オリガさん:
日本の女性は我慢すること、迷惑をかけないことをとても重視しているように見えます。更年期はみんなが通る道なのだから自分だけ大騒ぎするのはみっともないとか、みんな頑張っているのだから自分も頑張らなくちゃ、と無理をする。特に私たちの世代――40代、50代、60代の日本女性はそう考えがちなのではないでしょうか。
ーー更年期は頑張らなくていいんですね
オリガさん:
頑張っても更年期はなくなりませんよ。でも症状に合った早目の適切な支援があればかなり変わります。
私が更年期だと診断される前、こんなことがありました。
ある女性医師に「性欲が全くなくなってしまって戻らない」と相談したのですが、その先生は「我慢してやればいい」と言ったのです。心底驚きました。
更年期は“人生のおどり場” 自分を見つめ直す時間
ーー日本では加齢や更年期、閉経に対しポジティブでないイメージが社会にある気がするが
オリガさん:
本当に誰か教えてほしいのですが、なぜ日本では若い女性が年齢を重ねた女性より人気があるのでしょうか。そしてなぜ閉経した女性に関して“女性でなくなる”というような酷いことを言う人がいるのでしょうか。女性の価値をどこに求めているのかずっと疑問に感じています。出身のベラルーシでは更年期は別段恥ずかしい話でもなく、女性でなくなるなどと言われることは決してない。
失礼な話だと思う。私は、日本ではまだ男女の性差の社会的格差が大きく、そのことに根差す差別的な考えから生じるのではないかと感じる。もちろんそのような考えの人ばかりではないと知ってはいても、会社で更年期の症状を打ち明けるには、まだ日本では勇気が要ると思う。
ーー“自分は前ほど役に立たない”と受け取られないかと心配だが
オリガさん:
更年期とは何かという認識は、社会の課題でもあると考えています。例えば会社が仮に「更年期の女性は給料分働けていない」と考えるのであれば「アウトプット」ベースで考えているから。
そうではなく、更年期の症状がひどい期間は、このステージまで辿り着いた人の知恵や経験を使えるような仕事を与えてほしいんです。私は100人を超す女性から話を聞いていますが、妊娠・出産を経て、せっかくここまで男性と肩を並べて頑張って来たのに「更年期でまたキャリアがストップしてしまうのか」という苦しい思いを誰とも共有できていない人も多い。
だから、なおさら“頑張って”しまい、職場でストレスを抱える女性が多いんです。
離職したり、管理職を辞退する女性も多いです。
ーーそうだとすれば悪循環ですね
オリガさん:
企業内、社会の理解が不可欠です。更年期はずっと続くものではないということを、社会にも、女性自身にも伝えていきたいと思っています。
取材後記
「女性が人生のその時々のステージを受け入れることも大切」とオリガさんに指摘され、私はハッとする。
昭和生まれの”頑張っちゃう世代”の私、自分で自分の変化を受け入れるのに抵抗があったのかもしれない。
女性はもちろん男性にも更年期はある。
人生がずっと全速力のわけはないと、改めて思う。
「“人生のおどり場”で少しゆっくり自分を見つめ直す時ですよ」
というオリガさんの言葉が温かかった。
まずは深呼吸して、家族に話してみよう。更年期について。自分の今の気持ちについて。
このテーマで今後も取材をしていきたいと思います。
取材・執筆 島田彩夏(フジテレビアナウンサー兼報道局解説委員)