「熱海秘宝館」が初めての大規模リニューアル…「文化としての性」を残す最後の砦になっていた

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1980年に開館して以来、「熱海秘宝館」が初めて大規模なリニューアルを実施し、今年5月14日にリニューアルオープンを果たした。

1972年に日本で初めて等身大の人形を用いた「元祖国際秘宝館伊勢館」の流れを汲み、「性」のアミューズメント施設として1970年代〜80年代に隆盛した秘宝館は、全国の温泉観光地を中心に少なくとも19館が存在していた。

だが、2000年代には閉館が相次ぎ、熱海秘宝館は日本最後の秘宝館とされる。もともと同館のファンであり、自ら手を挙げてその改修を指揮したというプロデューサーの渡邉美聡氏に、今回のリニューアルの経緯や想いなどを聞いた。

新しい視点を獲得する「ネオ秘宝館」

もともと秘宝館が好きで学生の頃にも熱海秘宝館へ足を運んだ経験があったという渡邉氏。美術大学で学芸員の資格を取得し、卒業後に展覧会などの企画プロデュースを経て、「秘宝館展」の企画を計画したことが契機となり、今回のリニューアルに携わることになったという。

「秘宝館という文化、また日本最後となった熱海秘宝館にも大きな価値を感じており、当初は『秘宝館展』のような企画展の開催を考えていました。そんななか、熱海秘宝館側から『熱海秘宝館の展示内容を近年のメイン客層である若い観光客の方に合ったものに刷新したい』といった相談を受け、これはぜひやってみたいなと」

1階のリニューアル第3エリアには「ケイスケカンダのランジェリーで描く部屋」というインスタレーション作品を導入し、同作は新しい視点を獲得する「ネオ秘宝館」の象徴的な展示のひとつとなっている。

「今回のリニューアルを節目に、熱海秘宝館の存在意義を『アミューズメント・ミュージアム』と再定義しています。秘宝館らしいエンターテインメントと共存するかたちで、秘宝館を含む『文化としての性、性愛』について、思考の契機となる場としても存続していこうと。

ミュージアムとしての第一歩を象徴するのは、ファッションブランドのkeisuke kanda(ケイスケカンダ)さんに、『わたしのためのランジェリー』というテーマで制作していただいた本作品です」

これまでの熱海秘宝館では女性のランジェリーを『勝負下着』のようなエロの文脈、『他者のためのもの』としてのみ表現していましたが、一方で、女性にとっては衣服と同じように、その日の気分や体調に合わせて身に付けることで自分に寄り添う、『自分のため』のものでもあります。『エロの文脈で消費されがちだった女性のランジェリーを問い直す展示』をぜひ導入したいと思いました。

フォトスポットとしてエンタメ性を担保しつつ、アート作品として女性のランジェリーについて問いかけている、アミューズメント・ミュージアムとしての象徴的な作品です。デザイナーの神田さんは、ランジェリーのレースの美しさに着目され、『消耗品としての下着ではなく、アートやインテリアに通じる概念として昇華させた』と語られています。美しい空間が生み出されました」

もっともこれは男性目線の展示が中心だった旧来の熱海秘宝館へのカウンターのようなもの。こうした男女の対比だけを現代的な要素として殊更に強くリニューアルで打ち出す狙いがあるわけではないという。

「今回のリニューアルの根底にあるのは、多様なエロティシズムの表現を紹介し、『私たち人間のもつ力とは何か』という問いを捉えていくことです。女性、男性というような大きな主語ではなく、個々人にとってのエロティシズムと創造(想像)力がリニューアルのテーマになっています」

SNSで拡散OKなフォトエリアも

今回のリニューアルに合わせて、3階には高度経済成長期に隆盛し、現在に至るまでの「秘宝館の歴史」をパネルなどで紹介するエリアを設けた。

日本で唯一、秘宝館をアカデミックに研究してきた東北大学大学院の妙木忍氏が執筆・監修しており、また秘宝館に関する著作もある都築響一氏からも写真提供などの助力を得たという。

「厳密にはリニューアルエリアとはしていませんが、最後に生き残った1館として、非常に大切なエリアだと思っています。熱海秘宝館側からも当初から、『秘宝館の歴史を紹介するエリアを入れて、秘宝館という文化と閉館していった各秘宝館に対し敬意を表し、現行のお客様に伝える努力をしていきたい』とオファーを受けていました。

こちらで妙木先生のコレクションもお借りして展示しています。熱海秘宝館にも“熱海”を題材にした展示品がいくつもありますが、例えば自然豊かな北海道の秘宝館には交尾する動物の展示品などもあり、秘宝館は“観光施設”として地域の特色を打ち出すことを意識されていたことがうかがえます」

ちなみに筆者は2015年にプライベートで熱海秘宝館に立ち寄った経験があるが、当時の写真を見返しても熱海秘宝館に関する写真は1枚も手元に存在しない。

「18歳未満は入館不可のアダルトミュージアムなので、これまでの熱海秘宝館内はすべて写真撮影禁止でした。今回のリニューアルで1階はすべて撮影OKのフロアとして改修しています。リニューアル前はクレーンゲームなどのゲーム機とアダルトグッズショップ、老朽化が進んだ大型展示が入っていました。

現在、旅行の目的として『写真を撮る』ことは欠かせないもののひとつで、観光地としての熱海秘宝館での思い出を残すことができるよう、フォトエリアは絶対に必要だと考えていました。SNSで拡散されても(全年齢に見られても)良い内容を考える必要があり、フォトエリアの企画は非常に苦労しました」

実用の外にあるエロティシズムの魅力

性は人類すべてに関係する根源的なテーマ。さまざまな人の当事者性を喚起しやすいだけに、当然、配慮が求められる。

「性、性愛は全人類に当事者性があるテーマ。リニューアルに際して、改めて弁護士などの専門家にご協力いただいています」

だが、リニューアルの企画でそうしたルールの“縛り”はむしろ想像力をかき立てる仕掛けとして機能したようだ。

「新しい秘宝館の企画を考える上でも、イマジネーションの力を大切にしました。直接的な表現に頼りすぎると、かえって受け手の楽しみ方や感じ方を限定・制約してしまうので、つまらなくなってしまうんです」

ホラー小説がときに過激な映像以上に深い恐怖体験をもたらすことがあるように、エロティシズムにも受け手の想像力を刺激する性表現ならではの情緒もある。幅広い性の表現を通じ、俯瞰的に性のカルチャーに触れられる熱海秘宝館のような施設は、今の時代だからこそ重要なのだと渡邉氏は語った。

「現在の日本において、秘宝館の存在は社会的意義があるものだと信じて疑わずに取り組みました。性、性愛は人間にとって普遍的なテーマで、誰にとっても当事者性があるゆえに忌避されやすく、無かったものにもされがちです。それが秘宝館のような“文化”としてのものであっても同様です。

人類の“創造の軌跡”の一側面である、『文化としての性、性愛』について総括的に知り、感じ、考えることのできる空間は、日本では秘宝館以外にはほぼ無いと言えると思います。現在の日本で性や性愛に関するトピックといえば、“実用的なもの”がほとんどではないでしょうか。

でも、エロティシズムって“実用性の外”にあるもので、人間だけが持つ力、人間ならではの想像力・創造力が必要なもの。リニューアルを経た熱海秘宝館が、『文化としての性、性愛』について思いを巡らせられる場所になればと思っています」

性の聖地・熱海秘宝館がリニューアルに踏み切ったワケ…「エロの可能性」を探るミュージアムの独特な風景