異次元緩和の「罪と罰」 失敗したのは日銀だけではなかった。物価目標2%の絶対視が世界インフレの引き金を引いた。

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「バリバリの金融実務家であった私が、わからないことがあれば一番頼りにし、最初に意見を求めたのが山本謙三・元日銀理事です。安倍元総理が、もし彼がブレインに選んでいたら、今の日本経済はバラ色だったに違いない」

元モルガン銀行・日本代表兼東京支店長で伝説のトレーダーと呼ばれる藤巻健史氏が心酔するのが元日銀理事の山本謙三氏。同氏は、11年にわたって行われた「異次元緩和」は激烈な副作用がある金融政策で、その「出口」には途方もない困難と痛みが待ち受けていると警鐘を鳴らす。史上空前の経済実験と呼ばれる「異次元緩和」は、物価目標2%達成への異例のこだわりから始まった。実は、物価目標を絶対視したのは日銀だけでなく、米国のFRBも欧州のECBも同じ過ちを犯し、金融引き締めの遅れが世界インフレを招いた。

※本記事は山本謙三『異次元緩和の罪と罰』から抜粋・編集したものです。

失敗だった米国の「平均物価目標2%」

日本のように物価指数を絶対視する姿勢は、決してグローバルなスタンダードではなかった。ところが、2020年初めの新型コロナ感染の拡大をきっかけに、米国のFRBはスタンスを大きく変えた。失業率が大幅に上昇し、コアPCEデフレーターも、瞬間風速(前月比)でゼロ%を割り込む月が出てきた。財政面からは巨額の支出が施され、FRBも政策金利を引き下げるとともに、量的緩和政策を復活させた。

さらにFRBは、2020年8月、従来の物価目標政策を改め、「平均物価目標(flexible form of average inflation targeting)」を導入した。「一定期間の平均で物価目標の達成を目指す」とする考え方で、2%を下回る物価が一定期間続く場合には、これを補うように次の期間は2%を緩やかに超えるインフレ率(moderately above 2%)を目指すというものだった。長期的なgoalとしての物価2%を補完するかたちで、事実上、短中期的に達成すべき目標として平均2%を付け加えた。

これには目標としてのコミットメント(約束)を強める狙いがあり、日本銀行が掲げる「オーバーシュート型コミットメント」に似た措置だった。

しかし、この政策変更が裏目に出た。新型コロナ感染が一服しつつあった2021年春には国内需要は急回復し、供給不足と相まって物価は2%を超えた。それでも、FRBは「平均物価目標2%」の考え方に沿い、大規模な金融緩和を継続した。

結局、利上げの開始は、2022年3月にずれ込んだ(国債等買い入れ額の縮小開始は2021年11月)。このころにはロシアのウクライナ侵攻もあり、物価の上昇に弾みがついていた。結局、2022年中の物価は前年比5%を超え、40年振りの高インフレとなった。

この高インフレについて、多くのエコノミストはFRBが物価の先行きを見誤ったものとみなしているが、著者には、「平均物価目標」の導入がインフレ圧力の高まりを見逃すバイアス(偏り)を生んだように見えてならない。前述のとおり、米国のコアPCEデフレーターは長期にわたり前年比1%台で安定を続けていた。にもかかわらず、「一定期間2%を下回る物価が続いたあとは、2%を緩やかに超えるインフレ率を目指す」とのフレームワークは、「物価は2%台で安定するはず」との前提をあらかじめ織り込んでいるように見える。そうした信じ込みが、物価2%超えの背後にあるインフレ圧力の高まりをむしろ好ましい動きと錯覚させる素地となったのだろう。

FOMC(連邦公開市場委員会)の声明文には、平均物価目標導入直後の2020年9月会合以降、毎回「2%を下回る物価が長く続いたことを受け、2%を緩やかに超えるインフレ率を目指す」との文言が盛り込まれ、2021年11月会合まで続けられた。しかし、現実の物価は、2000年下期には瞬間風速(前月比年率)で2%台半ばを回復。21年春には前年同月比でも2%を上回り、夏には4%台まで急上昇していた。いずれもロシアによるウクライナ侵攻以前の出来事である。

もし平均物価目標の導入がなければ、これほどのインフレ圧力の高まりを見逃すことはなかっただろう。FRBが引き締めに舵を切ったのは2022年3月であり、政策転換が1年近く遅れた(図表3−4)。その結果、FRBは政策を急転回せざるを得なくなった。

結局、2022年3月から23年7月までの12回のFOMCのうち、計11回利上げを行い、政策金利を当初の0〜0.25%から5.25〜5.5%まで一挙に引き上げた。

急激な利上げは、地方銀行の保有有価証券に巨額の含み損をもたらし、これが一部銀行の預金流出を引き起こした。2023年3月には、カリフォルニア州の中堅地銀シリコンバレーバンクが破綻し、ニューヨーク州のシグネチャーバンク、カリフォルニア州のファーストリパブリックバンクへと波及した。

米国当局は従来禁じ手とされてきた預金の全額保護を打ち出し、事態の鎮静化に努めた。金融システム不安は欧州にも飛び火し、スイスの大手銀行クレディスイスが経営危機に陥り、最大手のUBSに買収された。

物価下落をおそれるあまり導入した「平均物価目標2%」への固執は、大きな痛手となった。2023年以降、米国の物価上昇率はじわじわと低下してきたが、2024年7月のFOMCまではFRBは利下げを見送ってきた。物価上昇率の反転・上昇への懸念と景気後退への懸念の両方を抱え、FRBは正念場に立たされている。

ECBもFRBと同様の失敗

欧州の中央銀行であるECB(欧州中央銀行)の金融政策も、FRBと似た経緯を辿った。同行は、2021年7月、物価目標を従来の「2%未満かつ2%近傍」から「2%」に変更し、物価の一時的な上振れを容認する姿勢を示した。それまでECBは、目指すべき物価を「数値的な定義(quantitative definition)」と呼び、「目標(target)」との位置づけから距離を置いていた。これを、物価目標「2%」への変更とともに、「target」の呼称に変えた。

当時、市場はECBが早めの緩和収束に向かうのではないかとの憶測を強めていた。一方、ECBは、FRBと同様に物価上昇率がマイナスに転化することを恐れた。ラガルド総裁は2021年7月の記者会見の席上で、物価目標の変更につき、「新たな表現はあいまいさを取り除き、2%が上限ではないと断固として示すもの」と強調した。

しかし、これが裏目に出た。後から振り返れば、ユーロ圏の物価はロシアによるウクライナ侵攻以前の2021年夏場以降、明らかな上昇トレンドに入っていた。この結果、ECBも2022年の後半から急激な利上げを余儀なくされた(図表3−5)。

米欧ともに、柔軟な運用を心がけていた時期は、物価目標「2%」が機能していたように見えたが、皮肉なことに物価の下落におびえ、厳格な物価目標「2%」の運用を掲げた途端に物価高騰を招いた。

物価目標の運用のあり方とともに、物価上昇率のマイナス転化をどこまでおびえるかが、大きな宿題として残った。

*本記事の抜粋元・山本謙三『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書)では、異次元緩和の成果を分析するとともに、歴史に残る野心的な経済実験の功罪を検証しています。2%の物価目標にこだわるあまり、本来、2年の期間限定だった副作用の強い金融政策を11年も続け、事実上の財政ファイナンスが行われた結果、日本の財政規律は失われ、日本銀行の財務はきわめて脆弱なものになりました。これから植田日銀は途方もない困難と痛みを伴う「出口」に歩みを進めることになります。異次元緩和という長きにわたる「宴」が終わったいま、私たちはどのようなツケを払うことになるのでしょうか。

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