匿名通信システムの「Tor」はIPアドレスなどの情報を匿名化して通信することができるため、インターネット検閲の厳しい国や地域に住むユーザーが、政治的な検閲を回避して情報にアクセスしたりやり取りしたりすることが可能です。そんなTorの運営に協力しているドイツのNGO団体が警察による家宅捜索を受けて、役員が交代を申し出る事態となっています。

[tor-relays] Artikel 5 e.V. - Another police raid in Germany - general assembly on Sep 21st 2024 - Mailing Lists / tor-relays - Tor Project Forum

https://forum.torproject.org/t/tor-relays-artikel-5-e-v-another-police-raid-in-germany-general-assembly-on-sep-21st-2024/14533



Torは通信内容そのものを秘匿するのではなく、接続経路を匿名化する技術です。ユーザーが使うコンピューターから目的のページ(google.comなど)にアクセスする際、通信経路に他のコンピューターなどの中継地点(ノード)を複数追加し、最終的なアクセス経路である出口ノード以外すべてを暗号化することで匿名性を保っています。

Torによる匿名通信の鍵であるノードは、Torの理念に賛同するボランティアや団体によって運営されています。出口ノードを運営する団体のひとつであるドイツのArtikel 5 e.V.は、2024年9月8日にTorプロジェクトのフォーラムで「ドイツ警察の家宅捜索を受けた」と報告しました。

Artikel 5 e.V.の役員であるGero Kühn氏によると、ドイツ警察は2024年8月16日に団体の登録住所である自宅兼事務所を家宅捜索したとのこと。この家宅捜索は2017年のものに続いて2回目であり、Kühn氏は「ドイツの法執行機関には、『ノード運営者であるNGOに嫌がらせをすればTorユーザーの匿名化解除につながる』と考えている人がいるのは明らかです」と述べています。

家宅捜索を申請した「非技術系の人々」と比較すれば、実際に家宅捜索をした警察官らは技術方面の知識が豊富であり、壊れた中間ノードと出口ノードの申請書類を除けば何も押収されませんでした。それでも、武装した警察官がKühn氏の自宅のリビングルームに1時間半も居座り、脅迫に近い方法で協力を要請したとのこと。Kühn氏はこのような事態が二度と起こらないよう、家宅捜索を認めた令状に対して法的な異議を申し立てる予定です。



その上でKühn氏は、「NGO団体の登録住所として私の個人的な住所やオフィススペースを提供することは、出口ノードを運営することでさらなる家宅捜索のリスクがある限り、耐えることができません。もうこのようなリスクを負いたくないのです」と述べ、Artikel 5 e.V.の役員を退くことを表明しました。

Artikel 5 e.V.は9月21日に総会を開き、団体の新たな登録住所を提供して出口ノードを運営し続ける新しい役員を募集するとのこと。役員の交代がうまくいかなければ、「出口ノードの運営を停止する」「組織全体を清算して予算を他の非営利団体に分配する」といった選択肢について話し合うとしています。

この一件については、ソーシャルニュースサイトのHacker Newsでも大きな話題となっています。

Another police raid in Germany | Hacker News

https://news.ycombinator.com/item?id=41505009

かつてTorの出口ノードを運営していたというユーザーは、「私が出口ノードの運営をやめた理由の一つも、法執行機関の嫌がらせでした」と述べ、運営していた5年間で3回もホスティングプロバイダーからの召喚状を受け取ったとのこと。そのうち2つは出口ノードを通じて「何者かが大学に爆弾の脅迫メールを送った」「何者かがフィッシングメールを送った」というものでしたが、3つ目は「カタールのハッカーがハッキングを仕掛けた」というものだったそうです。幸いにもTorプロジェクトと電子フロンティア財団が無償で手助けしてくれたそうですが、アカウント情報を司法省に引き渡すことになったほか、宣誓供述書の提出もしなければならなかったと述べています。



別のユーザーは、法執行機関がTorの出口ノード運営者に家宅捜索を行うのは、それが匿名通信を行うユーザーの身元特定につながるからではなく、嫌がらせによって出口ノードの運営を断念させることが目的だろうと指摘しました。