広島・尾道と言えば7つの島を巡る「瀬戸内しまなみ海道」や尾道水道を一望する「千光寺」、文学碑が点在する「文学の小道」など、魅力的なスポットが豊富に揃うエリアだ。そんな街に新しい観光の形として、3年前に「16人乗り自転車」が登場したのをご存知だろうか?実はこれ、自転車大国のオランダでは定番だが、日本では尾道でしか体験できない超レアな乗り物なのだ。しかも、ドリンク片手におしゃべりしながら乗車OK。そんな個性派自転車で周遊する、ローカルな旅をレポートしたい。

広島・尾道と言えば「瀬戸内しまなみ海道」や尾道水道を一望する「千光寺(せんこうじ)」、文学碑が点在する「文学のこみち」など、魅力的なスポットが豊富に揃うエリアだ。そんな街に新しい観光の形として、3年前に「16人乗り自転車」が登場したのをご存知だろうか?実はこれ、自転車大国のオランダでは定番だが、日本では尾道でしか体験できない超レアな乗り物なのだ。しかも、ドリンク片手におしゃべりしながら乗車OK。そんな個性派自転車で周遊する、ローカルな旅をレポートしたい。

「自転車のある暮らし」を提案するライフスタイルサイクルショップとは?

店内に並ぶレンタル可能な自動車

噂の「16人乗り自転車」が体験できるのは、「尾道駅」から徒歩13分ほどで到着する『BETTER BICYCLES』だ。「千光寺」や「猫の細道」など、主要な観光スポットからも徒歩5分圏内なので、定番の観光スポットと合わせて足を運びやすいところがうれしい。

コワーキングスペースやカフェを併設している

瀬戸内しまなみ海道の起点である尾道の海沿いに位置する同店は、もともとオリジナル自転車やロードバイク、電動アシスト自転車のレンタルショップとしてスタートした。その後、コワーキング型のシェアオフィスや、海を望むことができるカフェを店内に併設し「自転車のある暮らし」を提案する複合型ショップへと進化した。そして2021年4月、ついに日本初の「16人乗り自転車」が始動したのだ。

店長の馬場秀雄さん。根っからの自転車好きだ

「16人乗り自転車は、自転車の楽しさをもっと多くの方に知って欲しいという純粋な思いからスタートしました。いろいろと規制が厳しくて、プロジェクトを考え始めてから開始するまで3年ぐらいはかかったと思います。この大型自転車は、オランダから取り寄せました」そう語るのは、店長の馬場秀雄さんだ。

白亜の自転車に乗ってノスタルジーな港町を周遊

欧米で親しまれているという、スタイリッシュな16人乗り自転車

実際に縦に長い白亜の自転車を目の前にすると、なかなかの迫力。ハンドルとブレーキはスタッフ側で操作を行うが、ペダルを漕ぐ作業はゲストが主役だ。今回は、毎週金曜日13時から実施している「尾道今昔ツアー」(1ドリンク・クロワッサン付で3300円)を体験することに。尾道の食文化を支えてきたお酢を使用したドリンクとクロワッサンを味わいながら、一般公開されていない日本最古とされる酢蔵(すぐら)「尾道造酢」(1582年創業)で歴史について学ぶことができるツアーだ。

16人乗り自転車

乗車中はハンドルを握る必要がないので、ドリンクやフードを楽しむことができ、ローカルな景色を眺めながら、90分かけて街を巡っていく。サドルの向かいに設置されたテーブルは広々としているところがうれしい。

出発時の様子

果たして16人で自転車を漕ぐというのはどんな感覚なのだろうか?ドリンク片手にサイクリングなんてどう考えても優雅だし、楽ちんそうな予感もするが、人生初の体験でもあるので、内心ドキドキだ。簡単に説明を受けたら、海岸通りからいざ出発である。

全員のチームプレーが期待されるアクティビティ

大人みんなで協力して自転車を運転する貴重な時間

自転車を漕ぎ始めてしばらくすると、16人の大人で力を合わせて運転するとは言っても、全く「楽ちん」とは言い切れない状態であることに気づいた。普段では気づかないようなゆるやかな坂道や、曲がり角になると、途端にペダルがずしんと重くなるのだ・・・。

曲がり角と坂道は力が必要

たとえ隣に腰掛けた人や向かい合わせの席が知らない人でも、「意外とキツイですね(笑)」なんて、思わず話しかけたくなる。そして、坂道や交差点がやってくる度に試練は訪れた。

「信号が青のうちに渡らないと大変なことになるので、なるべく早く渡りきれるよう皆さん頑張って漕いでくださいね〜!」と、店長の馬場さん。その声に反応し、汗だくではあるが、なんとか全力で漕ぎ続けた。

自転車に乗りながら、小腹を満たす絶品ご当地グルメを満喫

「パン屋航路のクロワッサン」と「尾道酢蔵ソフトドリンクサイダー割り」

そんなサイクリングの合間の救世主が、ツアーにセットでついているドリンクとパンである。クロワッサンは、行列ができる人気店として広島で愛される「パン屋航路」の逸品を提供。表面はパリパリ、中はふわふわでそのクオリティの高さに胸が高鳴る。アーモンドがまぶされ、ザクザクとした歯触りと香ばしさもたまらない。

ドリンクは、ソフトドリンクとクラフトビールから好きなものを選べる。筆者はこの後見学予定の「尾道造酢」の「いちじく酢」のビネガーをベースにしたお酢ドリンクをチョイス。サイダー割りは、いちじくの酸味とシュワっとしたのど越しが同時に楽しめて、猛暑の日にも最適である。

日本に現存する最も古い酢蔵で、歴史を振り返る

ツアーで特別に見学できる「尾道造酢」

お酢のおいしさを噛みしめながらサイクリングを続けている間に、約440年も前の安土桃山時代からある老舗酢蔵「尾道造酢」に到着した。尾道でお酢作りが始まったのは、多くの積み荷を運んだ北前船(きたまえぶね)の寄港地として栄えていたことが背景にある。水が綺麗で温暖なこのエリアには、お酢作りに必要な風土が整っており、良質な地下水の採れる井戸も点在。今もなおここでは井戸水でお酢を作っているそうだ。

酒粕を密閉状態にし3年以上熟成させる

はじめに足を踏み入れたのは、広島県の酒蔵から仕入れた酒粕を3年間熟成させる蔵だ。

「熟成させるとアミノ酸が増え、うま味やコクが生まれ、香りが増すんですよ」と、「尾道造酢」取締役の田中丸善要(たなかまる・ぜんよう)さん。熟成後は酒粕をタンクに入れてお湯で溶かし、出てきた酒粕汁を袋に入れて濾過(ろか)器に敷き詰める。さらに圧をかけ、綺麗な酒粕汁を搾り出し仕込み液を完成させる。

特許を取った「水平式連続醗酵法」で発酵

その後、力強い酢の香りが漂う酢蔵の心臓部へ。「水平式連続醗酵法」という、独自の方法で発酵を行うことで、良質な菌を保つことができ、まろやかで香り豊かなお酢ができあがるそうだ。左から仕込み液を流しこむと右側の層に流れ、出口につく頃にはゆっくりと酢酸(さくさん)菌がアルコールを分解し、お酢になるという。

熟成タンクの中で寝かせたお酢
完成したお酢。多彩なラインナップを揃える

酢酸発酵でお酢になったものを熱殺菌して熟成タンクの中で寝かせたら、ビン詰め・ペット詰めを行い、完成だ。「最低半年寝かせることで、口当たりのよいお酢に仕上がります」と、田中丸さん。天正(てんしょう)10年から歴史を刻む酢蔵で、また異なる尾道の魅力に触れることができた。

街の人々から熱い視線を浴びる、新鮮な体験

珍しい自転車に向け、手を振る人も少なくない

復路は、「尾道本通り商店街」や、ラーメン屋・喫茶店などの小さな商店が軒を連ねる「水尾町(みずおちょう)通り」を抜け、再びスタート地点の『BETTER BICYCLES』へ。

商店街に店を持つおばちゃんや、観光に訪れたカップルなど、あらゆる人から視線を浴びる、不思議なひとときであった。歩きながら手を振ってくれる人も少なくなく、新しいコミュニケーションの形を垣間見たような気がする。

定番の広島観光に飽きた大人たちへ

港町を颯爽と駆け抜ける自転車

通常とはひと味違った広島・尾道の美しい風景を楽しむことができる、16人乗り自転車の旅。初めて訪れる人はもちろん、何度も訪れている上級者にもぴったりな尾道の新たな魅力に触れられる体験だ。

■『BETTER BICYCLES 尾道店』
[住所]広島県尾道市土堂2-10-24 ONOMICHI SHARE内
[電話]0848-38-2912
[営業時間]10時〜18時
[休日]水曜日
[交通]JR山陽本線「尾道駅」から徒歩5分
[料金]「尾道体感ツアー」(毎週金・土・日曜日・祝日)ドリンク付1100円(ノンアルコール)、ビール1本付1650円
「尾道今昔ツアー」(毎週金曜日)1ドリンク・クロワッサン付3300円
「尾道ビールツアー」(土・祝日)試飲・ビール1本付3300円

文/中村友美

フード&トラベルライター。東京都生まれ。美術大学を卒業後、出版社で編集者・ディレクターを経験後、現在に至る。15歳からカフェ・喫茶店巡りを開始し、食の魅力に取り憑かれて以来、飲食にまつわる人々のストーリーに関心あり。古きよき喫茶店や居酒屋からミシュラン星付きレストランまで幅広く足を運ぶ。趣味は日本全国の商店建築巡り。