2024年9月11日(水)~15日(日)東京国際フォーラム ホールCにて開催される、PARCO presentsピナ・バウシュ 「春の祭典」 / 「PHILIPS 836 887 DSY」、ジェルメーヌ・アコニー 「オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ」 来日公演の、新たな動画、写真と、ピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踊団メンバーらのコメントが公開となった。

また、来日を記念した関連イベントとして、今回上演する「春の祭典」ほか2つのピナ・バウシュ作品の創作を追ったドキュメンタリー映画『DANCING PINA』(2022年製作)上映会、ピナ・バウシュ・ファンデーション設立者・理事 サロモン・バウシュのトーク・イベントが、ゲーテ・インスティトゥート東京の主催により開催される。

ピナ・バウシュ 「春の祭典」 リハーサル メイキング映像

現代ダンス界の巨星 ピナ・バウシュの最高傑作のひとつ『春の祭典』(音楽: イーゴリ・ストラヴィンスキー)。今回は、アフリカ13か国より選ばれたダンサー35名が踊る。『PHILIPS 836 887 DSY』は、ピナ・バウシュが最初期に創作し、生前自らが踊ったソロ作品で、世界的にも稀少な上演となる。今回の来日公演では、ピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踊団のゲスト・ダンサーとしても知られるエヴァ・パジェが踊る。(同作の映像等は、ピナ・バウシュ・ファンデーションのサイトで公開中)。日本初上演の『オマージュ・トゥ・ジ・アンセスターズ』は、 「コンテンポラリー・アフリカン・ダンスの母」とも称されるジェルメーヌ・アコニー振付、主演のソロ作品で、伝統儀式とコンテンポラリー・ダンスを融合し、自身の祖先たちへの敬意を表した同作は、2023年、ベナンで初演され、アフリカ以外での上演は今回の来日公演が初となる。

ピナ・バウシュ 「PHILIPS 836 887 DSY」 出演: エヴァ・パジェ(中央) (C)Christian Clarke

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市田 京美 (ダンサー、元ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団)

1977年、私は初めてピナ・バウシュの作品に出会う。
ヴッパタール・オペラハウスで”春の祭典”と題された3部作(Wind vom West, Der zweite Fruhing, Das Frulingsopfer)からなる公演。
3作品目の”春の祭典”で魂を揺すぶられ、あまりの衝撃に涙が止まらず暫く観客席から立ち上がることができなかった。
そして先ず思ったのは、日本のダンサー達にも観てもらいたい!
4年後の1981年、ゲストダンサーとして”春の祭典”を踊る機会を得それを機にピナより勧誘され舞踊団に入団。
さらにその4年後1986年、初の日本公演で”春の祭典”の上演。
それから38年という歳月を経て今回のアフリカンダンサーによる”春の祭典”
作品に秘められたピナのスピリットは間違いなく観客を魅了することでしょう!

瀬山 亜津咲 (ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団)

ピナ・バウシュ「春の祭典」は、ストラヴィンスキーの作曲とピナの振付構造が融合し、強力な化学反応を生み出します。この作品は、儀式、犠牲、豊穣、生、死、人間の感情のスペクトルを深く探求します。私にとって、「春の祭典」は特別な作品です。曲を聴くと鳥肌が立ち、予測できない舞台に逃げられない恐怖やエキサイティングな感情が湧き上がります。ピナが私に植え付けてくれた、嘘のない飾らない芸術性と諦めないダンスへの探究心の原点です。ダンサーと観客に計り知れない感動と体験を与えるこの公演を、多くの方々にご覧いただければ幸いです。

副島 博彦 (立教大学名誉教授・舞踊批評家)

「踏め、踏め、大地を!踏んで春を呼び起こせ!」春を迎える大地へ感謝の生贄として選び出された若い女性が、その命を断たれる暴力的で不条理な終末の一打に向かっていくピナの《春の祭典》(1975)は、モダンダンスのひとつの頂点だ。土に覆われた舞台でくりひろげられる恐れと慄きのドラマ。剥き出しの情動は、身体の深部から動き出すとりわけ上肢のダイナミックなムーブメントとなって、つぎの10年で確立されるピナ独自のタンツテアターでも、かたちを変え遍在することになる。

貫 成人 (専修大学教授・舞踊批評家)

台詞や映像など“何でもあり”のダンスシアターという手法で、人間の心理と真理を鋭く、しかし優しく突き、世界に愛されたピナ。しかし、『春の祭典』は珍しく、純粋なダンス作品です。ストラヴィンスキの激烈な音の奔流、それを受け止め、撥ね返すダンス。隠された怖ろしいドラマ。一方、アフリカ出身ダンサーたちは現在、ヨーロッパ中で注目されています。かれらがそれをどう演じるか。楽しみでなりません。

三宅 純 (作曲家)

ストラヴィンスキーの強靭なスコア、それに呼応・対峙する、ピナのダイナミックな群舞。生贄の儀式という題材とも相まって、観るたびに戦慄が走る。かつてフェリーニが評したように、それは優しく痛みにも満ちた慰めである。全くの余談だけれど、2016年、舞踊団の音楽監督マティアス・ブルカートさんから、「ニームのフェスティバルで「春の祭典」を生オーケストラと演るから来ない?」と誘われて狂喜、先行してパリで行われたオーケストラ単体のリハーサルを覗かせてもらったことがある。しかし、公演当日はフランスの国技(ストライキ)に阻まれ、現地に到達できず・・・どちらも今となっては懐かしい思い出。