音咲いつき

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宝塚歌劇団星組で男役、そして娘役として活躍し、2023年8月に退団した音咲いつき。宝塚卒業後初めての舞台となるミュージカル『Empathy-ヤドリギの詩-』は、自身で初めて脚本・演出・プロデュースを手がける意欲作だ。作品への意気込み、そして演劇への思いについて語ってもらった。

音咲いつき

ーーいつから始動したプロジェクトなのでしょうか。

今年本厄なので、2月に伊勢神宮に厄除けに行ったんですが、枯れている大きな木の中に丸い植物がほわんと浮き出て空に浮かんでいるように見えて。一緒に行っていた植物好きの友達が「ヤドリギだ」と教えてくれたんですが、ヤドリギって気がいいところにしか生息しないようで、幹を持たずに違う種類の木に宿るというのがすごく魅力的だなと。そこからいろいろ調べていくうちに、何か作品にできないかなと思ったんです。
宝塚歌劇団に在団しているときから舞台を作るということに興味があったんですね。数年前、今回公演する中目黒ウッディシアターで、大村俊介(SHUN)さんが出演されている二人芝居を観て、自分でも何かやってみたいと思って。自分でショートストーリーを書いて、その二人芝居を一緒に観ていた後輩二人を誘って、星組の皆さんの前でプチ発表会みたいなことをやったんです。2日くらいで稽古をして、セリフを覚えて、ダンスをつけて、お稽古場に客席を作って、観客は全員組子で。休みの日に組の半分くらいの方々が観に来てくださったんですが、世界一優しい客席ですよね(笑)。

音咲いつき

ーータカラジェンヌの皆さんの宴会での出し物が本格的だというのは、宝塚の機関誌である『歌劇』でジェンヌさんご自身が書いている「えと文」などのページを通じて知られることではありますが、お芝居の発表会もよくあることなのでしょうか。

ないですね。私が在団中にも聞いたことはなく。それをなぜか思い立ってやってみて、そして、またやってみたいと思ったんです。思い立ったらすぐ行動する派なんですが、今回も、気づいたらここまで来てしまった感じで。脚本に演出、それに稽古場や劇場をどこにするか、全部手探りでやってきて、周りの方々の協力に本当に支えられて形になってきた感じですね。曲も作っていただき、セットもいろいろこだわっているので、お客様には、客席との距離が近い小劇場だからこそ感じ取っていただける何かをお届けできるようなミュージカルになればと思っています。

ーー初めて脚本、演出に挑戦していかがでしたか。

難しかったです。テーマは「ヤドリギ」と「エンパシー」と決まっていましたが、どう形にするか悩みましたし、いろいろな方にアドバイスもいただきました。演出についても、演出助手の夢月せらさんや、出演者の方々にいろいろお知恵をいただいて、みんなで作り上げていっている感じです。「エンパシー」については、日常で、もっと人に寄り添えたらいいのに、なかなかできないな、難しいなと感じる瞬間が自分自身も多いので、そういう気持ちがどこか宿ったらいいなと思って。人間はみんな完璧じゃなくて、不器用なところがあると思うんですが、自分でもそれを受け入れられなかったりする。そういう人間らしさを描いてみたいなと。一方で、神様も出てきたりする作品です。全然違う宗教の神様なのに仲良くしていたり。ヤドリギも、イエス・キリストにまつわる植物であると同時に、ブッダの菩提樹にも宿っていたりするところが素敵だなと。人種や宗教などを超えて、人も、さまざまな人同士宿ったり寄り添ったりできたらいいなというところでまとめられたかなと思います。

音咲いつき

ーーもともとどんな演劇がお好きなんですか。

ミュージカルも観ますし、小劇場の作品やストレートプレイなどジャンル問わず観るようにしています。ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの作品も好きで、最近ではナイロン100℃の『江戸時代の思い出』を観ましたが、めちゃめちゃおもしろかったです。在団中から、自分が出ている公演が終わった後、荷物を抱えて下北沢の本多劇場に行って、当日券で観たりしていました。『イモンドの勝負』も本当におもしろかった。あんな作品が書けたら人生楽しいだろうな、いったいどんな人生を送ってきたらこんな作品が書けるんだろうって、尊敬する方の一人です。KERAさんや野田秀樹さんの戯曲も読んだりしますし、在団中、『王家に捧ぐ歌-オペラ「アイーダ」より-』に出演したとき、脚本・演出の木村信司先生に演劇への興味をご相談したところ、ウジェーヌ・イヨネスコの戯曲をいただいて、読んで。不条理演劇にもとても興味があるんです。コロナ禍で公演が止まってしまったときも、家で戯曲を読んだり、ドラマのシナリオ集を読んだり。神保町の演劇専門の矢口書店にもよく行きますし、『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』という本も読んだりしました。

音咲いつき

ーーどんな作品になりそうですか。

暗めのシーンもありつつ、ファンタジーの要素もあって、誰もが経験したことがありそうな、日常に近い感覚の作品なので、自分自身も含め、すっと心に入っていく感じになればいいなと。今回共演する澄華あまねちゃんはすごくお芝居が好きで、宝塚を退団してからいろいろな小劇場作品を経験しているので、彼女からもたくさんのことを学んでいます。ゲスト出演の凰稀かなめさんももう師匠で、いろいろアドバイスをいただいて。私が芝居作りを始めるきっかけになった舞台に出ていらした大村俊介(SHUN)さんはゲスト出演に加えて振付もしてくださっています。退団同期の有沙瞳ちゃんもゲスト出演してくれますが、彼女もさまざまな経験を積んできているので、短い稽古時間の間でもいろいろなことを共有してくれて。みんなでいい作品にしようよという現場がすごくありがたく、心強いですね。

音咲いつき

取材・文=藤本真由(舞台評論家)     撮影=池上夢貢