日本に送還される日は…(ポールワトソン財団Facebookより)

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 デンマーク自治領グリーンランドで拘留されているシー・シェパード創設者、ポール・ワトソン容疑者(73)の日本への身柄移送措置を阻止しようと、世界の有名人が「ポール・ワトソンを釈放せよ」(#FREE PAUL WATSON)運動に加わっている。名作タイタニックの映画監督、ジェームズ・キャメロン、007のジェームズ・ボンド役を演じたピアース・ブロスナン、米国の著名ロックバンド、パール・ジャム、そして、昨年も来日コンサートを果たしたカナダの人気歌手、ブライアン・アダムスらで、彼らがネット上で支持者らに呼びかけた。フランス・ボルドーの市長は姉妹都市の福岡市長に情勢を「懸念する」との書簡を送り、「フリー・ワトソン」の熱は次第に高まってきている。【佐々木正明/ジャーナリスト、大和大学社会学部教授】

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五輪開会式に登場した人気アーティストも……

 8月12日、デンマークの首都コペンハーゲンの政府庁舎前で行われた、ワトソン釈放を求めるデモ集会に参加したのは、パリ・オリンピックで一躍名をはせたインフルエンサーだった。

日本に送還される日は…(ポールワトソン財団Facebookより)

 集会の中心にいたのは、フランスの人気バンド「ゴジラ」でボーカルを務めるジョー・デュプランティエ。ゴジラは7月26日、パリのセーヌ川沿いで行われた開会式でフランスを代表するロックバンドとして登場し、特別ステージでヒット曲を披露した。その様子は世界中に放映された。ゴジラは日本にもなじみのある名称だが、以前から日本の捕鯨を攻撃するワトソン容疑者と親交が深く、曲の売り上げをシー・シェパードに寄付したこともある。

「檻の中にいるポール・ワトソンは、悪化している世界の象徴だ」

 デュプランティエはワトソン容疑者釈放を求めて集まった支持者ら約100人の前で、スピーチをした。グリーンランドまで飛び、ワトソン容疑者との面会を果たしたシー・シェパードフランス支部代表のラミヤ・エセムラリ氏と行動をともにし、議会への働き掛けも行った。

1万5000人を前にパフォーマンス

 かつて、ワトソン容疑者が1年間、滞在したことがある反捕鯨国のフランスは、今回の身柄釈放運動の中心地になっている。

「絶滅の危機に瀕した動物の保護に生涯をかけた男性が今日、法律を尊重しない国の要請により逮捕されたことに、私たちは深く憤慨している。日本はもともと国際犯罪者を追跡するために作成されたインターポールの『赤手配』を、敵対者を取り締まるために利用している」

 ネット上にはそう呼びかけられた署名がすでに72万人以上集まっている。マクロン大統領は早々にデンマーク政府に対して外交的働きかけを行うことを発表した。また、フランスの欧州議会議員が中心となって、欧州10カ国の70人以上の政治家がデンマークのフレデリクセン首相にワトソン容疑者の釈放を求める嘆願書を送っている。

 さらに、シー・シェパードフランス支部の働きかけで、フランス全土ですでに2回、釈放を求めるデモが行われている。支持者らの熱は高まっており、この署名にも協力したフランスの人気バンド「シャカポンク」は先に行われたコンサートで、集まった1万5000人を前に、「ポール・ワトソンを釈放せよ」とのコールを呼びかけるパフォーマンスを行った。

 福岡市と2年前に姉妹都市締結40周年を迎えたフランス・ボルドーのピエール・ユルミック市長も、高島宗一郎市長への公開書簡を発表した。「宗一郎さま」とファーストネームでの宛名となる書簡には、ワトソン容疑者を「捕鯨との戦いに取り組んでいるボルドー市の友人」としたうえで、こう綴られていた。

「この象徴的な環境活動家の逮捕によって、ボルドーや他の地域でも生じている懸念をあなたの国の当局に伝えていただくようお願いします」

 今回のワトソン事件とは全くかかわりがないが、公開書簡を無視するわけにもいかず、今後、福岡市や高島市長がどのように対応するか注目される。

「日本から嫌われた」

 ワトソン容疑者は先月21日、グリーンランドの政庁所在地ヌークに船で寄港した際に現地治安当局に拘束された。日本は2010年に調査捕鯨妨害事件で逮捕状を取り、国際刑事警察機構(ICPO)に国際手配を要請した。ワトソン容疑者は以来、反捕鯨国の米国やフランスなどに滞在し、これらの政府の政治判断で逮捕されることはなかったが、グリーンランドやフェロー諸島で捕鯨を行っているデンマークは一線を画し、国際指名手配に基づき、ワトソン容疑者を逮捕した。

 ワトソン容疑者が現在、所属している「キャプテン・ポール・ワトソン財団」(CPWF)によれば、ワトソン容疑者が乗った船は、日本海沖の北太平洋で操業している新型捕鯨母船「関鯨丸」の操業を実力行使でやめさせるため、北極海とベーリング海峡を抜けるルートを目指していた。グリーンランドのヌーク港にはその航行ルートの途中で、補給のために寄港した。ワトソン容疑者を待っていたのはデンマーク警察の要員だった。

 CPWFは即座に対応した。公式サイトなどで「ワトソンが逮捕された」などと、デンマーク警察の部隊が船に入ってきた場面を撮影した映像を流し、全世界に釈放を呼びかけるよう訴えた。支持者らは「海の英雄を救え」などと呼応した。

 釈放運動に勢いをつけたのは、反捕鯨を公に訴え、ワトソン容疑者やメンバーらと親交のあったインフルエンサーたちだった。

 フランスの大女優で動物愛護のための財団を作ったブリジット・バルドーは1970年代からワトソン容疑者と親交があり、これまでもワトソン容疑者の行動を支持してきた。バルドーは「彼は5000頭のクジラを救い、日本から嫌われた」と語り、率先して、ワトソン釈放運動に加わった。

首相への嘆願書

 ハリウッドのインフルエンサーがすぐに呼応した。

 ジェームズ・キャメロン監督がSNSにこんなメッセージを出した。

「伝説的な活動家であるキャプテン・ワトソンはもう何年も海を守るために立ち上がってきた。彼の即時釈放をデンマーク政府に求める国際コミュニティーに参加する」

 デンマークメディアによると、すでに日本政府からの身柄移送要請がデンマーク政府に届いており、身柄移送の決断は最終的にデンマーク法務省が判断するという。

 ネット上では、デンマークのフレデリクセン首相や法務省に対して、ワトソン容疑者の釈放を求める嘆願書を送ろうという運動も行われている。

 ワトソン容疑者と30年来の友人であるというピアース・ブロスナンはネット上に「FREE Paul watson」とするセルフィーを挙げた。さらにフレデリクセン首相への嘆願書を作成し、「彼の行動はこれまでいつも国際法を遵守することに関心が向けられてきた」と熟慮するよう求めた。

 米国の人気アーティスト、ブライアン・アダムスやパール・ジャムもX(旧Twitter)で、自分たちのファンに#FREE PAUL WATSON運動に加わっていることを表明し、たくさんの賛同が寄せられている。

日本の団体も

 さらに、日本の捕鯨を批判する層が多く、欧米で様々な要職を務めている有名人もこの動きに呼応している。

 世界的に著名な動物行動学者で国連平和大使を務めたことのある英国のジェーン・グドールもデンマーク政府に対して、公開書簡を作成した。メッセージには捕鯨を許さず、ワトソン容疑者を守ろうとする人たちの心情がにじむ。

「ワトソン船長はほとんどの国が数十年前に禁止してきた非人道的なクジラの殺害を阻止しようとしているだけだ」

 ワトソン容疑者の身柄釈放運動には、日本のイルカ追い込み漁を非難してきた「ドルフィン・プロジェクト」のような団体や、動物の権利を求める組織や政党も加わっている。

 注目に値するのは、会員と支持者が900万人いるとされ、世界最大規模の動物の権利擁護を求める団体「PeTA」(動物の倫理的扱いを求める人々の会)もデンマーク政府へ釈放の要望をするよう呼びかけはじめたことだ。

 ワトソン容疑者と親交が深く、インフルエンサーでもあるPeTA代表のイングリッド・ニュークリックはインスタグラムでの動画でこう語った。

「日本は彼の身柄引き渡しを試みている。もし彼らが成功すれば、彼は残りの人生を日本の刑務所で過ごすことになるでしょう」

 ワトソン容疑者をめぐる大きな嵐が日本に到来しそうだ。

カンパ目標は25万ドル

 こうした運動が高まりを見せる中で、もしデンマーク政府が正式に日本への身柄移送を決定すれば、今度は日本バッシングへのうねりが起こり、騒動の舞台はワトソン容疑者の取り調べや裁判を行う東京に移る。

 ワトソン容疑者が所属しているCPWFは署名集めだけでなく、訴訟費用などの支援金も募り始め、目標額を25万ドルに設定している。

 ワトソン容疑者の弁護団には、日本から逃亡した日産自動車元会長のカルロス・ゴーン元被告の代理人で、デンマーク駐在フランス大使を務めたこともあるフランソワ・ジムレ氏がついている。

 ジムレ氏はすでにパリで取材対応をしており、日本政府は「人権に関する国際条約を遵守していない」と批判。「東京はテクノロジーで10年先行していても、司法・監獄(制度)で100年遅れている」と対決姿勢を鮮明にしている。

 ワトソン容疑者はグリーンランドで声明を発表し、「日本は復讐を求めている」と敵愾心をむき出しにしている。日本に移送されれば、拘置所から反捕鯨キャンペーンや日本バッシングを行うことも予想され、すでに日本政府の関係者はそうした対応の準備にも着手している。

 デンマークメディアによれば、ワトソン容疑者を日本へ身柄移送するかどうかはデンマーク司法省が決断を下すという。デンマーク政府外交関係者から「原則的にデンマークにとってワトソン(容疑者)を日本に移送しないことは難しいだろう」という声も出ている。

 グリーンランドの地方裁判所は8月15日、ワトソン容疑者の勾留を9月15日まで延長する判断を下した。フランスメディアVAKITAによれば、ワトソン容疑者は審理を終え、ふたたび拘置所に戻る際にインタビューに応じ、「われわれは日本の違法な捕鯨行為にさらに圧力を加えるつもりだ」と答えた。

 世界を虜にする反捕鯨のカリスマの運命を決める司法闘争が始まった。日本に移送される瞬間が、日に日に近づいている。

佐々木正明(ささき・まさあき)
ジャーナリスト、大和大学教授。岩手県一関市生まれ。大阪外国語大学ロシア語学科(現・大阪大学)卒業後、産経新聞社入社。モスクワ支局長、リオデジャネイロ支局長を経て、運動部次長、社会部次長などを歴任。2021年より現職。8年前はウクライナのマイダン革命やロシアによるウクライナ併合を現地で取材した。専門分野はロシア・旧ソ連諸国情勢、国際情勢に加え、オリンピック・パラリンピック、捕鯨問題などにも詳しい。単著に『シー・シェパードの正体』、『環境テロリストの正体』、『「動物の権利」運動の正体』など。

デイリー新潮編集部