元妻から受けた仕打ちで、“痛み”を知った信史さんだったが…

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 尾崎信史さん(40歳・仮名=以下同)が結婚した同僚の葉子さんは、浮気体質の持ち主だった。夫婦になって1年足らずで50代の“おっさん”との関係が明るみになるも、「何を怒っているの」「結婚は結婚」と悪びれる様子もない。うつ状態に追いやられた信史さんは離婚を決意し、2年半の結婚生活に終止符を打った。だが去り際の葉子さんの“捨て台詞”によって、彼のプライドは粉々に……。その後、同僚の夫と略奪婚した葉子さんが退社したことで、信史さんはなんとか気持ちを立て直していった。

(前後編の後編)

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 誰かを傷つけたりはしたくない。信史さんは離婚後、そう思いながら生きることで、ズタボロになった心を必死で立て直してきた。傷つけるより傷つく側のほうがましだ。そう思っていた。

元妻から受けた仕打ちで、“痛み”を知った信史さんだったが…

 それもまた自衛策のようなものなのかもしれない。これ以上、傷つかないために、あるいは自分の傷をなめて治すために。

 離婚から5年たったとき、彼はようやく自分が少し元気になっていると気づいた。ある日、信史さんは葉子さんとよく待ち合わせした会社近くのバーにふらりと立ち寄った。

「カウンターだけの渋いバーなんですよ。好きだったんだけど離婚後はなかなか足が向けられなかった。やっとここにも来られるようになったなと思ってバーテンダーと二言三言交わして、ちびりちびりと飲んでいました。視線を感じて顔を上げると、止まり木の隅っこに見知った顔がいた。葉子と同僚だった真依子です。移動して隣に座って話してみたら、なんだかとても楽しかった。こうやって人とじっくり話したり、心から笑ったりするのも久しぶりだなとうれしかった」

“尽くすタイプ”の真依子さん

 よほどうれしかったのだろう 、その日はカラオケに行き、朝まで真依子さんと歌いまくったという。「うち、近いから寄ってコーヒーでも飲んでいかない?」と真依子さんに誘われ、その言葉に乗った。たまには羽目を外してもいいと思ったのだ。

「外しすぎました。真依子と抜き差しならない関係が始まってしまったんです」

 また同僚かと周囲に思われるのも気になった。あのふたりつきあってるんじゃないのと言われるのを恐れて、その日から2ヶ月後には婚姻届を出した。自分が立ち直ったことを証明したかったのと、周囲の反応をおそれるがゆえの結婚だったと彼は振り返る。

「結婚してからわかったんですが、2歳下の真依子は、僕が葉子と結婚して離婚する経緯をじっと見ていたそうなんです。そのころから好きだったと言われて、すごく感激しました。自分が気づいていないところで見てくれている人がいたんだとうれしかった。本音を言えば、なりゆきみたいな結婚だったんですが、真依子は尽くすタイプの妻でした。共働きをしていたのに、僕には家事ひとつやれとは言わなかった。何も言われないのをいいことに、僕は好きなようにしていた。元気になったから友人たちと飲みに行くことも多かったし、仕事も順調で出張が続いたりもした。仕事も私生活も充実しているというのは、こういうことを言うんだなあと思っていました」

だんだんと妻がうっとおしく…

 37歳のとき、娘が産まれた。真依子さんは育休を半年とっただけで仕事に復帰し、家事も育児も手を抜かなかった。どれほど大変だったか信史さんは想像もしていなかったという。

「真依子は20代で両親を亡くしていたので、僕の母が手伝いに来てくれていました。母と真依子の関係は良好だったと思う。でもおそらく真依子がいろいろ我慢していたんでしょう。彼女は常に、僕のためなら何でもすると言っていたし、実際、文句ひとつ言わずにすべてやってくれていました」

 信史さんは真依子さんの気持ちを想像することができなかった。それどころか、何でも先回りして完璧にやってくれ、さらに夫を気遣ってくれる妻が、だんだん重くなってきたのだという。

「寒いにつけ暑いにつけ、妻は僕の体を気遣う。朝起きると、僕の体調がいいか悪いかを見定めようとする妻の視線がうっとうしかった。心配してくれるのもいいけど、度が過ぎると『オレはこどもじゃないんだから、放っておいてくれないかな』と言いたくもなる。妻は悲しそうな目をするんです。捨てられるんじゃないかと怯えている子犬みたいな目だった」

 かまわないでほしい、放っておいてほしい。1日に何度もその言葉を連呼した。そのうち、彼の帰宅が遅くなった。それでも妻は何も言わず、起きて待っていた。帰宅すると、眠そうな顔もせず、「おつかれさま。なんか軽く食べる?」と笑顔を向ける。耐えられない。彼はそう思った。

「反抗というのと違うんです。僕は僕で、自分の人生や心に侵蝕してくるような妻の接し方がたまらなく嫌だった。でもそれは真依子にはわかってもらえない。わかるくらいなら、そういう接し方はしないでしょうからね。それが彼女の愛情だというなら、あまりに重くて僕には持ちこたえられないと思った」

そして一回り年下の女性と…

 外にいる時間が長くなった。もともと酒に強いわけではないが、飲み屋に寄ったり、そこで知り合った年上の男性に誘われて、将棋を始めたり。将棋はこどものころ、よく祖父と指していた。懐かしさも手伝って、将棋道場に通うようになった。

「今はけっこう女性も来るんですよ。ときどき顔を合わせるようになった若い女性がいて、徐々に親しくなっていきました。道場帰りに『一杯どうですか』と誘い、友紀という彼女が僕より一回り下だと初めて知りました。彼女、かなりのツンデレなんです。道場ではひたすら勝負にこだわり、ときには将棋について議論をふっかけてきたりする。でもふたりきりだと甘えるようなそぶりを見せる。そんな彼女に僕は惹かれてしまったんです」

 彼は、妻にバレたらどうしようとは考えなかったという。悪いと思いながらコソコソ浮気をするつもりはなかった。もちろん、自ら妻に言うつもりはなかったが、ふだんと同じように暮らしていた。

「たまにひとり暮らしの友紀のところに泊まるようになっても、真依子は何もいわなかった。ただ、ときどきじっと僕の顔を見るんです。何か言いたいことがあるなら言えばいいのに、何も言わずにけなげに元気にふるまう。それもなんだか嫌でした」

 結婚生活はすでに破綻している。お互いにそれをわかっているのに、妻は何も言わない。信史さん自身は逃げの一手を打ちながら、家事も育児も妻任せ。振り返れば傲慢だったと彼は語る。

「ああ、ついに壊れたんだな」

 今年の春のことだった。友紀さんのところに週末2泊して家に帰ったら妻子がいなかった。いないだけではなく、家の中の様子が妙だった。娘がいつも持っているぬいぐるみがなかったし、クローゼットの妻の洋服がごっそりなくなっていた。

「ああ、ついに壊れたんだなと思いました。いつかこんな日がくると思っていた。お帰り、おつかれさまという真依子の声が聞こえてこないのが、うれしいような悲しいような……。あんなにうっとうしくて嫌だった妻なのに、いないとわかるとなんとなく腹立たしかった。僕のことをずっと好きだった、ずっと尽くすと言ったはずなのにって。いや、身勝手なのはわかっていますが、当時はそう思っちゃったんですよ」

 とはいえ真依子さんには実家がない。どこに行ったんだろう、娘が危険にさらされてはいないのだろうかと、さすがの信史さんも父親らしい心配はした。

 真依子さんの携帯を鳴らすが一向に出ない。彼女の部署に聞いてみると、長期休暇をとっているという。知らなかったの、と言われてしまった。そして1週間たっても、行方はわからなかった。

「警察に届けるべきだろうかと思いながら、行動に移せなかったんですが、だんだん何か事件に巻き込まれたのではないかと思い始めて……。10日たったとき、母から連絡がありました。いつものように『元気なの?』とのんびりした声だった。うん、まあと答えると、本当に元気なのとしつこいんですよ。元気だよと言うと、『そうなの。見そこなったわ』って。ハッと気づきました。真依子と娘は、僕の実家にいるんだ、と。そういうことなんだねと母に確認すると、『あんたは心配ひとつしなかったの』と母の落胆した声が聞こえてきた。80代になった両親に迷惑をかけたことを謝罪しましたが、母は『そんなことを謝ってほしいわけじゃない』と激怒して、電話をたたき切られました」

母に諭されて

 妻と母は確かに仲良く見えた。それは妻が我慢しながらの関係だったと彼は感じていた。だが母も父も、常に真依子さんの味方だったのだ。妻が言葉巧みに両親を味方につけたのかと思ったが、真依子さんはそんなずる賢いタイプではない。そんなタイプなら、両親は味方しないはずだ。

「完敗だと思いました。元気でいるならそれでいい。そうも思った。一般的には迎えに行って、また一緒に暮らすものなんでしょう。でもどうしても僕にはそれができない。真依子が嫌いなわけではないんですが、彼女の愛が重いのは事実。元気で少し距離がある関係のほうがいい。そう思っちゃったんですよ」

 それでも実家に行ってみた。妻は真っ白な顔をして痩せていた。さすがの信史さんもショックを受けたという。

「あんたも昔、傷ついたでしょう。忘れたの、と母に言われました。僕を失意の底から救ってくれたのが真依子だった。忘れたわけじゃないけど、真依子の愛は、僕が快適でいられるものではないんだと言いました。だからといって妻をむやみに傷つけていいとは思えないけどねと、母は冷たい口調になっていた。うちに来たときは、言葉も出ないほどつらそうだった、熱を出して3日も寝込んだんだよって」

 そんなふうに妻を追い込むつもりはなかった。だが、最初の妻の葉子さんに激しく傷つけられた自分の気持ちを思い出すと、真依子さんに申し訳ないことをしたと心から思ったという。

「妻に手をついて謝りました。ただ、僕は真依子を傷つけたことで、再度、自分が傷ついてしまった。どうしようもない自分を持て余しました。友紀にすがろうとしたけど、これ以上、妻を傷つけてはいけないとさすがに自重した。いつも誰かにすがって逃げて、結局、自分をきちんと見つめてこなかったと初めて気づいたんです」

やはり僕の気持ちを先回り…

 真依子さんと娘は今も、自宅から1時間あまりの信史さんの実家にいる。妻は退職し、今は実家近くでパートの仕事をしているそうだ。彼は週末になると、実家に顔を出す。

「両親を交えると、妻の愛情が少し薄まるから、息苦しくなくなるんです。いっそ実家で同居しようかとも考えたけど、通勤時間が長くなるのでむずかしい。最近、ようやく妻と今後のことを話したんです。彼女は『あなたがいいなら、このままでもいい』と。おそらく娘と3人で暮らしたいのが本音なんでしょうけど、やはり僕の気持ちを先回りする。そういうのが嫌なんだと言いたかったけど、言えませんでした」

 真依子さんは、そういう性格なのだろう。好きな人、大事な人の気持ちを優先させたいだけなのではないだろうか。ただ、彼はそれを求めていない。だからすれ違う。彼がそこに重さを感じてしまう。

 そのすれ違いを解消できるかどうかはわからない。しばらくは別居しながら、「家族」「自分』を見つめ直してみたいと彼は真顔で言った。

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 不倫サレた側の苦しみを、はからずも“連鎖”させてしまった信史さん。今後は真依子さんがそれを繋がないよう祈るばかりだ……【前編】では、端緒となった元妻・葉子さんとの関係性を紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部