3年間の断絶。姉妹の糸を切るかどうかは、真知さんにかかっているのかもしれない――

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前編【夫の死後に発覚した“20年不倫”の相手にがく然…「胸が痛んで息ができなくなりそう」 55歳未亡人の苦悩】からのつづき

 小暮真知さん(55歳・仮名=以下同)は、3年前に夫の孝紀さんを亡くした。出勤途中に倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまったのだ。2女に恵まれた結婚生活。急逝に、真知さんは入院するほど憔悴してしまった。そんな彼女の元を訪れたのが、真知さんの妹の遼子さんだった。養子として家族に加わったこの4つ下の妹との間に血のつながりはなかったが、真知さんは彼女をかわいがり、「ずっと守っていく」と心に決めていた。

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【前後編の後編】

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 夫の急逝にショックを受けて入院、退院したその日にやってきた妹に、真知さんは夫との30年にわたる思い出を問わず語りに話し続けた。

3年間の断絶。姉妹の糸を切るかどうかは、真知さんにかかっているのかもしれない――

「妹は黙って聞いてくれました。そして最後に、『今日はもうゆっくり休んで』と。娘たちが帰ってきたのを機に、妹が玄関に向かったので、私も見送りに出たんです。すると妹は『私ね、20年以上、孝紀さんと関係を持ってたよ』と言った。え、と聞き返そうとしたら妹はそのまま私をじっと見つめて出て行きました」

 妹の言葉が理解できなかった。娘たちにも話せないまま、数日後、真知さんは再び遼子さんに来てもらった。ふたりは向き合った。妹は黙りこくっていた。

「いつから、何がきっかけだったの、あんたは私の夫とそういう関係になって苦しくなかったの……。聞きたいことは山ほどあった。夫が妹のどこを気に入ったのか、そもそも夫は浮気などする人ではなかったはず。妹がどうやって夫に取り入ったのか。心の中で妹を悪者にして夫を庇う気持ちがあった。でもそれは違うのかもしれないという冷静さもあった」

 真知さんは夫の写真を遼子さんの目の前に置いた。それは家族で出かけた旅先の写真で、夫の笑顔が弾けているものだった。真知さんのいちばん好きな夫の笑顔だ。

「遼子はそれでも黙っていた。『ねえ、覚えてる?』と私は不意に思い出したことを話しました。私が9歳くらいのときでしょうか、妹は5歳。ふたりで母に連れられて近所のお祭りに行ったんです。お揃いの浴衣で。私と妹は手をつないでいたんですが、ふと気づいたら母からはぐれていた。私は人混みに押されながら、どうしようとパニックになっていたんですが、妹に『おかあさんとはぐれちゃったよ』と言ったら、『おねえちゃんがいればいいもん』って言ったんです、遼子が。もちろんすぐに母が見つけてくれたんですが、あのときの遼子の言葉は忘れられなかった。でも遼子はそうじゃなかったんだね、私の夫を寝取って平気だったんだねと嫌味を言うしかなかった」

「ずっとこのままでいいと…」

 遼子さんは涙も見せなかった。謝るくらいなら、そんなことしないよとポツリと言った。私はおねえちゃんが大好きだった、そしておねえちゃんが大好きな孝紀さんを好きになっちゃったんだよ、と。

「ふたりして裏切ったんだねって言わないでねと妹が機先を制しました。私たち、そんなつもりじゃなかったと。私たちって何よと言いたいところだったけど、そこは抑えました。妹は『孝紀さん、本当に苦しそうだった。私と会いながら、いつもおねえちゃんのことを言ってた。それを聞く私もつらかった。だから何度も別れようと決めたの。それなのに別れられなかった』って。そんなに強い結びつきがあったのか、将来どうするつもりだったのかと聞くと、『ずっとこのままでいいと思ってた。いつかみんな老いていく。そしてみんな死んでいく。それまでずっとこのままでいい』と」

 遼子さんは大学を卒業し、とある専門職についた。仕事が楽しいと結婚もしなかったのだが、30歳前後で職場の上司と不倫をし、それが上司の妻にバレ、さらに社内にも知られて問題となった。そのとき相談に乗ったのが孝紀さんだった。

「不倫は確かに世間からそしられる。でも人の気持ちはどうすることもできない。きれいに終わらせる、相手の配偶者にわからないようにするのがせめてもの礼儀だと夫は言ったそうです。そこからふたりは急接近したらしい。夫は遼子の生い立ちも知っていました。遼子は遼子なりに親や私への遠慮も抱きながら成長したんでしょう。私には言えない思いを夫に打ち明けたみたいで、夫は気持ちを持っていかれたような気がします」

 それにしても、まがりなりにも妻の妹である。孝紀さん自身が「こういう関係はよくない」と自制できなかったのだろうか。

「私にはおねえちゃんに対して、どこか卑屈な気持ちがあった。縁もゆかりもない私を引き取って育ててくれた親にも。おねえちゃんはきっと私のことが好きじゃないと思っていた時期もあったと遼子は言いました。私はいつだってあなたを庇ってきたでしょうと言ったら、『それはおねえちゃんのプライドだと思ってた、あるいは親へのいい子アピールかと。でも私がおねえちゃんを大好きだったのは本当なの』と遼子はきっぱり言いました」

今思えば「夫へのまなざし」が…

 遼子さんは確かに親には甘えなかったと、真知さんは思い当たった。自分には甘えているように見せていたけど、もしかしたらそれも偽りの甘えで、実は妹は誰にも甘えられずに大きくなったのではないか。初めて甘やかしてくれたのが孝紀さんだったのではないか。

「遼子は、夫とどういう関係を築いていたのか話そうとしなかった。それは私への思いやりなのか、あるいは自分たちふたりの関係を私には話すまいと思ったのか……。わかりませんが、結局、妹の言い分を信じるかどうかは私にかかっているわけですよね。そんなの嘘だと言って信じないという手もある。ただ、娘たちが10代半ばのころかなあ、けっこう反抗期があったんですよ。そのとき妹がさりげなく娘たちを連れ出して話をしたり、おもしろそうな映画に連れて行ってくれたりしてた。娘たちがだいぶ落ち着いたころ、妹が来て、夫も含めて5人で一緒に食事をしたんです。夫が娘たちの様子を温かい目で見守りながら、ときどきくだらないシャレを言って娘たちに『おとうさん、ダサい』と言われたりして……。娘たちに同調する妹に夫が向けたまなざしが、実は私、忘れられなくて。この上なく愛おしそうなまなざしだった。夫は私にこういう目を向けたことがあるかしら、と一瞬、思ったんですよ」

 夫婦は大人同士だし、真知さん夫婦は「対等であること」を心がけてきた。ふたりにとって、それが満足できる関係だからだ。だが、遼子さんに向けた孝紀さんのまなざしは、対等ではなく、もう少し保護的なそれだった。ありていにいえば「かわいい」と思っている感じだったと真知さんは言う。

「私は男性にかわいいと思われたくないというタイプだったけど、妹はやはり親への思慕があったのか、以前の恋愛も年の離れた上司との不倫だったし、姉の夫を寝取るのもある種のコンプレックスのなせる業かもしれない。そんなふうに思いました」

3年間の断絶

 妹を憎みたい、憎めれば楽なのに。真知さんは身をよじるようにそう言った。だが憎めない。あのお祭りの日のような思いを何度もしているから。妹をかわいい、大事だと思っているから。

「謝るくらいならこんなことはしないと妹が最初に言ったとおり、彼女はまったく謝りませんでした。自分たちの関係を知ってほしいとも思っていない、と。だけどなぜか言ってしまった。それについては申し訳ないと妹は言いました。何か証拠はないのと私は聞きました。孝紀と妹の関係を示す証拠をちゃんと目にしたかった。すると妹は、見てどうするのと言いました」

 妹は静かに去って行った。いつものように「またね」とは言わなかった。あれから3年、妹からは一度も連絡がない。真知さんも連絡していない。娘たちはおかしいと思っているはずだが、何も聞いてこない。娘たちが遼子さんと連絡をとりあっているかどうか、真知さんは知らない。

「一時、最近、遼子ちゃん来ないねと言われたことはあります。私の雰囲気から、もう二度と言ってはいけないと察したんじゃないでしょうか。ただ、妹が登録しているSNSはたまに更新されています。だから私も更新する。彼女もおそらく見ていると思います」

 この3年間、時間さえあれば夫の写真に語りかけた。まったく気づかなかったよ、うまく騙してくれたね、と。騙したわけじゃない、オレも苦しかったと写真の夫は顔をしかめる。どうして苦しかったの、遼子を愛したから? 違う、きみのことが大好きだったから。夫がそんなふうに答えるところが目に浮かぶと真知さんは言った。

「許すとか許さないの問題ではない…」

 一方で、自分が遼子さんと再会する場面は想像できずにいる。会いたいかと聞かれたら顔を背けたくなる。だが、すでに鬼籍に入った両親はどう思っているだろう。仲良くしてね、という母の声が聞こえるようだ。

「考えに考え、悩みに悩み、本当に苦しい3年間でした。でもいつかは連絡をとらなくてはいけないだろうな、そうするときが来るんだろうなと今は思っています。どうがんばっても夫は戻ってこない。いないままの人なんです。だから生きている私たちが、また姉妹として会うのは当然のなりゆきなのではないか、と。許すとか許さないの問題ではないと思う。それでも妹に連絡をとる勇気は出てこないんですけどね……」

 いつか自然な形で妹に会う日が来るかもしれない。親の法事とか親戚の集まりとか。だが真知さんは「うちは法事も何もやってないんです。両親が、そういうことはいっさいしなくていいという人だったから」とうつむいた。永代供養の霊園に両親はふたりきりで眠っている。

「墓参りなんかしなくていいという親だったんですよ。しかも妹に会いたくなくて、このところはまったく行ってなくて。でも今年の秋、父の命日には行ってみようかなと思っています。妹も来るかもしれませんね」

 きょうだいは他人の始まり。断絶する兄弟姉妹も多いが、真知さん姉妹の糸を切るかどうかは彼女自身にかかっているのかもしれない。

前編【夫の死後に発覚した“20年不倫”の相手にがく然…「胸が痛んで息ができなくなりそう」 55歳未亡人の苦悩】からのつづき

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部