23年度以降、延べ371人の職員が駆り出され、傍聴席を埋め尽くしていたのだという(※写真はイメージ)

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 最初は怒りを覚えても、最後には呆れてしまった人も多いのではないだろうか。横浜市教育委員会は5月21日、裁判における“集団傍聴”の事実を発表して謝罪した。横浜地裁で教員が被告となったわいせつ事件の裁判が開かれると多数の職員を動員し、傍聴席を埋め尽くすことで一般の傍聴人を閉め出していたのだ。

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 共同通信が配信した記事によると、今春以降、小学校校長による強制わいせつ事件など3件の裁判で、大勢の傍聴希望者が行列を作っていたのを確認したという(註)。担当記者が言う。

「市教委によると動員は2019年5月から始まり、4件の裁判のうち11回の公判で職員に傍聴を呼びかけたそうです。文書で業務命令が出されたほか、出張旅費を支給したケースもあり、23年度以降、延べ371人の職員が駆り出されました。税金の無駄遣いであることは言うまでもありません。市教委は動員した理由を被害者の児童・生徒側からプライバシー保護の要請があったと説明、被告である教員を守ろうとしたことは否定しました。しかし、この説明の信憑性が今、揺らいでいるのです」

23年度以降、延べ371人の職員が駆り出され、傍聴席を埋め尽くしていたのだという(※写真はイメージ)

 5月22日、こども青少年・教育委員会が市議会で開かれ、共産党の市議が動員の理由を質問した。市教委は「被害者側からの要請」と同じ説明を繰り返し、「被害者側の意向を確認している」とも述べた。

 ところが被害者側との具体的なやり取りについては「記録が残っているかにおいては、明確なものはない」と答えた。音声の録音も文書でのメモも存在しないとなると、説明の信憑性が疑われるのは当然だろう。

産経新聞の反論

「集団傍聴が発覚しないよう裁判所前での待ちあわせは禁止と指示したり、傍聴席の数を把握して動員をかけたりするなど、市教委のきめ細かい仕事ぶりも明らかになっています。これほど注力している理由が『被害者保護』と説明されても、信じる人は少ないでしょう。教員の不祥事を隠蔽するために動員したと見るほうが自然です。もし本当に被害者を守りたいのなら、横浜地検にプライバシー保護を申し入れるべきです。被害者側も協力してくれるのではないでしょうか」(同・記者)

 産経新聞は5月23日の朝刊に掲載した社説「【主張】裁判の傍聴妨害 横浜市教委の責任重大だ」で、市教委が動員の理由を被害者の保護と説明したことに対し、「にわかには信じがたい」と疑義を示した。

「もし本当に被害者のプライバシーを守るために市教委が職員を動員していたのなら、教員が被告ではない児童・生徒へのわいせつ事件の裁判でも多数の職員が傍聴席を埋め尽くし、一般の傍聴希望者が入れない状況を作っていたはずです。ところが市教委が動員をかけたのは、あくまでも教員が被告の裁判に限られていたと産経新聞は指摘しました。まさに鋭い着眼点で、『小学校校長による強制わいせつ事件』の裁判を例に取れば、守ろうとしたのは被害者ではなく、被告の校長だと言われても仕方ないでしょう」(同・記者)

知る権利を抑圧

 元参議院議員で教育評論家の小林正氏は、横浜国立大学を卒業後、神奈川県川崎市の市立中学校に勤務した経験を持つ。

 1989年7月の参院選で旧社会党から出馬して初当選。党では右派に属し、1994年には新進党に入党した。政界を引退してからは2006年6月、新しい歴史教科書をつくる会の会長に就任して話題を集めた。

 小林氏は「教員が被告の刑事裁判で、教育委員会が動員をかけて傍聴席を埋め尽くすなど、ただの一度も聞いたことがありません」と驚く。

「横浜市教委の集団傍聴問題は、公務員として絶対にやってはならないことの一つであることは改めて指摘するまでもないでしょう。市教委は横浜市民だけでなく、自分たちの仕事を通じて最終的には国民に奉仕することが求められています。業務内容も狭義の地方自治という観点からではなく、国民の目線から適格かどうかを問うべきです。市教委が文書で動員を命令したという報道が事実なら、市教委は国民の知る権利を抑圧したことになり、極めて問題です。さらに組織が身内の不祥事を隠すような行為に手を染めると、その組織は不祥事の温床となる可能性が高くなります。組織のメンバーが『悪いことをしても組織が守ってくれる』と考えてしまうからです。市教委も同じ状況に陥っていると言えます」

反省ゼロの可能性

 その一方で、小林氏は「公務員として言語道断の行為であるのは間違いありませんが、同時に、いかにも公務員がやりそうなことだとも言えます」と指摘する。

「公務員が保身に走る傾向があることはよく知られているでしょう。また自分たちで目標を設定すると、その実現のためにはなりふり構わず暴走することは、公共事業などでもよく見られる光景です。公務員として『裁判で仲間の不祥事が世間に知られないよう防衛する』という矮小な目標を設定した瞬間、彼らはありとあらゆる手段を使います。優秀な職員もいますし、ノウハウも豊富です。市教委の組織力を“集団傍聴”、“他者の傍聴排除”という一点に集中させ、完璧に実現してしまうわけです。きっと市教委の本音は『バレてしまったか』くらいのはずで、反省などしていないと思います」

註:性犯罪公判、多数の職員動員 第三者傍聴防ぐ目的、横浜市教委(共同通信電子版:5月21日)

デイリー新潮編集部