「今年こそ投資を始めたい」人が陥る"3つの盲点"
新NISAの開始を受けて、「今年こそ投資しないともったいない」と感じている初心者が陥りやすい盲点を、元ゴールドマン・サックスのトレーダーだった田内氏が解説する(画像:78create / PIXTA)
「お金の本質を突く本で、これほど読みやすい本はない」
「勉強しようと思った本で、最後泣いちゃうなんて思ってなかった」
経済の教養が学べる小説『きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』には、発売直後から多くの感想の声が寄せられている。本書は発売1カ月半で10万部を突破したベストセラーだ。
著者の田内学氏は元ゴールドマン・サックスのトレーダー。資本主義の最前線で16年間戦ってきた田内氏はこう語る。
「みんながどんなにがんばっても、全員がお金持ちになることはできません。でも、みんなでがんばれば、全員が幸せになれる社会をつくることはできる。大切なのは、お金を増やすことではなく、そのお金をどこに流してどんな社会を作るかなんです」
今回は、新NISAの開始を受けて「今年こそ投資を」と思っている初心者が陥りやすい「3つの盲点」を解説する。
「投資しないともったいない」は本当か
先日、インスタグラムの質問ボックスでこんなことを聞かれました。
「1000万円ほど預金したままです。もったいないですよね?」
さて、この記事を読んでいるあなたは、この質問をどのように解釈したでしょうか。無意識に「投資しないのはもったいない」と読みとっていないでしょうか。
この質問者さんもそういう意図で聞いてきていたのですが、本来お金は使うときに効力を発揮するもの。それなのに、「使わないともったいない」と考える人は今や少数派です。
一国の総理が「貯蓄から投資へ」を掲げ、今年は新NISAも始まります。投資をしないと取り残されるのではないかという不安にかられている人も多いようです。
経済教養小説『きみのお金は誰のため』の主人公優斗の母親も、その1人。新年こそは投資を始めたいと考え、年末に近くの書店に駆け込みます。
すぐ隣の棚では、福田のおばさんと母が2人して本を吟味していた。
「ねえ、これはどうかしら。税金のことも書いてあるのよ」
おばさんが手にした本の帯に、「初心者」「投資」という単語が見える。2人の前にある本棚には、お金の貯め方や増やし方の本が並んでいた。
会計を終えたあとも、2人はしばらく話し込んでいて、その内容は優斗の耳にも入ってきた。
福田書店もネット通販や電子書籍に押されて将来への不安を感じているそうだ。おばさん自身もお金の勉強を始めたらしい。母もまた、年金だけだと老後は安心できないともらしていた。
『きみのお金は誰のため』102ページより
投資をするのは大いに結構なことですが、十分理解したうえで始めないと足をすくわれたり、本来目指していた結果につながらなかったりします。今日は見落としやすい3つの盲点についてお話しします。
盲点1:投資をすすめる人の情報にはバイアスがある
投資をすすめる人の言葉の裏には、さまざまな本音が隠されています。それに気づかずに表面的な情報を信じていると、知らないうちに相手の思いどおりに動かされます。
たとえば、「預金で眠らせているのは、もったいないです。新NISAも始まりますし、投資運用したほうがいいですよ」とすすめる銀行員の言葉にうなずいていませんか? 彼らの本音は別のところにあります。
そもそも預金は銀行の金庫で眠ってなんかいません。銀行の仕事は金庫の中でお金を保管することではなく、個人や企業に融資したり債券や株などの金融商品を買ったりして運用することです。
ところが、日本には資金需要が少ない(新しい事業や会社を始めるために、お金を借りたり投資をしてもらったりする人が少ない)ため、預金されたお金が有効活用されず運用することが難しくなっています。自分たちが運用するのが難しいから、預金者に投資をすすめて手数料で稼ごうとしているのです。
投資をすすめてくるのは銀行だけではありません。SNSでもネット記事でも書店に並ぶ本でも、もうけ話は溢れています。
「コツさえわかれば株なんて簡単だ。100万で買った株が、300万で売れたよ。1カ月で200万円も儲けた」
こんな話を聞かされると、やっぱり自分も株式投資を始めようかなと思ってします。しかし、こうした情報には自己顕示欲による偏りがあると思ったほうがいいでしょう。
世の中には、儲けている人たちだけではありません。株を100万円で買って300万円で売った人の裏には、100万円で株を売った人と300万円で株を買った人が必ず存在しています。必ずです。
そして、損している人は、「株なんて難しいぜ。俺は200万円も損しちまったぜ」なんてつぶやいたりはしません。
僕らが手にする情報は自然と偏っていきます。これは、僕が長年トレーダーとして働いてきて学んだ最も重要なことの1つです。
客観的な数字を見る場合でさえ油断は禁物です。
「過去15年間、こんなに値上がりしているんですよ」と株や投資信託のグラフを見せられることがあります。しかし、その情報も、さらに遡って30年分の動きを見ると別の真実が見えてくる場合があります。
情報は歪んでいるかもしれないと疑ったほうが賢明です。
盲点2:投資をしても日本はほとんど変わらない
政府は「貯蓄から投資へ」をスローガンにしています。経済を成長させるため、企業を応援するためにも投資が重要だという声がありますが、ただ投資マネーが増えても、経済が成長するわけではありません。
バブル崩壊から30年以上たっても、日本の株価は当時の水準をいまだに回復していません。一方で、アメリカの株価は10倍以上に上昇しています。
日本の株価が回復しない理由として、「日本人は預金ばかりして投資をしなかったからだ。1000兆円の個人預金が投資に回れば日本は成長する」という声も聞こえますが、これはいささか無理がある主張です。
なぜなら、お金は簡単に国境を越えて移動できるからです。これまでも日本に魅力的な企業が存在していれば、投資マネーはためらうことなく、海を渡って日本に流れ、株価が上がっていたはずです。
根本的な問題は、日本には投資先として魅力的な企業が少なかったことにあります。アメリカの株価上昇を牽引してきたのは、GAFAなどの新興企業。GoogleやAmazonなどに投資マネーが流れて、新しい産業が次々に生まれました。それが時価総額の上昇としてアメリカの株価に反映されたのです。
これは、パナソニックやソニーなどの電機産業やホンダやトヨタなどの自動車産業が、日本の高度成長期の経済を牽引してきたのと同じことです。
経済が成長するには、ただ投資マネーが流れるのではなく、そのお金を受け取って新しいことに挑戦する人々や企業の存在が必要です。しかし、さきほども書きましたように、資金需要の乏しい日本では株の購入の99.8%は、他の株主から株を買っているだけで、株を発行する会社にはほとんど流れません。
そういった状況の中では、「株を買って、会社を応援する」というのも、実態からはかけ離れているように思えます。
株式会社で働いている人は、自分の会社の株主が佐藤さんから田中さんに変わったときに、「自分は応援されている」と感じて、仕事をいっそう頑張ろうと思えるでしょうか。それよりも、自分の会社の商品を買ってもらったときのほうが、よほど応援してもらっていると思うのではないでしょうか。
盲点3:投資するより働いて稼いだほうがいい
最後の3つ目として伝えたいのは、投資がお金を増やす近道とは限らないということです。
働くことより投資をがんばろうと思う人が増えているのは、「r>g」というピケティの不等式の影響もあります。フランスの経済学者のピケティは世界の格差が拡大していることを、この不等式によって理論的に証明しました。大まかにいうと、労働によって得られる富よりも、投資によって得られる富の成長のほうが速いということです。
そのため、労働よりも投資をがんばったほうがいいと考える人が多いのですが、そこには大きな落とし穴があります。
ここでいう「投資によって得られる富の成長」は、だいたい年率5%ほどだと言われています。しかし、多額のお金を動かすプロがひしめいている投資の世界では、どんなにがんばっても平均を超えることは非常に難しいです(たまたま儲ける人はいます)。
言葉は悪いですが、素人がどんなに知恵を絞って投資をしても、より多くの情報をもって取引をしているプロの養分になるだけで、損する可能性が大きいのです。がんばっても5%を超えることはありません(余計なことをせずに、ただ平均を目指してインデックス投資をしておけば十分です)。
その一方で、「労働によって得られる富の成長」は、年率2%くらいです。ところが、こちらについては、努力次第で世の中の平均を大きく超えることも可能です。
スキルアップして転職すれば大幅に年収が上がることがありますし、自分で事業を始めるという選択肢もあります。世界の大富豪ランキングを見ると、上位のほとんどは投資する側の人ではなく、投資される側に回って事業を始めた人たちです。これだけ投資したい人が増えている日本では、投資される側が重宝されるのは言うまでもありません。
これまで話してきたように、投資というのはお金のなる木を育てることでも、企業の株を買って値上がりを待つことでもないのです。
小説『きみのお金は誰のため』では、大富豪のボスが投資について語るシーンがあります。
「彼らの会社には、僕や他の投資家が3億円を投資しているんや。投資に失敗してお金を損するのは僕ら投資家だけの話。その3億円は事業のために働いてくれた人たちに支払われていて、世の中のお金の量は減らへん。社会にとってお金は損失にはならんのや」
優斗は、ビリヤードの話を思い出した。
「払ったお金は必ず誰かが受け取っているんですよね」
「そうや。社会にとってお金はもったいなくない。もったいないのはみんなの労働や。ムダに人材を使うことが社会への罪なんや」
ボスの言葉には熱がこもっていた。
投資した3億円は、会社で働く研究者や、会社で購入する設備を作る人たちに支払われる。総額3億円分の労働が投入されることになる。その金額以上に稼げなければ、彼らの労働の成果が、人々に十分な価値を提供できなかったということだ。
そして、ボスは断言した。
「もうかる見込みがないなら、働いてもらうべきやない」
(中略)
うつむいて話を聞いていた七海が顔を上げた。
「投資の目的は、お金を増やすことだとばかり思っていました。そこまで社会のことを考えていませんでした。大切なのは、どんな社会にしたいのかってことなんですね」
苦笑いで恥ずかしさを隠す彼女に、ボスが優しく声をかける。
「そう思ってくれたんやったら、僕も話した甲斐があったわ。株価が上がるか下がるかをあてて喜んでいる間は、投資家としては三流や。それに、投資しているのはお金だけやない。さっきの2人は、もっと大事なものを投資しているんや」
ボスは七海と優斗を順に見つめてから、ゆっくりと続けた。
「それは、彼らの若い時間や」
優斗の息がつまった。
ボスの言葉に、心臓を強く握られた気がした。自分も全力で何かに取り組めるのだろうかと不安になる。そして、情熱をかける目標を見つけている彼らを、うらやましく思った。
『きみのお金は誰のため』151ページより
新NISAが始まり、今年はますます投資熱が高まりそうです。若い人たちには、投資される側に回って、新しいことに挑戦するには大チャンスです。
投資する側に回る人は、まわりの口車に乗せられて投資バブルに巻き込まれないようにしたほうがいいでしょう。
どちら側に回るにしても、「どうして投資で儲けることができるのか」「どのように投資が社会を成長させるのか」をじっくり考えてから投資を始めることをおすすめします。
(田内 学 : 元ゴールドマン・サックス トレーダー)