イクイノックス引退「やり切った」 蒼き天才 競馬ファンに驚きを与えた閃光の如き疾走

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イクイノックス 引退式 写真:日刊スポーツ/アフロ

「keep safe guys , I did my time !(みなさんお大事に。僕はやり切ったよ!)」「you reached the top partner , retirement well deserved . Enjoy ! And thank you(君は最高の相棒だった。引退は当然のことだよ。楽しんで、そしてありがとう)」――

イクイノックスが現役引退を発表した11月30日、クリストフ・ルメールはこんなメッセージを自身のX(旧twitter)に投稿した。

ジャパンCの衝撃からわずか4日。

イクイノックスの引退に対してどこか寂しい気持ちになった競馬ファンも少なくないはずだが、ルメールのこのメッセージを見ると、少なくともルメールには何一つ、後悔はなかったのだろう。

最高の相棒とともに過ごした全10戦は彼にとってかけがえのないものだったに違いない。

ルメールがイクイノックスと初めて会ったのは2年前の夏、新潟競馬場で行われたデビュー戦でのことだった。

「(父の)キタサンブラックのようにストライドが大きく軽い走りをする」という印象を抱いた青鹿毛の2歳馬は2着馬に6馬身差を付けるという派手な勝利で初陣を飾った。

「まだ2歳なのに、レースをよく理解している」とルメールを感心させたイクイノックスが競馬ファンに最初の衝撃を与えたのは2戦目の東京スポーツ杯2歳Sだった。

好位から抜け出したデビュー戦とは異なり、後方からのレースとなったが、直線で上がり3ハロン32秒9というレースタイ記録となる末脚で各馬を差し切り重賞初勝利。

その勝ちっぷりは歴代の名馬にも匹敵するもので、誰もが翌年のクラシック制覇を意識した。


2022皐月賞 ジオグリフが優勝、初黒星を喫したイクイノックス 写真:日刊スポーツ/アフロ

続くダービーはルメールも「ビッグチャンス」と期待した一戦だったが、ここでもドウデュースの豪脚に屈して2着に敗れた。

素晴らしい走りを見せながらも、どこか付いて回ったひ弱さが仇となって無冠で終わった3歳の春。だが、共に戦ってきたルメールは確信していた。「秋になれば彼は進化する」と。


2022日本ダービー ドウデュースが優勝 イクイノックスは2着に敗れる 写真:日刊スポーツ/アフロ

そうして迎えた天皇賞(秋)。ルメールの予感は見事に的中した。

当日の馬体重はわずか4キロしか増えていなかったが、パドックでは堂々とした闊歩で周回し、春に感じさせたひ弱さは微塵も見られなかった。

レースでは大逃げを打つパンサラッサ目がけ、上がり3ハロン32秒7という驚異的な末脚で差し切り勝利。

史上最短キャリアでの天皇賞制覇を成し遂げた彼はいつしか「天才少年」と呼ばれるようになった。


2022天皇賞・秋(GI)イクイノックスがGI初勝利 写真:日刊スポーツ/アフロ

続く有馬記念では古馬の大将格であるタイトルホルダーとの初対決となったが、第3コーナーからポジションを上げていくマクリで先行馬たちを交わして直線では独走。

レース後にルメールが「一番強い馬でした」と語った通り、完全無欠の勝利は新時代の王者誕生を予感させるものだった。

古馬相手のGⅠで2連勝を飾ったとはいえ、キャリアはまだ6戦でまだまだ完成していないという印象だったイクイノックスだったが、その成長ぶりは4歳になるとさらに加速。

年明け緒戦となったドバイシーマクラシックでは世界の強豪馬を相手にまさかの逃げ切り勝ち。

2着馬に3馬身半という決定的な差を付けただけでなく、コースレコードを1秒も縮めるという異次元のパフォーマンスに世界中のホースマンが驚かされ、ロンジンワールドベストレースホースランキングで第1位に。

「天才少年」と称されたイクイノックスはわずか7戦で世界の競走馬の頂点に立った。


イクイノックスがドバイシーマクラシックをスーパーレコードで逃げ切り勝利 写真:AP_アフロ

「世界一」の称号を手にしたイクイノックスは帰国緒戦の宝塚記念を大外一気の末脚で差し切り勝利してGⅠ4連勝を記録。

連覇がかかる天皇賞(秋)はダービーで敗れたドウデュースとダービー以来の再戦となることで大いに注目されたが......このレースでイクイノックスは昨年以上、否、日本競馬史に残る走りを見せた。

前年とは異なり3番手から追走していくと、直線ではノーステッキのまま先行する2頭を交わして先頭に立つとそのまま押し切り快勝。

軽々と天皇賞(秋)の連覇を果たし、勝ち時計は日本どころか世界レコードとなる1分55秒2でルメールに「ドリームライド」と言わしめるほど、完璧なレースだった。


2023 天皇賞 秋(GI)イクイノックスが圧倒的な強さで連覇 写真:伊藤 康夫/アフロ

そんなイクイノックスが最後に走ったのはジャパンC。

デビュー以来、初めてとなる中3週という短いレース間隔に、3歳牝馬クラシックで三冠を達成したリバティアイランドが参戦してきたが......

パドックで見たイクイノックスはひ弱だった3歳春とは別馬といっていいほど逞しく成長を遂げ、馬体ははちきれんばかりの好仕上がり。

筋肉隆々な漆黒の馬体はまるで彫刻のようで、この後のレースでも勝利を確信させるものだった。

そうして迎えたレースはまさに完成したイクイノックスのためのレースといっても過言ではない。スタートから3番手に付けて流れに乗ると、直線ではルメールが少し押しただけでトップスピードに乗るとあっという間に先頭に。

最後の200mはイクイノックスとルメールだけの世界となり、懸命に追いかけるリバティアイランドらを一切寄せ付けることなく、4馬身差を付けてゴール。


2023年ジャパンカップ(GI)をイクイノックスが優勝 写真:日刊スポーツ/アフロ

ウイニングランで涙を見せたルメールがインタビューで「もう、言葉はありません」と答えたように、イクイノックスの完璧な走りに誰もが言葉を失った。

こうしてデビューから10戦、われわれ競馬ファンに驚きを与え続けたイクイノックスは現役を去る。

正直に言えば、もっと彼の走りを見ていたかった。まもなく開催される有馬記念で連覇はもちろん、来秋のロンシャンの地でどんな走りを見せるか、あるいは――

もっともっと大きな夢をイクイノックスに見せてもらいたかった。

そんな思いを抱いたまま12月16日、筆者はイクイノックスの引退式を見るために中山競馬場へ向かった。

そして最終レース後の16時45分ごろにターフに現れたイクイノックスや関係者の晴れやかな表情を見て、こう思った。

「競走馬として、イクイノックスはやり切ったんだ」と。照明で明るく照らされたターフの上をゆっくりと闊歩するイクイノックスの姿や表情、そして木村哲也調教師の「本当にホッとしている」というコメントを聞いて、そう感じた。

そして、イクイノックスと生涯のパートナーとなったルメールのこのコメントに筆者は胸を躍らせた。

「もちろん子供たちにも乗りたい。子供でも世界一を」

数年後、イクイノックスを父に持つ美しい馬たちが見せてくれるであろう素晴らしい光景に今はただ、想いを馳せたい。


■文/福嶌弘


※テレ東競馬チャンネルではイクイノックス引退式の様子を公開中!
詳しくはこちらをチェック!!
https://youtu.be/vLL1AvPNq40?si=AjXp6HKoHZLpCNnO