10月29日、女子サッカーのパリオリンピックアジア2次予選の第2戦で、なでしこジャパンは2ゴールを挙げたのち、積極的にゴールを奪いに行かない戦略をとった。その時間が75分間に及んだことから賛否が沸き上がったが、なぜこのようなことが起きたのか、今一度紐解いてみる。


ウズベキスタン戦後、仕方のないこととわかっていても浮かない表情だったなでしこの面々

 大きな原因となったのが予選のレギュレーションだ。そもそも、アジアの女子サッカーは日本(FIFAランク8位)、オーストラリア(同11位)、中国(同15位)、韓国(同20位)、北朝鮮(ランク外)の5チームとそのほかの国とでは大きく力の差がある。毎回、大量得点差を生む試合が乱立するのがアジアの戦いだ。オリンピックやワールドカップの予選となれば、対戦相手が決まる抽選で、どの国が"上がる"のか、ほぼ読めてしまう場合もある。

 ワールドカップでは「5チーム」に開かれていた門も、オリンピックとなると「2チーム」へ激減する。ワールドカップが4年周期の代表活動の集大成となる男子のA代表に対し、女子はワールドカップの翌年にオリンピックが開催されることから、ワールドカップがオリンピック予選を兼ねていることもあり、集大成の場がオリンピックとされている女子サッカーの背景は踏まえておく必要がある。オリンピック出場、そしてそこでの成績はその後の女子サッカーの発展に影響を及ぼすのだ。

 今回は、各グループ1位+3グループ中最高成績の2位の4チームが最終予選に進めるレギュレーションだった。

 コロナ禍の影響を受けて2019年3月以降、対外試合を行なっていない北朝鮮が現状はFIFAランク外となっており、第4ポットに入ったことも今回の騒動の要因のひとつとなった。抽選の結果、グループBはタイを除く、中国、韓国、北朝鮮の三つ巴となり、3チームが星を奪い合うことで、グループA、Cに入ったサッカー途上国にチャンスが生まれた。各グループの1強チーム、つまりグループAのオーストラリア、グループCの日本に対して失点を抑えることができれば、実戦では太刀打ちできないグループBの上位国にも数字上、上回ることが可能だった。

 まさに死の組となったグループBは、北朝鮮−韓国戦、中国−韓国戦の直接対決2カードがドローとなり、中国、韓国は他グループ2位同士の得失点差の勝負に持ち込むことすら叶わず勝ち点は「5」にとどまった。逆に1強以外にしっかりと2勝をキープしたグループAのフィリピン、グループCのウズベキスタンの勝ち点は「6」。それぞれのチームが展開を読みながら、戦っていたと思われる。どの道筋がもっともオリンピックに近いのかを探っていたなかで起きたのがあの第2戦だったのだ。

 日本はグループAで1位となることが予想されたオーストラリアとの対戦を回避したかった。その理由は力量差があまりないということ以外にも2つある。最終予選でオーストラリアと対戦することになると、試合が開催される2月は南半球であるため真夏となり、さらにホームアンドアウェーの初戦が日本にとってのホームとなる。暑熱対策が必要となる上に時差こそないが移動時間が長くなってしまう。また、出場権を得る重要な最後の一戦はホームで戦いたいという池田太監督の想いがあった。

 では、オーストラリアとの対戦を避けるためには、どうすればいいのか。その答えが2次予選で同グループとなったウズベキスタンに3グループ中最高成績の2位になってもらうことだった。今大会の複雑なレギュレーションにより、グループCから最終予選に進むチームが出た場合、そのチームがグループAの1位と対戦することになっている。

 かねてより池田監督は「あらゆる可能性を考慮した上で一つひとつの選択をして戦いたい」と語っていた。すべてはパリ行きの確率を上げるための、したたかな戦略で、それだけオリンピック出場は厳しいということだ。

 ウズベキスタンが初戦、同組で2位狙いの最大のライバルであるベトナムを下したことで、日本が"得点を抑えなければならない相手"がウズベキスタンに決まった。ウズベキスタンを率いる本田美登里監督は試合前日、「最終予選に進める最上位2位に入るためには日本戦での失点は3点以内」と設定し、「実力的にもハーフウェイラインを何度超えることができるか、といった展開になるはず」とも話していた。

 そうして、点を獲りたくない日本と、失点を抑えたいウズベキスタンの利害が完全に一致。見栄えの悪い試合ではあったが、結果としてウズベキスタンは目論見どおり、最終戦でインドを退け、自国初となる最終予選進出を決めた。

 結果、最終予選で日本は北朝鮮と、ウズベキスタンはオーストラリアとホーム&アウェーで戦う。

 この2次予選のレギュレーションでは、"計算高い"試合をせざるを得ない選択肢が出てきてしまう。組み合わせ抽選の段階でこの大舞台の出場権の行方が決まってしまう流れは何とか変えられないものか。

【過去の五輪予選でもっとも公平だったのは?】

 AFC(アジアサッカー連盟)が、オリンピック予選という形を作ったのが2000年シドニーオリンピック後のアテネ大会から。当時は中国一強で、他の国はワールドカップで世界と戦えるレベルになく、アジア上位2チームがオリンピックに出場できる、という設定には無理があった。

 この時は3グループを勝ち抜いた4チームでノックアウトラウンドを戦うという厳しいものだったが、最終予選開催地の招致に日本が成功したこともあり、自国でジャイアントキリングを起こした。一度も勝利したことがなかった北朝鮮を下し、"国立の軌跡"と称される勝利で出場権を獲得した。その後の北京大会の最終予選は2グループに分かれてホーム&アウェーを戦い、それぞれの上位1チームに出場権が与えられた。日本は組分けにも恵まれ、韓国とのドローはあったものの安定の勝利の積み重ねが効いて首位の座を守りきった。

 ロンドン大会とリオデジャネイロ大会の予選は、5強を除いて1次予選、2次予選を総当たり戦で行ない、最終予選も5強+予選を勝ち上がった1チームによって、総当たり戦(ロンドン大会:中国開催/リオ大会:日本開催)が行なわれた。予選の開催地は希望する国を募った上で決まっている。

 ロンドン大会の予選で無事に勝ち上がった日本は、本大会で日本史上初の銀メダルを獲得するも、リオ予選では無念の敗退。東京大会は開催国枠の日本が抜け、2グループに分かれてオーストラリア、韓国の地で総当たり戦が行なわれ、各上位1チームに切符が与えられている。

 過去を振り返ってもAFCが盛り上がりを見せる予選の形を模索している様子がわかる。ホーム&アウェー方式は、前年にW杯を戦う女子チームにとって体力的に負担があること、アジアの発展途上国においてホームでの試合開催は経済的な負担が大きいことを考えると、最も不公平感がないのが、ロンドン、リオ大会時と同じくすべての予選をセントラル方式の総当たりで行なう短期決戦だろう。

 ただ当時、各国から序盤は中一日での連戦、後半も中二日で戦い、計5試合を戦う過密日程に不満が続出した。日程の改善に関しては、AFCのみならず、国を超えて選手を抱える各国の協力が必要だが、そこさえクリアできれば、不可能ではないはずだ。

 もちろん総当たり戦であっても対戦順による損得、複雑な星計算は生まれるだろうが、現状よりも公平さは担保される。公平感で言うならば、今回のように最終戦がグループ内でも時差があり、あとから試合をするチームが他の試合結果を見てプレーができてしまう状況は言語道断だ。

 参加する誰しもが全力を尽くすことができるレギュレーション、は最低条件だ。ゴールは2得点までとしていた日本は得点を挙げても心から喜ぶことができず、ウズベキスタンは攻めてこない相手を前にボールを奪い返す動きすらはばかられる――あの75分間、ピッチに立っていた両チームの選手が浮かべていた拭いきれない複雑な表情は、見る側もツラい。今回大きく取り沙汰されたことをきっかけに、勝負のみに集中できるよう予選の形が改善されることを強く臨む。