佐々木麟太郎のアメリカ留学はMLBを目指す上でプラス要素 バスケットボールに続きトップ選手の選択肢になるか
今年のプロ野球ドラフト会議の注目選手だった佐々木麟太郎(花巻東)が、プロ志望届を提出せずにアメリカの大学に進学すると表明した。花巻東高校の先輩である菊池雄星(トロント・ブルージェイズ)と大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)にも相談した結果、佐々木が出した答えが、まだ誰も挑戦したことのないアメリカの強豪大学への留学である。
高校卒業後、アメリカの大学への留学を決断した花巻東の佐々木麟太郎 photo by Sankei Visual
日本では歴代最多となる高校通算140本塁打を放った佐々木を「日本のプリンス・フィルダー」と紹介したのは『MLB公式サイト』。
身長180cm、体重124kgのフィルダーは、184cm、113kgの佐々木と同じような体型の巨漢スラッガー。2016年に現役引退するまでに、メジャー通算12年間で319本塁打を記録。2007年から12年までは、6シーズン連続で30本塁打以上を放ち、2007年には50本塁打を打ってホームラン王のタイトルを獲得している。
佐々木の父の洋氏は花巻東の監督だが、フィルダーの父のセシルは阪神でもプレーし、MLBでも2度本塁打王のタイトルを手にした。シーズン100四球以上を3度も記録したフィルダー同様に佐々木の選球眼のよさにも触れており、「三振の倍以上の四球を選ぶ辛抱強い打者だ」と褒めている。
佐々木に対して異例の高評価を与えたのが、ESPNで選手分析を担当するカイリー・マクダニエル氏。MLBの複数球団でスカウトを務め、若手選手の将来性を見極める方法を説いた本を執筆しているドラフトの専門家だ。
MLBでは選手の能力を評価する時に、「20-80システム(選手の能力を数値で評価するための基準で、20が最低クラスの能力、80が最高クラスの能力)」と呼ばれる評価法を用いるが、マクダニエル氏は佐々木のパワーを70と評価した。80は超一流という評価で、70は一流。メジャーで30本塁打以上を打てるパワーの持ち主とのお墨付きを与えている。
その一方で、日本の高校では80マイル半ば(135キロ前後)の速球を投げる投手を相手にしてきたので、150キロを超える速球を投げるアメリカのトップクラスの投手への対応を課題に挙げており、現時点でドラフトにかかった場合には3巡目前後が妥当と冷静に評した。
アマチュア選手の評価に関して球界関係者からも高い信頼を得ている『ベースボール・アメリカ』も、佐々木のパワーには70評価を与えている。「パワー一辺倒のスラッガーではなく、安定してバレルゾーン(長打が出やすいとされる打球角度と打球速度の範囲)の打球を打てる打者で、打撃に関して天性の才能に恵まれている。バットスピードも速く、鋭い打球を放つ」と打撃全般に対しての評価が高い。
今夏のマイナーリーグで最高のパワーの持ち主に選ばれたオーウェン・ケイシー(シカゴ・カブス傘下)のMLB公式サイトからの評価が65なので、佐々木はマイナー最高のパワー打者をも上回る高評価を得ていることになる。
【米大学からメジャーを目指す上での金銭的メリット】日本の高校を卒業後、アメリカの大学に進学して、メジャーリーグのドラフトで指名された日本人選手は過去にもいる。今年7月のドラフトでは、オレゴン大学の西田陸浮がシカゴ・ホワイトソックスから11巡目で指名され入団している。
名門、東北高校で1年生からレギュラーに抜擢された西田だが、甲子園出場はなし。高校卒業後に渡米して、最初は2年制の短期大学に進学。短大で英語力とアメリカ野球への対応力を磨き、ナイキのお膝元でもあるオレゴン大学に転校して、活躍した。
佐々木の進学先はまだ明かされていないが、始めから4年制の強豪大学へ進学する可能性が高い。
4年制大学でプレーできれば、最速で大学3年生になる2026年夏にはドラフト対象選手になれる。アメリカの大学でプレーすることで、メジャーに挑戦する時に、大谷翔平のような「インターナショナル・ボーナスプール(国外の若手選手と契約する際に設けられている契約金額の上限)」の対象選手ではなく、ドラフト対象選手になれるので、より多くの契約金を手にできるチャンスが生まれる。
25歳未満の外国人選手がメジャーに移籍する際には、インターナショナル・ボーナスプール対象となり、2017年12月に大谷がロサンゼルス・エンゼルスに移籍した際の契約金は約230万ドル(約3億4000万円)でしかなかった。
実力が同じであっても、ドラフト対象選手はインターナショナル・ボーナスプール対象選手に比べて、2倍から5倍の契約金を手にできる。ドラフト対象選手の場合、1巡目全体1位指名選手で約1000万ドル(約15億円)の契約金枠が与えられ、1巡目全体12位で約500万ドル、1巡目全体30位だと約300万ドルの契約金枠となる。2巡目だと100〜200万ドル前後、3巡目は65万〜100万ドル前後の契約金枠となっているが、この契約金枠は目安額であり、必ずしもその金額を支払う必要はない。
アメリカの大学生はアマチュア選手だが、2021年夏からは学生選手がNILと呼ばれる肖像権収入を得ることが認められ、学生選手と企業のスポンサー契約が解禁された。
例えば、今年から南カリフォルニア大学に入学して、バスケットボール部でプレーするブロニー・ジェームズのNIL価値は590万ドルと算出されている。これはブロニーがNBAのスーパースター、レブロン・ジェームズの息子であり、大きな注目を集めているからである。
同じように、NFLとMLBで活躍した二刀流の元スーパースター、ディオン・サンダースを父に持つコロラド大学アメリカンフットボール部のシェデュール・サンダースのNIL価値は480万ドル。昨季の大学アメフト界の最優秀選手に選ばれた南カリフォルニア大学のケイレブ・ウィリアムズは270万ドルと、プロ顔負けの収入を稼ぐ学生選手も多い。
ただし、佐々木のような海外からの留学生はNIL収入の対象外。それはNCAA(大学体育連盟)よりも権力が強いアメリカ移民局が留学生の就労を禁じているからである。佐々木の進学先として有力視されているバンダービルト大学は、野球部の選手全員が代理店とNIL契約を結んでいるが、佐々木が入部した場合には、どのような措置が取られるのだろうか?
アメリカ移民局が禁じられるのはアメリカ国内での収入であり、コンゴからの留学生で名門ケンタッキー大学のバスケットボール部でプレーするオスカー・シブエは、チームがバハマに遠征した隙にNIL収入を得たこともある。
同様に、佐々木が進学した大学が日本遠征を行なえば、学生ながら広告収入を得ることも可能になる。
【選手、人間としても成長を目指す】学生選手にとってNILの魅力は金銭面だけでなく、学生の時から自己ブランドを確立できる点にもある。
日本の大学とは異なり、アメリカでは大学生でも収入を得られるようになったが、それは佐々木にとってアメリカ留学を選んだ大きな理由ではない。本人が「野球選手としてはまだまだ未熟で、さらに上を目指せるような位置から練習していきたい」と言うように、上(MLB)を目指した時に、アメリカの強豪大学に進む道が最も堅実だと判断したから、プロ野球ドラフトの1巡目候補者としてはまだ誰も進んだことのない道を選んだはずだ。
アメリカの強豪大学はメジャー球団並の豪華施設を誇るチームも多く、アメリカの高校生でもドラフト指名を蹴って、大学進学を選ぶ選手は多い。特に下位指名の高校生は、安い契約金でプロ契約してマイナーの厳しい環境で過ごすよりも、練習環境が充実した大学で技術を磨き、3、4年後に上位指名を受けて、多額の契約金を手にするケースが目立つ。また、最近は大学で鍛えられた上位指名選手がマイナーで過ごす時間が短くなっており、ドラフトから2、3年後にはメジャーに昇格する選手も少なくない。
また、アメリカの大学ではスポーツだけをしていれば許される訳ではなく、文武両道が求められる。成績が一定レベルに達しなければ、練習や試合に出る権利も失ってしまう。大学側も学生選手が規定以上の成績を取れるように、家庭教師を用意したりして、十分なサポート体制を用意している。特にバンダービルト大学は野球の強豪なだけでなく、学業面でもアメリカでトップレベルとして知られている。
そんな環境で、野球だけでなく学問にも取り組んでいけば、「広い世界で学んでいきたい」と言う佐々木の希望も叶えられる。バンダービルト大学を卒業すれば、社会人としての成功切符も手にしたも同然だ。父の佐々木洋監督も「野球のことだけを考えるのではなく、人生のあらゆる可能性を広げて、教養もつけながら次のステージを目指すのもいいのかなと思った。野球だけでなく、人間として幅を広げてほしい」と息子のアメリカ留学を後押しする。
メジャーリーグを目指す上で、アメリカの大学で英語を身に着け、アメリカの野球文化を体感しながら学んでいくことは大きなプラス要素となる。
NBA(米プロ・バスケットボール)では八村塁(ロサンゼルス・レイカーズ)と渡邊雄太(フェニックス・サンズ)の2人の日本人選手がプレーしているが、2人とも日本の高校を卒業後に、日本の大学ではなく、アメリカの大学でのプレーを選んだ。アメリカの大学でプレーしたことで、アメリカのバスケットボール・スタイルに慣れ、アメリカのバスケットボール界で生き延びていく術を身に着けた。
「誰もやったことがないことをやりたい」と口にして、有言実行したのは花巻東高校の先輩に当たる大谷だが、佐々木もまた大谷と同じ気持ちを持って渡米するはずだ。
佐々木が成功すれば、バスケットボールに続いて、野球でもアメリカの大学進学を選ぶトップ選手が増えそうだ。