バルセロナ市内。スペイン広場から見上げた先にあるモンジュイックの丘に、オリンピックスタジアムはある。

 9月のチャンピオンズリーグ開幕戦では、大勢のファンがスタジアムを目指し、階段をひとつひとつ上がっていた。途中にはエスカレーターがいくつかあるが、ひたすら続く坂道を徒歩20分以上。丘の上に闇夜に浮かぶ宇宙船のようなスタジアムが出現し、それがどんどんと人を吸い込んでいった。

 オリンピックスタジアムは、1992年のバルセロナ五輪のメイン会場だった。マラソンの有森裕子は、その坂を登り切って有名な言葉を残した。1997年から2009年まではエスパニョールの本拠地だったが、新スタジアムが郊外に完成し、しばらく主を失っていた。しかし今シーズンは、バルセロナ(以下バルサ)の本拠地カンプ・ノウが改修工事のため、ホームに指定されることになった。

 ゴール裏などは、バルサカラーの青とえんじで彩られていた。陸上トラックが見えないような演出で、バルサのチームソングが大音量で鳴り響く。仮住まいだが、カンプ・ノウに近い演出だ。

 試合は5−0の大勝で祝祭になった。ジョアン・フェリックス、ラミン・ヤマルなど新鋭選手が躍動。すでに英雄リオネル・メッシは去っており、何もかも時代の転換期なのだろう。

 10月28日、オリンピックスタジアム。バルサは宿敵レアル・マドリードを迎え、伝統の一戦、クラシコを戦う。クラシコの意味合いは、特にバルサ陣営にとって大きく、過去にはリーグで優勝しながらクラシコでの無様な負けを理由に解任された監督もいた。民族的な遺恨が渦巻くだけに、競技を超えて"負けられない一戦"なのだ。

 シャビ・エルナンデス監督が率いるバルサは、レアル・マドリードを打ち負かす力があるのか?


ビルバオ戦でバルセロナ史上最年少デビュー弾を決めた17歳のマルク・ギウphoto by Reuters/AFLO

 昨シーズン、ラ・リーガを制したバルサは、「まずは守備の再建」とウルグアイ代表DFロナウド・アラウホとドイツ代表GKマルク・アンドレ・テア・シュテーゲンの堅固さでチームを安定させた。ストライカーにポーランド代表ロベルト・レバンドフスキを獲得したのも大きかった。攻守の両輪が揃い、最悪期からは脱した。前任のロナウド・クーマン監督の時代には危機的状況だっただけに、よく巻き返したものだ。

【最年少得点もフェリックスのパスから】

 守備を再編成したことで、シャビ監督はようやく本格的改革に着手した。

 セルヒオ・ブスケッツの退団は、「ひとりの選手では埋まらない」と判断し、ドイツ代表イルカイ・ギュンドアン、下部組織ラ・マシア育ちのオリオル・ロメウの2人を獲得し、調整した。懸案だった右サイドバックにはポルトガル代表ジョアン・カンセロを手に入れ、プレーメイクでも厚みを作れるようになった。何より、ポルトガル代表FWフェリックスの入団は、シャビ・バルサに足りなかった「ファンタジー」をもたらした。

 フェリックスは、違いを出せるファンタジスタである。前節のアスレティック・ビルバオ戦も、フィジカルと闘争心を前面に押し出したディフェンスに遭いながら、随所で華やかな技術を見せた。倒されても立ち上がってボールを受けると、エリア外から右足を鋭く振り抜いた。また、浮き球をコントロールしてゴールに迫り、滑らかなターンから右足で美しい軌道のシュートを放った。

 真骨頂は決勝点の場面だ。

 センターバック、イニゴ・マルティネスの左足パスをギャップで受けることに成功すると、ワンタッチで鮮やかにターン。交代出場で入ったばかりの17歳のFWマルク・ギウに絶妙なスルーパスを通し、得点が決まった。

<何かやってくれる予感>

 それはメッシ以後、久々のものだ。

 筆者は以前の原稿で、「フェリックスのゼロトップを推す」と書いたことがある。アスレティック戦はレバンドフスキがケガで不在。図らずも、その形になったが、前線を自由に行き来し、脅威を与えていた。

 一方、ギウはデビュー戦ゴールを決め、「下部組織ラ・マシア=バルサ」だとあらためて証明した。

 ギウは今年6月のヴィッセル神戸戦で、非公式トップデビュー戦を飾っていた。U−17欧州選手権でスペイン代表として得点王に輝いた次世代ストライカーで、スポーツディレクターに就任したデコも絶賛。ビルバオ戦の出場後33秒でのファーストタッチゴールは特筆すべき記録だ。

「ラ・マシアは宝」

 スペイン大手スポーツ紙『アス』がアスレティック戦でそう見出しを打ったように、そこには"唸る金脈"がある。ジョセップ・マリア・バルトメウ前会長、サンドロ・ロセイ前々会長の政権時代にその金脈は見捨てられかけたが、「ギウを筆頭にした2006−07年生まれ世代はこれからも期待できる」と言われる。

 そしてラ・マシア出身の16歳、ラミン・ヤマルは変革の象徴だろう。すでに右サイドに定位置をつかみつつあり、同年齢ではメッシ以上の異例の抜擢。とにかく力みがない。スピードを自在に操れることで、相手を簡単に翻弄できる。

 ヤマルは左利きだが、子どもの頃からネイマールのプレーに影響を受けてきた。ウイングとしてのスピードの上げ方、テクニックの使い方、自らが電流のようになる動きを繰り返したという。ボールと戯れるのが好きで、街角でボールを蹴った。今や少なくなったストリートで身につけた変幻と言える。

 バルサは夢を見られるチームになりつつある。ただし、クラシコは意地の対決だ。

 レアル・マドリードは、イングランド代表ジュード・ベリンガムを筆頭にバルサを踏み潰すだけの陣容である。選手層が分厚く、交代でルカ・モドリッチ、エドゥアルド・カマヴィンガ、ブライム・ディアスを投入できる。そしてカルロ・アンチェロッティ監督が率いる試合巧者だ。

 フェリックスとラ・マシア組が一体になって、首位レアル・マドリードを叩きのめすことができたら――バルサは新時代の扉を開くことになるはずだ。