「神の左」山中慎介が見た那須川天心 KOできない理由、目指すべきボクサー、武居由樹との違いについても語った
9月18日、那須川天心がノンタイトル8回戦(東京・有明アリーナ)で、メキシコのバンタム級王者ルイス・グスマン(メキシコ)から2度のダウンを奪うなどして3−0の判定勝ちを収めた。ジャッジ3人が80−70のフルマークをつける完勝も、KO勝利への期待の大きさから、一部からは「パンチが軽いのでは?」との声も聞かれた。
この結果を受け、かつて天心と同じ帝拳ジムに所属し、KOの山を築いて"神の左"と称された元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に、天心のKOパンチャーとしての潜在能力、現在の課題、今後について聞いた。
ボクシング転向2戦目を判定で勝利した那須川天心(左)photo by 山口フィニート裕朗/アフロ
――まずは天心選手の2戦目について、率直な感想をお願いします。
「成長を感じられた試合でした。もともとセンスはあったんですけど、今年4月のプロデビュー戦(与那覇勇気に判定3−0で勝利)からの成長具合は、『さすが天心だな』と。異例の2回の走り込み合宿や、アメリカでのスパーリング合宿など、本当に厳しいトレーニングを積んできた成果だと思います」
――走り込み合宿は、山中さんも現役時代にやっていましたよね?
「はい、同じゴルフ場です。『あー、やってるな』と思いましたよ。最近は若手選手も走り込み合宿に行きますが、 僕たちの頃は、主に世界を狙うレベルの選手たちがやる感じでした。試合前のスパーリングに入る前段階で、足腰を中心に鍛え上げるトレーニングです。走り込み合宿は、普通は1回しかないですけど、天心は異例の2回とのことですね」
――走り込み合宿は、どのくらの期間で行なうものでしょうか?
「通常は1週間くらいでしょうか。徹底した走り込みで、その期間はグローブも付けないと思います。やったとしても、ゴルフ場で軽いシャドーをするくらいです」
――走り込みの内容は?
「午前中は長距離、午後はダッシュやインターバルが中心です。天心はキック時代、3〜5ラウンドと、ボクシングに比べると短いラウンドで戦ってきました。ですから、走り込みでスタミナ強化と自信もつけさせる目的もあったと思います」
――走り込み合宿は、山中さんといえども過酷だったんですか?
「キツイです(笑)。僕は、トレーニングの中で走ることが1番つらかったので、自分自身との戦いでもありました。そういう点でも、メンタルが鍛えられたと思います」
【相手を「倒しきる」ための課題】――今回、天心選手は8ラウンドを戦いましたが、スタミナやペース配分に関してはどう見ましたか?
「序盤にダウンを取り、ほぼ勝ちは間違いないという中で、本人もKOを求められている空気を感じたと思います。どう倒すか、迷いがあるのは感じましたね。試合後の会見で、セコンドに『どうやって攻めればいいですかね』と聞いたことを明かしていましたし、スタミナ的には問題はなかったと思います。後半はペースが落ちたというよりも、相手の崩し方、フィニッシュまでの持っていき方で少し戸惑った感じですかね」
――そのあたりは、経験値によるものでしょうか?
「そうですね。キックの試合では、流れの中でダウン取って3ラウンド、長くても5ラウンドで終わるのでその先の展開はなかった。でも、今年はボクシングの初戦で6ラウンド、今回は8ラウンドをフルに戦いました。お客さんのKOへの期待は別にしても、本人にとってはすごく勉強になった14ラウンドだったと思います」
――これから目指すスタイルについては、いかがでしょう?
「すべての精度をさらに上げて、ゆくゆくはKO勝利ができるスタイルを目指すことになるんでしょう。ただ、今回もダウンを取った後のアプローチや、相手がガードを固めてきた時の対応など、いろいろ課題が見えました。その課題にどう取り組むかをプラスに考えて、期待したいです」
――課題はやはり、「倒しきる」ということでしょうか。
「はい。そうは言っても、ガードが固い相手をKOするのは簡単なことではありません。長谷川穂積さん(元世界3階級制覇王者)も、世界チャンピオンになるまでKO率はそれほど高くありませんでした(19戦17勝4KO2敗)が、王座を14度防衛していた絶対王者のウィラポンに判定で勝って以降(2005年4月)、次第にKO勝ちを量産していきました。
僕自身もそうでしたよ。2011年3月の岩佐(亮佑)選手との試合(日本タイトル戦。王者・山中が10ラウンドTKO勝利)が成長のきっかけとなって、KOを量産できるようになりました。ですから天心も、何かきっかけをひとつ掴むことで、流れが変わる可能性があると思います。
天心はデビュー戦で日本バンタム級2位の与那覇(勇気)選手や、今回のメキシコ国内王者との試合では、勝利は当たり前で『いかにKOするか』を期待されていた状況。当然プレッシャーはありますよ。まぁ、本人はそれを楽しんでいると思うんですけど。試合を乗り越えていくことで変わっていくことはある思います」
【天心が目指すべきKOの形】――KO勝ちについて、"神の左"と称されるフィニッシュブローを持つ山中さんと天心選手はファイトスタイルが異なると思われますが、いかがでしょうか?
「そうですね。僕の場合は、1発(左ストレート)に対して、いかにパワーを乗せて打ち込むかを考えていました。距離を取りながらタイミングを重視して、しっかり打ち込むスタイル。一方で天心は器用な選手で、動きも多彩です。スタイル的には違いますね」
――山中さんが以前、「左ストレートを打った時は、返しの右すら考えてない」と話していて印象的だったのですが、天心選手も一撃必殺のスタイルを目指すのか、スピードやディフェンス力を最大に活かすスタイルを選ぶのか。あるいは、どっちもできる選手を目指すべきでしょうか。
「僕は『これ(左ストレート)しかない』という思いでやっていたので、考え方も戦い方もまったく違います。天心の場合は右フックもうまく使えていますし、遠い距離からのアッパーも上手です。僕が使えないパンチを持っている強みがある。
ですから、一発を狙うスタイルだと天心のよさが消えてしまうリスクがあると思います。非常にバランスがいい選手ですし、試合やスパーリングでも崩されることがありませんから」
――天心選手の距離感やフットワークについてはいかがですか?
「リングの使い方、足の動きは超一流だと思います。平然とこなしているからあまり注目されないかもしれないですけど、ポジショニング、距離感、あの足さばきはすごい。やりたい動きがとっさにできて、考えても動けるし、反応でも動ける。吸収力もありますね。僕の評価、高すぎますかね?(笑)」
――いえいえ(笑)。KOに話を戻すと、山中さんはKO勝利を狙っていましたか?
「1ラウンド目から"組み立てる"感じですかね。フィニッシュブローは左ストレートしかなかったので、それを当てるための位置取りや微妙な距離、相手のパンチの軌道やタイミングを測りながら、徐々に攻めていく感じです。
一方で天心は、キック時代から短いラウンドで勝利していたこともあって、メキシコの王者相手でも1ラウンドから飛ばしていけた。パンチを見切り、ダウンを取る能力は非常に高いと思いますね」
――グスマン戦で1ラウンド目にダウンを奪った左のカウンターも、体が反応して出た感じでした。
「衝撃でしたね。ジャブの速さを見ても大きな成長を感じました。それがKOへの期待をさらに高めましたよね」
【同じくキックから転向した武居由樹との違い】――構えも変わり、どっしりして見えました。
「初戦と比べると、パンチに体重が乗っていたと思います。パンチの威力を増すためにもっと体重を乗せることもできると思いますが、先ほども言ったように、天心のよさを消してしまう可能性がある。天心は、長谷川(穂積)さんのようなパンチのキレやスピードで戦うスタイルかなと思いますね」
――骨格やリーチを考えても、長谷川さんのスタイルが参考になるのかもしれませんね。
「長谷川さんもスピードやタイミングで相手をKOしていましたし、世界タイトルを獲得したことが自信になってKOを量産するようになった。天心もそうなる可能性はあると思いますが、天心にとってのきっかけが何になるのかは予測できません。試合の経験、日々の練習の中での気づきなど、さまざまな要因がありますから」
――KOが注目されましたが、2戦連続でほぼフルマークの勝利は素晴らしい結果だと思います。
「しかも2戦合計14ラウンドで1ポイントしか取られてないわけですからね。KO勝利への期待はあるものの、現状の結果でも十分に見事です。天心は最短で世界王者を目指しているわけではないですし、確実にステップアップしていると思います」
――天心選手はキックの経験からか、リズムやタイミングも独特ですね。
「そう思います。同じくキックから転向した武居(由樹)選手(現OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者)もそう。キックをやっていたからこそのタイミングを持っていますね。ただ、武居選手のパンチの質は、いわゆる"パンチがある"というもの。パンチが"硬そう"に見えますね。相手の倒れ方を見ても、2人のタイプは違いますよね」
――武居選手はボクシング転向後、7戦7KO。パンチが"硬い"という言葉はよく耳にするのですが、そのメカニズムはどういったものなのでしょうか?
「インパクトの瞬間にしっかり握って拳を当てることが関係していると思います。もちろんそれだけではなく、当てる角度などさまざまな要素が関わってくる。帝拳ジムの先輩でも、ひ弱そうに見えるのに驚くほど硬いパンチ持つ選手もいました。ですから見た目の筋肉などはまた別物だと思いますね」
――インパクトという点では、山中さんの左ストレートは、腕を内側に大きくねじこむ動作があると聞きました。また、相手に当てるのは握った拳の"山"の部分の、人差し指の付け根の一点のみだったと記憶しています。それが衝撃を増加させる要因となるのでしょうか?
「そうですね、拳をしっかり返して、ピンポイントで打っていました。僕はリストも強いんです。とにかく左ストレートは時間をかけて練習しました」
【天心の適正体重は?】――天心選手は今後、日本王者、東洋太平洋のタイトルから、世界の頂点を狙う形になるでしょうか?
「通常であればその流れになるでしょうが、天心は期待のホープですからね。海外で試合をするプランもあるようですし、別の道を辿る可能性もあると思います」
――天心選手は、現在スーパーバンタム級で戦っていますが、将来的にバンタム級に落とす可能性はあるでしょうか?
「天心の日頃の体重やコンディションがわからないので一概には言えませんが、体格を考えるとバンタム級のほうが適している可能性は高いと感じます」
――初戦も2戦目の相手も、ひとつ下のバンタム級の選手でした。今後、階級を下げることも見越したマッチメイクかもしれませんね。
「デビューする時も、天心はバンタム級が適正階級かもしれないと思ってはいました。キックボクシングの経験がありますから、下半身がしっかりしていましたよね。最近は少しシャープになってきたように思います。スーパーバンタムとバンタム、どちらの階級か見極めながら闘っていくことになるのではないでしょうか」
――いずれにしても、これからが楽しみでしかないですね。
「いろんなタイプの相手との試合を見たいです。今後、『これはヤバい』という相手に、キャリアにおいての"勝負どころ"となる試合に直面することもあるはず。その時にどんな闘いを見せ、そして乗り越えてくれるのか。それを期待したいですね」
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者として、またアスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。