サンセバスチャン郊外にあるスビエタ。レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)の総合練習施設がある一角のカフェで、テクニカルスタッフがコーヒーを飲みながら話をしていた。そのひとりは、三笘薫、守田英正、遠藤航、冨安健洋など日本人選手の名前をスラスラと口にした。日本のサッカーが欧州のマーケットに入っている証左だ。

 実際、ラ・レアルはダビド・シルバがケガで引退を余儀なくされたことで、トップ下の代役として鎌田大地を獲得リストに入れていた。スタッフは獲得に至らなかった理由を口外しなかったが、報道では「フリーの選手だが、代理人が500万ユーロ(約8億円)という移籍金に近い手数料を要求し、サラリーの要求も交渉の余地がないほど高かった」と出ている(結局、クラブは20歳と若いロシア代表ザハリャンを獲得した)。

「(セルヒオ・)ブスケッツに顔が似ていて、カタールW杯で同じようにPKを外したセンターバック(吉田麻也のことだと思われる)はどうしてる?」

「マルセイユの酒井宏樹は本当にいい右サイドバックだった。彼はJリーグでどうなの?」

 彼らは日本サッカーを"世界の果て"と考えていなかった。隣人のように捉えていた。もっと言えば、日本人サッカー選手をリスペクトしていた。

 その空気を濃密に作り出したのが、ラ・レアルでエースの座を得た久保建英と言える。

 昨シーズン、久保が9得点した試合は9戦全勝で、チャンピオンズリーグ出場権をもたらした。今シーズンも、開幕4試合連続ゲームMVPで、9月の月間MVPにも選出されている。レアル・マドリードのジュード・ベリンガム、FCバルセロナのロベルト・レバンドフスキを抑えての勲章だ。


レアル・ソシエダのレジェンド、シャビ・プリエトから9月のMVPトロフィーを渡された久保建英 photo by Nakashima Daisuke

「タケのようになりたい!」

 スタジアム周辺で会った子どもたちも、久保に夢中だった。スペインで、かつてないほど日本人選手が地元で愛されている。久保を通して日本サッカーを丸ごと受け入れてもらえるほど、その魅力は巨大だった。

 ラ・レアルにおける"久保建英の今"を探訪した。

【久保が受け入れられた街】

 スビエタのカフェはランチタイムで、ラ・レアルのユースや女子チーム選手でごった返していた。ラ・レアルの応援風景の写真がデザインされた壁に囲まれ、テーブルにはラ・レアルの紋章やピッチが描かれ、バーカウンターにはラ・リーガを連覇した時の新聞の一面やトロフィーなどが配置。ラ・レアル一色の空間になっていた。

 関係者専用のランチセットは豪華だった。

 その日は一皿目がAlubias(インゲン豆とチョリソの煮込み)、Arroz a la cubana(キューバ風ライス)、Patata con Bacalao(バカラオとポテトのスープ)など、二皿目がGuisante con ternera(牛肉とえんどう豆の煮込み)、Pollo frito(チキンフライ)などを選ぶ形だった。デザートにはバスクの名物であるチーズケーキやプリン、ヨーグルト、フルーツ。食後にはエスプレッソやCortado(エスプレッソにミルクを垂らしたもの)が注文できた。

 久保が所属するトップチームの選手は、もうひとつの施設で昼食をとるのだが、メニューは似ているという。久保も同じようなものを食べているということだ。どれもおいしく、相当なレベルだった。

 スペインの多くのクラブがそうだが、ラ・レアルは特に食事を重視し、専属の料理人を雇っている。本拠地レアレ・アレーナのロッカールームにも食堂がある。試合前には、時間帯によってパスタやチキンなどを食べて挑むという。お膝元のサンセバスチャンは「世界一の美食の町」と言われるだけあって、食の意識は高い。

 久保が受け入れられたクラブ、土地とはそういうところだ。

 サンセバスチャンの中心にあるラ・コンチャ海岸は、美しい光景が広がっていた。風光明媚で観光スポットとして有名だが、市民の憩いの場所であり、ラ・レアルのフットボールの原点とも言える。

「ビーチサッカーで選手は鍛えられた」

 サンセバスチャン市のあるギプスコア県では、14歳まで特定のクラブでの活動が禁じられ、さまざまなスポーツをすることが奨励されてきた。そのなかで、ビーチサッカーは誰もが集って大会に参加できる場所で、垣根を越えて切磋琢磨できたのである。伝説的MFシャビ・アロンソはまさにビーチサッカーの申し子だった。水を含んだ砂でのプレーで足腰を鍛えられ、精度の高いキックを身につけたという。

【代表でのプレーもチェックするコーチ陣】

 とりわけ、ゴールキーパーへの影響は強かった。当時、どこにでも芝生のグラウンドがあるわけではなかったなかで、ビーチでは土のようにケガを心配せず、思いきって跳んで、ボールに食らいつけた。理想的なトレーニング環境で、今も敬愛されるゴールキーパー、ルイス・アルコナダ(ラ・レアルでラ・リーガを連覇、スペイン代表としてもEUROで準優勝)を輩出している。

 複合的なスポーツへの愛好が、ラ・レアルの運動能力の高さの基礎にあると言われる。サッカーと並ぶ人気競技、ペロタ(テニスやスカッシュの原点とも言われる)は象徴的で、空中を高速で飛び交うボールを正確にヒットする動きは空間認識力を高め、素早いステップは俊敏性を引き出すという。どんな町や村にもペロタの施設があるほどで、サッカー選手の道を進むか、悩むケースも少なくない。

 9月の代表戦ウィークの後、トップチームは代表組以外で非公開練習を行なっていた。練習後、特別にイマノル・アルグアシル監督やコーチ陣と会うことができた。

「ドイツ戦のタケのアシストはすばらしかったよ」

 コーチのひとりが言った。当然だが、代表でのプレーはチェックしていた。試合をクローズする展開、攻め手は限られていたが、守りながらカウンターでも最大限の力を発揮できるところは、久保が大きく成長した点だという。

「(アルグアシル)監督に信頼を与えられたことで、久保は覚醒した」

 その声は現地で多く聞こえたが、コーチ陣は久保自身がラ・レアルというクラブに適応した点も強調していた。久保のキャラクターが、ほとんど運命的にマッチしたのだ。

 技術以上に特記すべきは、久保の勝利に対する貪欲さだろう。

 ラ・レアルの関係者も舌を巻き、鼻白むほど強烈だという。だからこそ、アウェー選手を押し潰すような重い空気を放つ満員のサンティアゴ・ベルナベウ(レアル・マドリードの本拠地)で、「久保のリサイタル」という活躍をやってのけられた。もっとも、本人は負けた悔しさを持て余すように俯いて歩き、憤然と荒々しくリストバンドを剥ぎ取る姿があった......。

【現地でも話題のキャラクター】

「タケは文化や生育環境もあるのだろうけど、独特な感性で生きている」

 スペイン大手スポーツ紙『アス』は、久保のキャラクターについて独自の視点でそう書き記している。

 レアル・マドリードをひとりで引き回し、トニ・クロースやフラン・ガルシアに悪夢を見せたが、"いいプレー"には何も満足していなかった。彼が求めているのは、大舞台で自分が引き寄せる勝利の味だ。

 そのメンタリティは、リオネル・メッシと共通している。プレーそのものも比較されてきたが、実は精神構造の方が似ているのかもしれない。トッププレーヤーだけの気骨だ。

「タケ」

 今やその名前を出すだけで、現地サンセバスチャンでは尊敬と羨望の響きを伴っていた。サッカーにおける「日本人」へ向けられていた偏見が打ち払われている。これは歴史的な快挙と言える。

 10月24日、久保はチャンピオンズリーグ、ベンフィカ戦に挑む。アウェー戦だが、勝てば目標とするベスト16につながる。勝者のメンタリティで久保は舞台に立つ。ひとつひとつの試合の積み重ねが歴史になるはずだ。