ここ数年、マーケティングおよび広告予算はデジタルが主体だった。だが、デジタル空間がますます混雑してくるなか、ノードストローム(Nordstrom)やザッポス(Zappos)などの小売大手は、マーケティングのポートフォリオに紙媒体を加えることで、競合他社との差別化を図り、より多くの顧客にリーチしようとしている。

今年、創業122年のファッション小売企業ノードストロームは、2019年に紙媒体からの段階的撤退に着手して以来となる、年次セールのカタログ配布を再始動した。同様に、Amazon傘下のオンライン小売企業ザッポスも、新学期に焦点を合わせたマーケティング戦略の一環として、初の紙媒体カタログの配布を開始し、印刷媒体広告により力を入れつつある。

これらの小売企業は、ある種の「紙媒体ルネサンス」に近づきつつあるようだ。背景には、デジタル空間がますます混雑し、そして高価になり、また近年のデータプライバシー規制によって効果測定が困難になりつつあることが挙げられる。

ブランドや企業が何を望むか次第



「予算には限りがある」と、ザッポスで最高マーチャンダイジング責任者および最高マーケティング責任者を兼任するジョー・カノ氏は言う。「そのため、我々はあらゆる選択肢をテストし、費用対効果でもっとも消費者に響くのはどれなのか、消費者が実際には何を求めているのかを把握したいと考えている」。

紙媒体でのマーケティングに投資しているのは、ノードストロームとザッポスだけではない。2018年以降、Amazonはホリデーシーズンのおもちゃカタログを顧客に郵送している。ライフスタイル衣料ブランドのマッドハッピー(Madhappy)は8月上旬、紙媒体の雑誌を発行しはじめた。さらに、ライフスタイルブランドのフランシス・バレンタイン(Frances Valentine)は、パンデミック直前の2020年に紙媒体カタログの発行を開始した(これについての詳細はGlossy.coを参照してほしい)。

米DIGIDAYは今年、デジタルの過密化によってブランドが紙媒体の新聞広告の価値を見直すようになっていると報じている。

「ブランドや企業が何を望むか次第で、印刷物は便利な媒体になる」と、スタグウェル(Stagwell)傘下のビジネスエージェンシーであるGALEで最高イノベーション責任者を務めるベン・ジェームズ氏は言う。「昔のような総合的な手段ではないが、人々と有意義なつながりを築く手段として将来有望だ」。

顧客のいるところに出向くべき



ノードストロームとザッポスは、いずれも紙媒体および広告費に関する詳細を明かさなかった。今年第1四半期、ザッポスは5500万ドル(約80億4000万円)を広告に費やし、前年同時期の4300万ドル(約62億8700万円)から増加したと、パスマティクス(Pathmatics)のペイドソーシャルデータなどに基づいてビビックス(Vivvix)は報じている。またビビックスによると、同じく今年第1四半期にノードストロームは約5400万ドル(約78億9500万円)の広告支出を計上し、前年同時期の3200万ドル(約46億7900万円)から大幅増となった。

少なくともノードストロームに関しては、振り子の揺り戻しといえるだろう。2018年の段階で、同社は年間最大12種類のカタログを郵送していた。しかし2019年には、デジタルの台頭を受けてこうした取り組みの縮小に着手した。ノードストロームのデジタル転換は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに後押しされ、さらに進展したものの、今年になって紙媒体に再注目しはじめた格好だ。

「顧客とどうコミュニケーションをとるかを考えると、結局のところ顧客のいるところに出向くべきなのだとわかる」と、ノードストロームの最高マーケティング責任者であるデニス・アンダース氏は言う。「顧客がデジタルで過ごす時間が長くなったために、我々は印刷媒体のウェイトを下げた」。

ザッポスが印刷媒体をテストしはじめたのは2019年だが、今年になって新学期カタログの刊行という形で取り組みを拡大した。ホリデーシーズン向けカタログの計画もあり、ザッポスは今後も印刷媒体マーケティングへの投資を続けていくだろう。現在のところ、同社はQRコードを利用して、どれだけの人々がカタログを利用しているか、何を購入しているか、カタログ経由でトラフィックがどれだけ増加するかを測定している。

印刷媒体は高価だがより大きなROIが得られる



ここ数年、デジタルマーケティングおよびデジタル広告費は順調に増加し、電通のグローバル広告費予測(Global Ad Spend Forecast)によれば、世界の広告費の58.3%を占めるまでになった。しかし、データプライバシー規制の相次ぐ変更や、デジタルマーケットプレイスの過密化によって、デジタルで手軽に顧客を獲得できた栄光の時代は遠からず過去のものになるかもしれないと、米DIGIDAYは報じている。

これにより、ノードストロームやザッポスなどの小売企業は、ブランド認知を高めるだけでなく、オフラインの消費者にリーチするために、印刷媒体などそのほかのチャネルへの投資を本格的に検討しはじめている。

「印刷媒体は当然より高価だが、購入確率の高い、絞り込んだターゲットグループに郵送できるため、より大きなROI(投資対効果)が得られている」と、広告エージェンシーのエスケープポッド(The Escape Pod)で総合戦略ディレクターを務めるタイラー・ムーア氏はeメールで述べている。

だからといって、いずれの小売企業もデジタルマーケティングの予算を大幅に削減しているわけではないが、2社は印刷媒体とデジタルマーケティングが両輪となるように、マーケティングの予算配分を修正している。「我々はもちろん、(デジタルから)完全に撤退するつもりはない。だが、顧客がいる場所に出向いて迎えられるよう、我々は万全を期す」と、カノ氏は述べた。

[原文:Why brands like Nordstrom and Zappos are revisiting print marketing]

Kimeko McCoy(翻訳:的場知之/ガリレオ、編集:島田涼平)