甲府から京都へ、15歳で立った重要な岐路。“王様”からチームのために戦える選手に変貌【パリの灯は見えたか|vol.4 川颯太】
山梨で生まれた彼は15歳までヴァンフォーレ甲府で過ごし、高校1年生の時に京都へやってきた。なぜ、甲府から京都へ活躍の場を移したのか。この決断がなければ、今の自分はない。“王様”タイプのプレーヤーから、チームのために戦える選手に変貌を遂げたからこそ今の自分に辿り着いた。
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2023年シーズン、川粼は21歳の若さでキャプテンを任された。プロ2年目に出会った恩師・者貴裁監督から指名されたのは素直に嬉しかったし、自分のモチベーションにもなった。キャプテンを務めるのは京都U-18に所属していた高校3年生の時以来。元々、チームのまとめ役を担うことは嫌いではなかった。では、川粼はどのような幼少期を過ごしてきたのだろうか。
話は幼少期の頃まで遡る。5歳の頃にサッカーを始めた川粼は、小学校1年生から山梨県にあるフォルトゥナSCでプレーし、同クラブのOBで当時は甲府に籍を置いていた柏好文(現・広島)のようなドリブラーを目ざして日々ボールを蹴っていた。
さらなる成長を目ざすと、フォルトゥナでのプレーと並行し、甲府のスクールにも通い始める。そして、小学校4年生の時に大きな決断を下す。
「僕が小学校3年生の時に甲府のジュニアチームが立ち上がり、やっぱりプロに近い環境というのもあり、ヴァンフォーレのユニホームを着て試合に出たい。そういう憧れがあった」
甲府U-12でプレーするようになると、ドリブル主体だったスタイルに少しずつ変化が見られる。フィジカルの強さを生かした突破だけではなく、周りをうまく使いながら崩すパサーとしての楽しさを知った。その一方で、自分の現在地を知る契機にもなったという。
「フォルトゥナの時も県外のチームと対戦していましたが、やっぱりマリノスとかフロンターレといったJクラブの育成組織と試合をすることで、自分が井の中の蛙だったんだなと思い知らされた。衝撃がかなりありましたから」
レベルの高い相手と戦いながら揉まれた川粼は、順調に成長を遂げていく。昇格した甲府U-15でも主軸として活躍した。
