顧客維持の激しい競争のなかで、有料メンバーシップという新しいロイヤルティプログラムモデルが勢いを増している。

有料メンバーシッププログラムを取り入れる理由



顧客を維持するために、顧客にもっと支払わせるというのは直感に反するように思える。しかし、企業は、割引や製品、エクスペリエンスへの早期アクセスや限定アクセスを有料で提供することにより、購入客がもっと頻繁に関与して、そのブランドでのさらなる購入に意欲的であることに気づき始めている。有料メンバーシップは、プレミアムロイヤルティ、サブスクリプションロイヤルティ、有料ロイヤルティなどと呼ばれている。現在、有料会員プログラムの数は少ないが、急速に拡大している。今年は、水分補給飲料ブランド、リキッドIV(Liquid I.V.)が2月に有料メンバーシップをソフトローンチした。ヘアカラーブランド兼サロンチェーンのマディソン・リード(Madison Reed)は4月に段階的な有料会員プログラムを導入した。スイートグリーン(Sweetgreen)も4月に有料メンバーシップを開始。それ以前には、2022年4月にライフスタイルブランドのジェニー・ケイン(Jenni Kayne)が、年間150ドル(約2.2万円)で家具や装飾品の全購入が20%オフになるなどの特典付きの有料プログラムを立ち上げている。これは、2016年に始まったレストレーション・ハードウェア(Restoration Hardware)の会員限定価格プログラムをモデルにしたものだ。高級フェイクラッシュブランドのラッシュファイ(Lashify)は、2022年11月にメンバーシップX(Membership X)を導入したが、これは創業者兼CEOのサハラ・ロッティ氏によると収益の主要な推進力になっているという。

「この100年間、ロイヤルティプログラムは1ドル(約148円)費やせば1ポイント獲得できるというものだった。だが、それよりもずっと多くの機会がある」と述べているのは、ロイヤルティ管理ソフトウェア会社、アンタヴォ(Antavo)の共同創業者兼最高戦略責任者、ズザ・ケスマー氏だ。「ロイヤルティプログラムには獲得面と利用面がある。獲得面では、購入に対する特典以外にも友人の紹介に対する特典など多くの機会がある。そして、利用面の特典には、割引やクーポンはもちろん、体験的なリワードが含まれることもある」。

ラッシュファイの収益の20%を占める2プログラムの成果



社歴約6年のラッシュファイは、創業以来、毎月のサブスクリプション更新に似たラックスボックス(Luxe Box)を提供している。顧客は複数の製品をまとめて追加できて、その結果、大幅な割引を受け取ることができる。ラッシュファイのスターターキットの価格は145ドル(約2.1万円)、詰め替えの価格は20〜25ドル(約3000〜3700円)。しかし、ラッシュファイは2022年11月にラッシュボックスを基にして、年間会費100ドル(約1.5万円)のメンバーシップXを導入した。購入10ドル(約1480円)ごとに1ドル(約148円)のキャッシュバック、45ドル(約6700円)以上の購入で通常発送無料、購入に使える毎月5ドル(約740円)の「ラッシュキャッシュ(Lash Cash)」ボーナス、小売価格から15%割引、さらに割引価格になる訳あり製品のアウトレットショッピングへのアクセスなどの特典が提供されている。

ロッティ氏は、つけまつげは補充頻度が高い製品なので、ラッシュファイの有料メンバーシップは顧客にとって魅力的だろうと期待している。メンバーシップXには現在約1.6万人の会員がいる。ラッシュファイのメンバーシップXと15万人の会員を抱えるラックスボックスを合わせた2プログラムは同社の収益の20%を占めている。キスマー氏によると、顧客は有料のメリットを直接かつ頻繁に体験できるため、補充の多い製品は有料メンバーシップの成功の鍵になるという。

ロッティ氏は次のように述べている。「メンバーシップはロイヤルティとコミュニティを生み出す。これらはどのブランドも望むものだ。なぜなら、それらの人々がブランドを支えてくれるから。新規顧客の獲得だけに注力はできない。(メンバーシップからの収益は)マーケティングを行っているかどうかに関係なく、毎月獲得できる定期的な収益だ。そういう顧客がいて、エクスペリエンスが良い限り彼らは留まってくれる」。

キャッシュバック特典vsポイント特典



ロッティ氏は、キャッシュバック特典は特に魅力的な可能性だと考えている。それは、顧客体験をゲーム化して、キャッシュバック特典や月額5ドル(約740円)の追加特典を「見逃して失わない」ように客に買い続けることを奨励するからだ。これをポイントベースのシステムと比較してみよう。ポイントベースでは、客はもっと大きなリワードを得ようとしてポイントを貯め込む傾向がある。平均して、メンバーシップXの顧客は月に最大2回購入するが、メンバーシップXにもリュクスボックスにも加入していない顧客の購入は年に6回だ。ロイヤルティプログラムに関する2020年のマッキンゼーの調査では、有料ロイヤルティプログラムの会員は定期購読をした後にそのブランドにもっと多く支出する可能性が60%増加するのに対して、無料のロイヤルティプログラムではその可能性が30%しか増えないことが判明している。

他社がモデルにするエレホンのメンバーシップとは



特に注目すべきは、ラッシュファイとリキッドI.V.の両社のプログラムが、ロサンゼルス拠点の高級食料品店、エレホン(Erewhon)からインスピレーションを得ている点だろう。エレホンは、そのスムージーが文化的な関心の的になったことや美容業界との関与などもあり最近ではさらに注目されている。エレホンのメンバーシップは年間200ドル(約3万円)で、10ドル(約1480円)の支払いごとに1ドル(約148円)のキャッシュバック、毎月トニックドリンクが1杯無料、150ドル(約2.2万円)以上の注文で配達無料、ひとり分メンバーシップを共有できるなどの特典がある。インスピレーションとして挙げられているわけではないが、ブランドはアルタビューティ(Ulta Beauty)のアルタメイトリワーズ(Ultamate Rewards)とセフォラ(Sephora)のインサイダー(Insider)ロイヤルティプログラムのパワーを目の当たりにしているはずだ。そのため、高額支出の顧客を美容小売店ではなく、自社のD2Cチャネルで購入するように惹きつけることが、ブランドにとっていっそう魅力的なものになる可能性がある。アルタもセフォラも複数のブランドの購入で簡単にポイントを獲得できるようにしているが、ブランドはすでに頻繁に自社製品を購入している顧客に対して、ブランドから直接購入することの長期的なメリットを納得させることができるかもしれない。

「現在は収益性がますます重視されている」とキスマー氏。「マーケティングと顧客維持は、ブランド構築ではなく、ビジネスをさらに推進するための戦略だ。マーケターは、ブランド構築者というよりは、ビジネスの推進者と見なされている」。

リキッドI.V.のメンバーシップの詳細



リキッドI.V.は、2月にLIVメンバーシップ(LIV Membership)をソフトローンチし、5月には専用のクリエイティブアセットを備えた同プログラムを正式に展開した。このプログラムの会費は3カ月ごとに5ドル(約740円)で、現在の会員数は2.6万人。特典には、注文ごとに20%割引、プロモーションや新製品への早期アクセス、限定製品やエクスペリエンスへのアクセスなどがある。リキッドI.V.には既存のロイヤルティプログラムはなかったが、毎月または隔月で送られてくる製品に対して約23%の割引を受けることができる定期サブスクリプションも提供している。

5ドル(約740円)のLIVメンバーシップ会費が収益促進要因とみなされるのか、それともプログラム特典に対する会社のコストに対応する売上とみなされるのかについて、リキッドI.V.のeコマース・メディアディレクター、ブルック・カリソン氏は、まだプログラムが拡張前のテストというトライアルの段階のため、それはわからないと述べている。

「リキッドI.V.にはオムニチャネルで強力な存在感がある。なので、顧客がすぐに当社製品を買えるデジタルVIPエクスペリエンスを提供したいと考えた」とカリソン氏。「当社のコミュニティに即時にアクセスできる何かがあることが、顧客から共感された」。

カリソン氏は、このプログラムの会費が5ドル(約740円)であることの顧客と同社の両方にとってのメリットは、段階的なロイヤルティプログラムのように支出によってメリットが得られるのではなく、顧客がプログラムのすべての特典にすぐアクセスできることだと述べている。有料メンバーシップを選ぶことで、顧客はサブスクリプションの定期的な注文に束縛されるのではなく、ブランドの製品に柔軟に支出することもできる。初期の成果は有望だ。LIVの会員は、非会員に比べて、購入頻度が78%高く、長期的な価値は3倍であり、20%割引が適用されていても購入ごとに20%多く支出している。さらに、LIV会員の50%は、これまでリキッドI.V.が非アクティブ顧客として分類していた人たちだった。つまり、これは、プログラムがそのような顧客を再関与させたことを意味する。リキッドI.V.の非アクティブ顧客とは過去3カ月間購入していない人を指す。カリソン氏は、非アクティブ顧客が有料メンバーシップに飛びついた理由についてはわからないと述べている。

「この初期の成果により、プログラムをこれからどのように展開できるかについて胸を躍らせている」とカリソン氏は語っている。LIVメンバーシップにはソフトローンチ段階で40日間で1万人が登録しており、同社チームの目標を50日上回ったと付け加えた。まだ開始されていないメンバー向けの予定プログラム特典とは別に、将来の特典には、音楽フェスティバルなど水分補給が重要になるイベントでの新フレーバーのサンプリングやライブメンバーシップのアクティベーションが含まれる可能性があるという。

有料メンバーシッププログラムの増加と担当者の採用



今後数カ月や数年のうちに、さらに多くのブランドが有料メンバーシップを発表する可能性はかなり高い。世界の顧客ロイヤルティに関するアンタヴォの2023年のレポートによると、調査対象企業の83.7%が無料のロイヤルティプログラムを提供していると答えたのに対し、有料プログラムを提供していると答えた企業は8.1%だった。さらに2.6%の企業が有料プログラムの開始を計画しており、23.7%の企業には無料と有料の段階的なハイブリッドプログラムの計画があるという。

キスマー氏は、企業が顧客サービスではなく、マーケター管轄の顧客ロイヤルティ部門を開発しても驚きではないと語っている。また、同氏はロイヤルティプログラムを主導する人が経営幹部に昇格することが増えると予想しているが、これは2020年前には見られなかったことだ。その例には、無料のアルタメイトリワーズ・ロイヤルティプログラムを統括するアルタビューティのCMO、ミシェル・クロサン=マトス氏がいる。バス&ボディワークス(Bath & Body Works)は、4月、ロイヤルティを統括する新設の最高顧客責任者にマーケティングのベテラン、モーリス・クーパー氏を任命した。

「大企業はこのような変革を行っており、他企業もこれを目指して雇用を進めている」とキスマー氏は語っている。「カスタマーサービスとはすでに存在しているもののサービスを提供することだ。だが、マーケティングチームと事業開発部門は、ビジネス構築の機会としてロイヤリティプログラムを統括するだろう」。

[原文:Beauty & Wellness Briefing: Membership is the next era of loyalty programs]

EMMA SANDLER(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)