パナソニック ホールディングスは、高速電力線通信技術の「HD-PLC」のブランド名を、「Nessum(ネッサム)」に変更すると発表した。

Nessumは、同通信技術全体を指すほか、有線に対応する「Nessum WIRE」と、無線に対応した「Nessum AIR」で構成する。

「HD-PLC」のブランド名を、「Nessum(ネッサム)」に変更する。画像は「Nessum」ならびに、有線対応の「Nessum WIRE」と無線対応の「Nessum AIR」のロゴ

現在のHD-PLCは、電力線だけでなく、フラットケーブル、ツイストペアケーブル、同軸ケーブルといったメタル線を利用した高速のIP通信を実現したり、ケーブルの先端にループアンテナを搭載し、微弱電波による高速近距離無線の利用が可能になったりしている。

また、IEEE標準規格協会では、Any Media通信と呼ばれる次世代通信規格としてIEEE P1901cを策定しており、2023年8月には、パナソニックグループが開発したHD-PLCのコア技術であるWavelet OFDM方式が、ドラフト1.0として承認されるといった動きがある。

IEEE P1901c(Any Media通信)として国際規格化

パナソニックホールディングス 執行役員 グループCTOの小川立夫氏は、「HD-PLCは、High Definition Powerline Communicationの略称であり、映像通信技術としてのイメージが強いこと、電力線でしか使えないという誤解、制御装置であるProgrammable Logic Controllerの略称であるPLCとの混乱などがある。電力線通信という言葉と実態があっていないこと、お客様が混乱していることから、Any Media技術として承認されたこのタイミングで名称を変更することにした。Nessumとして、新たなステージに挑戦する」と説明した。

パナソニックホールディングス 執行役員 グループCTOの小川立夫氏

Nessumの名称には特別意味はなく、グローバルに浸透するように発音や耳障りに配慮。先進的にイメージを持たせたという。

○HD-PLC技術のこれまでとこれから

パナソニックグループでは、2006年に、家庭内での電力線を使い、部屋の間で、テレビやビデオの高画質の映像通信を、簡単に行うことができる通信技術として、HD-PLCを商用化した。

この技術により、PLCアダプタをコンセントに差し込み、PLCアダプタとPCをLANケーブルでつなげば、インターネット接続が利用できるという手軽さがあったが、家庭内には無線LANが一気に普及。通信速度に限界があるHD-PLCは普及しなかった。

家庭内の通信インフラから、B2Bの通信インフラへと進化している

その後、IEEEの国際標準規格として認定されたり、電波法の改正により、敷地内での屋外利用が可能になったり、マルチホップ機能の搭載により長距離での設置が可能になるといったことで、産業用途などで展開。船舶や地下、スタジアムといった閉鎖空間、トンネルや公園、工場、倉庫などの通信環境が整えにくい場所や、仮設の工事現場や建屋の周りといった屋外などでの通信環境の整備で活用されてきた。

様々な課題でネットワークが利用できなかった場所のスマート化を、容易に実現することを目指す

小川グループCTOは、「パナソニックグループは、無線、有線を問わずに様々な通信技術を活用し、商品やサービスを提供してきたが、社会の隅々までをネットワークでカバーするには、まだ課題がある。新たな配線を敷設するのが困難な既設ビル、無線が届きにくい地下施設やトンネル、水中や海中などは、ネットワーク化が困難であり、高コストになるという課題が残っている。パナソニックグループは、コストやセキュリティなどを理由として、様々な課題でネットワークが利用できなかった場所のスマート化を、容易に実現することを目指している」とし、「Nessumにより、スマートホーム、スマートビルディング、スマートエナジー、スマートインダスリー、スマートシティ&モビリティの5つの分野で、IoT社会のスキマを埋めていく。くらしと産業を豊かにする『画竜点睛』の通信規格として、他の通信規格と共存しながら、ネットワークを仕上げるために、なくなはならない技術として、コンセプトを再定義した」と位置づけた。

「画竜点睛」とは、物事を完成するために、最後に加える大切な仕上げのことを指している。

スマートホーム、スマートビルディング、スマートエナジー、スマートインダスリー、スマートシティ&モビリティの5つの分野で、IoT社会のスキマを埋める

Nessum WIREでは、無線が使えないトンネルでの通信、既設ビルでの新規配線コストを抑えたスマートビル化の実現、無線が禁止されている場所やセキュアな通信環境を実現したい場合に適しているという。

従来のHD-PLCが対応していた電力線をはじめとして、ビルや工場で敷設されている様々なメタル線を活用することで、IoT化やスマート化を支援する。また、有線による物理的な接続と、通信データの暗号化、30秒以内に最適な変調に見直す仕組みにより、高いセキュリティを実現している点も生かす考えだ。

パナソニックホールディングス 技術部門 事業開発室 IoTPLCプロジェクト総括担当の荒巻道昌氏は、「空調機器を例に取ると、リモコンと室内機、室外機の制御情報のやり取りの場合は数kbpsで十分であったが、機器固有の診断情報や各種センサー情報を頻繁に収集するようになると数Mbpsが必要になる。また、これらの情報を外部クラウドに送信するためには、インターネットプロトコルへの対応やセキュアな通信環境が求められる。Nessum WIREにより、こうした要求を一気に解決できる。エレベータや照明、監視カメラなどのスマート化においても、既存の配線をそのままに、IoT化できる」とした。

パナソニックホールディングス 技術部門 事業開発室 IoTPLCプロジェクト総括担当の荒巻道昌氏

またNessum WIREは、マルチホップ機能により数kmの通信が可能な「長距離対応」、無線通信が難しいトンネルや地下施設などの閉鎖空間での通信を実現する「遮蔽空間への対応」、電力線などの既設配線を活用することが可能な「省施工および低コスト」、RS485や低速PLC、HBSなどの通信規格においても、配線はそのままにMbpsでの高速通信を可能にする「既設の低速有線通信を高速化」、情報漏洩ややサイバー攻撃の危険性を軽減し、無線が禁止されている場所でも利用を可能とする「高セキュリティ」、断線リスクや故障率の低減、点検作業を軽減する「省線化」の6つが特徴だとする。

これにより、スマートビルやスマートメーター、スマート街路樹のほか、病院や工場の監視カメラ、業務用機器や太陽光発電装置、ガソリンスタンドや各種プラント、エレベータやロボットなどの幅広い用途で活用できるとしている。

たとえば、ビル内空調システムでは、HVAC管理システムを低コスト、省施工で実現し、ビルの維持管理費用の削減やCO2排出量の削減に貢献。個人宅向け太陽光発電パネルでは、家庭内エネルギー管理システムに接続。工場では配線の敷設距離が長い現場でも、製造設備のリモート制御、ソフトウェアの書き換え、作業手順のマニュアル表示などを可能にできる。また、ガソリンスタンドでは、地下にガソリンが貯蔵されているため、工事が難しいという課題があったが、Nessum WIREにより、既存配線を利用して、キャッシュレス化に対応した精算機と高速通信を行える環境を実現した例があるという。さらに、サイネージを搭載したスマート街路灯には、電力だけでなく、防災情報の発信できるようにしているという。

「Nessum WIREは、施工コストや通信距離、移設および増設において強みがある。イーサネットやWi-Fiとの組み合わせによって、最適なネットワークを構成することが、スマート化の鍵になる」と述べた。

「Nessum WIRE」と他の技術との比較

一方、Nessum AIRは、Nessum機器の端子にループアンテナを装着することで、無線通信を可能とするもので、近距離高速通信を実現する仕組みとなっている。

送信電力とアンテナサイズ、形状によって伝送距離を制御し、通信範囲を数cm〜100cmでコントロールできること、周波数効率の高いWavelet-OFDMの変復調技術により、通信速度の向上を実現し、最大速度は1Gbpsまで高めることができるという。

「機器が密集し、無線が混信しやすい環境で、正しい相手と確実に通信する場合に適している。電動スクーターの充電ステーションにおけるペアリングなどに適している」とした。

「Nessum AIR」と他の技術との比較

○具体的な活用事例、Nessum搭載の純水素型燃料電池も

Nessumの具体的な活用事例についても説明した。

パナソニックグループでは、滋賀県草津の草津工場において、RE100ソリューションへの取り組みを行っているが、これを実現する通信インフラ技術として、Nessumを活用。水素型燃料電池の機器の管理や制御を実現しているという。

「LANケーブルでは、100mごとにハブを設置する必要があったが、これが不要になり、安価なツイストペア線で接続。ネットワーク施工費を削減できたり、セキュアで信頼性の高い通信を実現できたりする。LANケーブルによる敷設に比べると、20〜50%のコストダウンが可能であり、さらに、これまでつながらなかった機器がつながることで、どこで、どのようにCO2が排出されているのかを見える化できる。Nessumは、中長期環境ビジョンであるPanasonic GREEN IMPACTを実現するための重要なツールになる」(パナソニックホールディングスの小川グループCTO)と述べた。

2024年には、Nessumを搭載した純水素型燃料電池をリリースする予定も明らかにした。

また、GE CICでは、スマートグリッド通信インフラにNessumを採用。欧州電力会社の系統制御において、高圧系統通信はLTEで行い、中圧系統以下をNessumで通信しているという。

さらに、実証実験として、海中IoT通信に取り組んでいることにも言及。海中4メートルの深さで1Mbpsの通信を実現するほか、マルチホップにより、10メートルの深さまで拡張することを目指しているという。これにより、水中ドローンなどを活用した海中システムを実現。海中資源の探索や養殖の管理、海上風力発電などの海洋設備の保全に貢献できるという。

なお、海中IoT通信の取り組みは、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)のBeyond 5G研究開発促進事業「研究開発課題名 海中・水中IoTにおける無線通信技術の研究開発」に採択され、これを通じて技術開発と実証実験を進めている。









すでに成果を上げているNessumの活用事例

会見では、EVのワイヤレス充電ステーションにおいて、Nessum WIREとNessum AIRを活用した事例をデモストレーションした。

充電ステーションとEVをNessum AIRで接続し、インターネットを介して、サーバーで認証し、充電許可を行い、EVにワイヤレス充電を開始。充電が終了すると、課金情報を伝送する。

EVのワイヤレス充電ステーションのデモストレーション

デモンストレーションの構成図

複数の充電ステーションを配置しようとした際のこれらの課題が、Nessumで解消するという

パナソニックホールディングス 技術部門 事業開発室 IoTPLCプロジェクト主幹の古賀久雄氏は、「一般的な無線を使用すると、混信が発生しやすく、EVが誤った充電スタンドと接続される可能性がある。また、庁舎場内に設置したすべての充電スタンドをLANケーブルで敷設すると施工コストが増大してしまう。Nessum AIRは、無線が届く範囲を限定できるため、正しい充電スタンドに接続でき、Nessum WIREでは既設の電力線を利用したり、通信線の利用したりすることにより柔軟な設計が可能になる」と述べた。

パナソニックホールディングス 技術部門 事業開発室 IoTPLCプロジェクト主幹の古賀久雄氏

パナソニックホールディングスの小川グループCTOは、「HD-PLC技術は、パナソニックグループの商品に自ら活用するとともに、半導体企業やモジュール企業にライセンス供与することで、広く活用されてきた。今後、Nessumとしてライセンス供与を続け、幅広い領域に提案し、さらなる普及を目指しグローバル展開を加速する」と語った。

HD-PLC搭載デバイスは、これまでに累計450万台の出荷実績があるが、電力線だけでなく、幅広い有線利用や無線利用のほか、水中などへの利用範囲の広がりにより、「10倍の市場規模が見込めるインパクトがある」(パナソニックホールディングスの荒巻氏)と期待を寄せた。