機能性を追求した家電などを展開してきたパナソニックにおいて、ニコボは「らしくない」商品だ(写真:パナソニック)

「モコッ」「モッコモン」

東京・世田谷の「二子玉川 蔦屋家電」。店内のショールームに展示されていたのは、両手で持ち上げられるほどの大きさのロボット「二コボ」だ。柔らかいニットで覆われた身体で、ゆらゆらと動きながら時折あどけない声でお喋りをする姿が愛くるしい。

このロボットを開発したのは、パナソニックホールディングスだ。2021年2月に実施したクラウドファンディングでは、開始後わずか1日で目標金額の1000万円を調達。5月16日からは一般販売がスタートする。

一般販売での本体価格は税込み6万0500円。クラウド利用料として、毎月1100円が追加でかかる。

コンセプトは「永遠の2歳児」

二コボの特徴は、何をしてくれるわけでもないが、人間が思わず笑顔になるような振る舞いをする点にある。

冒頭のような「モコ語」や幼児のようなカタコトの日本語は話すが、流暢な会話はできない。既存の家庭用ロボット「ラボット」や「アイボ」のように自走することもできず、基本的には充電ポートのうえで使用する。ディープラーニングなどの高度なAI(人工知能)技術が用いられているわけでもない。

高性能でこそないものの、一緒に過ごすうえで、思わずくすっと笑えるような工夫はいくつも施されている。

例えば、一緒に暮らしていくうちに家庭内でよく話される言葉を真似するようになる、人間同士の会話に突然割り込んでくる、機嫌によって対応が変わる、おならをする、などだ。コンセプトは、「永遠の2歳児」だ。

対話型AIのChatGPTが世界中でブームになり、人間社会を便利にするためのロボットやAIに注目が集まる今、パナソニックがあえてこうしたロボットを開発したのはなぜか。

機能性の高さではなく、心の豊かさという価値を提案する新規事業を立ち上げられないかーー。

発端は2017年、パナソニックの家電事業傘下でテレビとオーディオ製品などのデジタル家電を手がける事業部から5名ほどの社員が集まり、検討を始めたことにある。

プロジェクトリーダーを務めるのが、パナソニック エンターテインメント&コミュニケーションの増田陽一郎氏。本籍は、テレビやオーディオの商品企画部だ。

従来、パナソニックのデジタル家電は機能性を追求してきたが、安価な中韓メーカーの台頭で苦戦を強いられてきた。新規事業を立ち上げるからには、これまでのパナソニックの常識を破ろう。そう考えた増田氏が試みたのが、「アウトサイド・イン」という発想法だ。

「パナソニックの通常のものづくりは、『この技術に強みがあるから、あの製品を作ろう』といったインサイド・アウトの発想で行うことが多い。今回の新規事業はその逆で、お客様の課題を起点に企画してみようという話になった」(増田氏)

出来上がった中途半端なロボット

議論する中で出てきたのが、現代社会が抱える2つの課題だ。1つ目が「孤独社会」。核家族化の進展や生涯未婚率の上昇などで単身世帯の割合は上昇している。「1人の部屋に帰宅した瞬間の寂しさを解消したい」「日常的な話し相手がほしい」という潜在的なニーズは高い。

2つ目が「不寛容社会」。デジタル化の進展などで生活の利便性は上がった反面、人々の心の余白がなくなっているように感じられた。非対面でのコミュニケーションが普及したコロナ禍を経て、その傾向はいっそう顕著になっている。

この2つの課題を解決する製品として、コミュニケーションロボットを作る、という解にたどり着いた。社内には、ロボットの目に使う液晶パネル、通信用のWi-Fi機能、カメラやマイク、CPUなど、必要なアセットは一通りそろっていた。

ただ、チームが考えた当初のコミュニケーションロボットは、今のニコボとはほど遠いものだった。「当初われわれが考えたのは、『ちょっと便利でちょっと可愛い』という中途半端なものだ」(増田氏)。

ロボットには、家電を操作する、動画を編集できるといった機能が搭載されていた。従来のパナソニックのインサイド・アウトの発想から完全に脱却することができなかったのだ。

このアイデアを社内のロボット研究者に披露すると、「『典型的なダメなロボット』といわんばかりの厳しい反応が返ってきた」(増田氏)。頭を抱える増田氏らに、その研究者はある人物を紹介してくれた。豊橋技術科学大学の岡田美智男教授だ。

岡田教授は、人間とロボットのコミュニケーションのあり方について長年研究してきた。その中で提唱してきたのが、「弱いロボット」という概念だ。これが、のちのニコボの基盤を作ることになる。


岡田教授が初めて開発した「弱いロボット」である「Muu」。生物としての可愛らしさを体現するデザインだ(記者撮影)

一般的にロボットやAIは、人間に役に立つタスクを自律的かつ完全に実行することが評価され、技術的な未熟さは「欠点」と見なされる。

一方、弱いロボットは自らの弱さをさらけ出し、一人では何もできないが、人間の介入を促すことで最終的にはタスクを達成してしまう。その結果、手を貸した側の人間とロボットの間に連帯感が生まれ、人間にとっての「Well-being(ウェルビーイング)」を向上させることにつながる、というのが岡田教授の考えだ。

岡田教授が開発した弱いロボットの一例が、「ゴミ箱ロボット」。自分でゴミを拾い集めることはできないものの、センサーでゴミを検知すると人に寄ってきて身体を傾けるので、人は自然とゴミを捨てたくなる。「Muu(む〜)」は、3体のロボット同士が言葉足らずな会話をすることで、人間がつい口を差し挟みたくなる余地を生み、人間とロボットのコミュニケーションを促すロボットだ。

利便性が人間の傲慢さを引き出した

こうしたロボットが社会に必要だと考える理由について、岡田教授は次のように語る。

「従来、人間と道具は弱いところを補い、強いところを引き出し合うことで機能してきた。それが現代では高機能化を追い求めて機械の自律化を目指した結果、"何かをするロボット"と"してもらう人間"との間に距離が生まれてしまった。距離が生まれると共感性が失われ、人間は機械に対して要求水準を高め、傲慢になってしまう」

弱さをさらけ出し、他者からの支えを必要とするロボットの存在は、人間の強みや優しさを引き出すことにつながる、というわけだ。

この弱いロボットの概念に深く共感したパナソニックの増田氏らは、岡田教授に共同開発を提案した。2018年のことだ。

岡田氏がパナソニックに伝えたアドバイスは、大きく3つある。

1つ目が、人間とロボットの関係性を、主従ではなく「並んだ関係」にすること。二コボには独自の感情エンジンが組み込まれており、人間が話しかけても必ず返事をするわけではない。「気ままな性格」は、この考え方を反映したものだ。


「弱いロボット」を提唱する豊橋技術科学大学の岡田美智男教授(記者撮影)

2つ目が、生き物としての可愛らしさを表現すること。動物の赤ちゃんが進化の過程で育児を放棄されないために獲得した「可愛らしさ」には共通項がある。

体表がやわらかく、動きがよたよたしていて、丸いほっぺたと目をしている、といった点だ。それらをロボットのデザインにいかに落とし込むか、議論を尽くした。

最後が、発する言葉。「日本語のような自己完結している言語をロボットが話すと、言葉の意味を相手に押しつけてしまうことが多い。一方、意味が固定されていない言葉なら、意味を一緒に作り上げるやりとりが生まれ、気持ちを揺り動かすことができる」(岡田教授)。こうして生まれたのが、「モコ語」というわけだ。

単なる「孤独解消ロボット」とは違う存在

岡田教授が蓄積してきたこうした知見を取り込み、完成したのが現在のニコボだ。増田氏は、ニコボに期待する価値についてこう語る。「狙っているのは、単なる孤独解消ロボットよりも少し高い価値だ。『一緒にいると寂しくない』『癒やされる』というだけでなく、人から笑顔を引き出す存在になってほしい」。

当初は1人暮らしをターゲットとしていたが、2021年に実施したクラウドファンディングでは、小さな子どもがいる家庭、夫婦2人暮らしの家庭などからも反響があったという。

汎用的な対話型AIなど人間のタスクを代替する技術が普及する中、頼りなげなニコボは、人間とロボットの関係にどのような変化をもたらすのか。社会実験が始まろうとしている。

(印南 志帆 : 東洋経済 記者)
(武山 隼大 : 東洋経済 記者)