娯楽大作の『トップガン マーヴェリック』はアカデミー作品賞を獲れるか(C)写2022 Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved

アカデミー作品賞の候補が発表された。意外な人や作品がすべり込んだり、逆にそのせいで確実視されていた人や作品が逃したり、ということはいつものことながらあったものの、『トップガン マーヴェリック』は、従前予想どおり作品部門への候補入りを果たした。

それ以外の作品部門候補作は、『西部戦線異状なし』、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』、『イニシェリン島の精霊』、『エルヴィス』、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』、『フェイブルマンズ』、『TAR/ター』、『逆転のトライアングル』、『Women Talking』となった。

アカデミー賞は小粒な秀作を好みがちだが、今年は『アバター』、『トップガン』、そしてアメリカでは大ヒットした『エルヴィス』が入った。近年ますます視聴率低下に悩む映画芸術科学アカデミーにとって、一般人が知っている作品が3つも入ったのは、嬉しいところだろう。

アカデミー会員は多様化

だが、実際、それら商業的な作品の受賞確率はどうなのか。中でもとりわけ日本で熱烈なファンの多い『トップガン』の可能性を見てみたい。この点を考察するにあたってまず述べておくべきことは、ここ数年、投票団体である映画芸術科学アカデミーの会員数と会員構成が大きく変わったという事実だ。

2015年と2016年、2年連続で演技部門の候補者20人全員が白人だったことで大バッシングを受け、アカデミーは会員の多様化に向けて大胆な対策を講じた。その結果、当時6000人前後だった会員数は、今や1万人弱に。また、若い人、女性、有色人種、外国に居住する会員が大幅に増えた。

2020年、典型的なアカデミー好きのする映画である『1917 命をかけた伝令』を破り、韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』が作品賞に輝いたのは、まさに投票者層の変化を象徴する出来事だったといえる。

今年も作品賞候補の中にドイツ映画『西部戦線異状なし』と、スウェーデン他合作映画でカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作である『逆転のトライアングル』が入った(代わりに、有力視されていた『バビロン』、『ナイヴス・アウト/グラス・オニオン』などハリウッド映画が候補入りを逃した)。

それらの映画を愛する、世界各国の主要な映画祭を常に訪れる北米外の映画人の中には、トム・クルーズというハリウッドの顔とも言える大スターが主演する娯楽大作『トップガン』は、イメージだけで「テイストに合わない」と決めつけている人もいると思われる。そこは、大きなハードルだ。

次に、過去の統計から考えてみよう。良いニュースは、編集部門に入ったこと。一見地味な部門だが、編集部門は作品賞受賞を予測するうえでの大きなカギだ。1934年以来、編集部門に候補入りしなかった作品が作品部門を受賞したことは11回しかない。しかも、2014年の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』までは34年間連続ですべての作品部門受賞作は編集部門に候補入りしていた。

悪いニュースは、監督部門と演技部門に候補入りしなかったこと。監督部門に候補入りすることなく作品賞を獲ったのは、過去に片手で足りるだけしか例がない。演技部門に入らずして作品賞を獲得した例は、90年以上の歴史の中で両手をちょっと超える程度だ。

ただし、投票者の層が大きく変わる中で、これらの統計はあまり当てにならなくなってきている。たとえば昨年、『コーダ あいのうた』は、編集部門にも監督部門にも候補入りしなかったのに、作品賞をかっさらった。その大きな理由に、作品部門特有の投票方法がある。そこは、もしかしたら『トップガン』にとって強みになるのではと思われるのだ。

作品部門は選考方法が特殊

作品部門に関してのみ、投票者は、ひとつを選ぶのではなく、全作品に順位をつけて投票する。1位に入れてもらった票が最も少なかった作品を落とし、その作品を1位に入れた人の票は2位のものを1位に繰り上げてまた同じ作業をして、最終的にどれかひとつの作品が50%以上から1位に選ばれるようになったら、それが受賞作となる。

このやり方では、好き嫌いが極端に分かれる作品よりも、大部分の人から4番目くらいまでに入れてもらえる映画が強い。そして、それだけの人たちに好かれるのは、純粋に「良かった」「面白かったと思える、感情に訴えかける映画であることが多い。『パラサイト』、『コーダ』は、まさにそうだった。

『トップガン』も、見た人の中から「面白くなかった」という声は聞いたことがない。見た人はほぼ間違いなく「面白い」という。本投票に向けて『トップガン』のキャンペーンが一番やるべきことは、先入観があってまだ見ていない投票者に映画を見てもらうようにすることだろう。

全世界で14億ドルも稼いだのだから誰もが見ているはずだと思いがちだが、必ずしもそうではないのだ。また、これは『アバター』にも言えることだが、ぜひともビッグスクリーンで見るべき映画であるため、世界中に散らばっている投票者にできるだけ良い形で視聴体験を提供できるかも重要になってくる。

ところで、アワード関係者は、『トップガン』が作品賞を獲る可能性をどう見ているのか。そこはかなり意見が分かれるところで、「可能性は低い」という人も、「十分ありえる」という人もいる。先に述べたように、近年投票者層が変わり、従来の統計に頼れなくなってきたせいで、誰にとってももはや予想は難しいのだ。

そんな中でも、『トップガン』に獲らせるべきだという声は、業界から聞こえてくる。近年、配信に押され、映画館の存続が危ぶまれるようになってきた中で、『トップガン』は映画館で映画を見ることの魅力をあらためて人々に思い出させてくれた。この映画は、映画業界全体に対して、そんな貢献をしてくれたのだ。

エリート志向から脱皮できるか

また、映画は世界中の人々に愛された。毎年数多くの映画が作られても、老若男女、国境を越えてここまで人々を楽しませる映画が出てくることは、そうそうない。

『パラサイト』が外国語映画として初めて作品賞を受賞した時、「アカデミーはなかなかやるな」と人々は感心した。あの瞬間、作品賞はアメリカ映画に与えられるものという無意味な決めつけが破られたのだ。

今年は、「商業的」「アクション映画」という偏見が覆される事になるだろうか。もしそうなれば、アカデミーのエリート志向にうんざりしていた一般人からも、見直してもらえることだろう。近年、アカデミーは、国際的な映画人の団体と自らを位置づけるようになった。だが、彼らは、一般の映画ファンとも視点を共有するのか。作品賞の行方が、その答えをくれる。

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)