■「従業員の半数をクビ」などで社内は大混乱

Twitterの黒字化を急ぐイーロン・マスクCEOは、コスト削減のための大胆な「改革」を断行している。だが、着任早々に従業員のおよそ半数をレイオフするなど、後先を顧みない拙速な行動が目立つ。

写真=AFP/時事通信フォト
イーロン・マスク氏のTwitterアカウントが表示されたスマホ画面と、イーロン・マスク氏の写真(=2022年4月14日) - 写真=AFP/時事通信フォト

認証バッジの有償化やTwitterに好意的でないジャーナリストのアカウント凍結など、わずか2〜3カ月で数々のスキャンダルを生み出した。ついにはマスク氏自ら「CEOを退任すべきか」をユーザーに問い、過半数から「Yes」を突きつけられる珍事も起きた。

かつてIT界の寵児(ちょうじ)とたたえられたマスク氏の栄光は見る影もない。まるでマスク氏が「ワンマンショー」を演じ、ユーザーという観客の前で珍妙な策を繰り出すことで、強引に注目を集めようとしているかのようだ。

華々しいショーの一方で、舞台裏にあたるTwitter社は大混乱だ。ニューヨーク・タイムズ紙などの報道によると、本社では行き過ぎたコストカットが災いし、ついに社屋に備わっていたトイレットペーパーさえ尽きたという。

サンフランシスコ本社およびニューヨークの拠点では、これまでオフィスの基本的な維持活動を行っていた清掃チームとの契約を解除した。これによりオフィスフロアには悪臭が流れ込み、補充用のトイレットペーパーが尽きるという事態に発展している。

Twitterの従業員たちは、突如現れたマスク氏の指揮の下、悪臭に耐えながらの業務を強いられている。迷走するTwitterを象徴するかのような出来事だ。

■床にはテイクアウトの食べ残しが散乱

トイレ騒動は昨年末ごろから、Twitterの従業員たちが利用する業務コミュニケーションアプリのSlack(スラック)のチャンネル上で聞かれるようになっていた。その後、今年頭にかけて米メディアが取り上げたことで表面化した。

ニューヨーク・タイムズ紙は昨年12月30日、「Twitterから消えたものは? データセンター、清掃員、そしてトイレットペーパーだ」とする記事を掲載した。記事は、サンフランシスコ本社ではフロアの一部解約に伴い、6つあったフロアの従業員たちがいまでは2つのフロアに詰め込まれていると指摘する。

窮屈になったオフィスは、衛生状態の劣化も著しい。フロアの清掃サービスはほぼ完全に打ち切られ、床にはテイクアウトの食べ残しが散乱。トイレは目に見えて汚くなり、補充されないトイレットペーパーは尽きたと同紙は報じている。

記事を共同執筆したIT担当記者のマイク・アイザック氏が個人のTwitterを通じて明かしたところによると、取材に応じた元従業員のひとりは「あそこはひどい悪臭だ」と語ったという。

米フォーチュン誌も同様の報道を行っている。同誌は昨年12月31日、「イーロン・マスクが『狂ったようなコスト削減』を続けた結果、Twitterの従業員たちは職場に自分のトイレットペーパーを持ち込んでいる」と報じた。

サンフランシスコのTwitter本社(写真=osunpokeh/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■従業員たちはSlack上でトイレットペーパーを懇願している

サンフランシスコ本社に限らず、ニューヨークのオフィスも同様だ。

米インサイダー誌は1月6日、「悪臭漂うマスク:イーロン・マスクがオフィス施設のスタッフを削減したため、Twitter従業員たちはトイレットペーパーを懇願し、悪臭が漂うとSlack上で訴えている」と記事にしている。

匿名で取材に応じた複数の従業員たちは同誌に対し、「トイレットペーパーはオフィスのどこにも見当たらない」と述べ、著名IT企業に似つかわしくない現状を嘆いている。

同誌がSlack上で確認したメッセージによると、従業員たちは「トイレは清掃されておらず、詰まった便器がいくつかあり、悪臭が廊下や作業スペースにまで流れ込んで来ている」と苦境を訴えているという。

ある従業員は、基本的な衛生用品がないことは「ひどいの一言」だと述べ、社内の士気に悪影響が及んでいると指摘した。サンフランシスコ本社は新たな清掃チームと契約を交わしたとの情報もあるが、ニューヨークはいまだ放置状態だという。

■データセンターの閉鎖で世界的な通信障害が発生

コストカットのあおりを受け、社内のIT基盤も混沌(こんとん)へと向かっている。インサイダー誌は、技術サポートチームの「ほぼ全員」がマスク氏により解雇されるか自主的に退職しており、「社内向けITサポートチームが存在しない」状態に陥っていると報じている。

パソコンの充電ケーブルの故障から、社内システムにログインできなくなったという深刻な問題に至るまで、IT関係の不具合に対処できるスタッフがほぼいない状況だという。

ひとたび問題が発生すると、最悪の場合は一定期間業務の遂行が不可能となる。マスク氏による厳しい勤務評価にさらされている従業員たちは、焦りを募らせる。

影響は社内にとどまらず、エンドユーザー向けのサービスの質にも低下が見られるようになった。

昨年末、イギリス、カナダ、ドイツ、イタリア、インドなどで、投稿や閲覧ができなくなる大規模な障害が発生している。有力な技術メディアの米テッククランチによると、一部のユーザーの画面には、Twitterのサーバーの処理能力をオーバーしている旨のエラーメッセージが表示された。

記事によると、原因とみられるのが、マスク氏によるコストカットだ。障害の数日前、マスク氏は3つしかない主要データセンターのうち1つを閉鎖している。Twitter社の複数の技術者は、マスク氏のコストダウンがなければこの障害は回避あるいは軽減できていたはずだと指摘する。

ニューヨーク・タイムズ紙は当該のデータセンターが、「SMF1」と呼ばれるカリフォルニア州サクラメントの拠点であったと報じている。クリスマスイブの早朝、同拠点のサーバー群がTwitterのネットワークから切り離され、データセンターとしての機能を失った。

同社のインフラに詳しい3人の技術者らは同紙に対し、サクラメントの施設がまだ生きていたならばバックアップとして機能し、問題は緩和されていたはずだと説明している。

技術者らはまた、マスク氏の行動は「無謀」であり、今後もピーク時には処理能力を30%オーバーするおそれがあると指摘している。

マンハッタンにあるTwitterのオフィスの外壁のロゴ(写真=MainlyTwelve/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■Twitter買収を「エンタメ化」するイーロン・マスク

このようにTwitterの舞台裏では、大混乱が起きている。では表舞台は順調かというと、こちらも混沌の世界だ。マスク氏は珍奇な行動を繰り出し、悪い意味で世間の注目を浴びている。

昨年末には、自由な発言ができるプラットフォームの名声を、CEO自らが毀損(きそん)する結果を招いた。

マスク氏は昨年12月14日、自身のプライベートジェットの位置追跡問題に言及したジャーナリストらのアカウントを凍結した。米有力テックサイトのアーズ・テクニカなどが報じている。批判を受け、その後凍結を解除している。

米著名テックメディアのワイアードによると、マスク氏は買収宣言に先駆けて昨年3月、「Twitterが事実上の公共の広場として機能していることを考えると、言論の自由の原則を守らないことは民主主義を根本的に損なう。どうすべきだろうか?」とツイートしている。

この時点でマスク氏は、Twitterが担う「公共の広場」としての役割を認識していたことになる。だが、自らのプライバシー問題となるとアカウント閉鎖によって相手の発言を封じており、自身の信念と矛盾する行動を取っていることは明らかだ。

■「公共の広場」を作る気はあるのか

矛盾はまだある。好意的な報道を行わないジャーナリストに対しては厳しく対処する一方、これまで凍結措置を受けていた極右アカウントなどに関しては凍結解除を進めている。

凍結されていたアメリカのトランプ前大統領のアカウントに関しては、解除の是非を問うユーザー投票をTwitter上で実施した。結果に沿う形で、その後マスク氏は実際に凍結を解除している。

もしマスク氏がユーザー投票に常に忠実であるならば、それもまたひとつのネット上の「民主主義」と肯定することもできよう。しかし、自身の問題は例外だ。

マスク氏はCEOとしての自身の進退について、ユーザー投票を実施した。「Twitterトップを退任すべきだろうか?」と問い、「私はこの投票の結果を遵守する」と誓った。結果は57.5%対42.5%で、退任すべきと考えるユーザーが過半数を占めた。ロイターなどが報じている。

マスク氏はすぐに辞任せず、適切な後任が見つかれば座を明け渡すと述べお茶を濁している。あまつさえ、認証ユーザーのみに投票権を与える必要があると主張し、投票のやり直しをほのめかす始末だ。

プライベートジェット問題にせよCEOの進退にせよ、自身の問題となるとTwitterのポリシーを容易に翻すご都合主義が目立つ。

■従業員、ユーザーはマスク氏に振り回されている

マスク氏がTwitterの舞台上で繰り広げるユーザー投票は、一見民主的のようでいて実態はそうではない。氏に不利な結果が出れば、民意はいとも簡単に覆される。

奇策とも言える数々の「改革」と同様、実際は世間の耳目を集めるための手段でしかないのだろう。「劇場型経営」とでも言うべきか、スペースXやテスラの経営を通じて時の人となってきたマスク氏は、世の中の関心を集める方法を熟知している。

その一方、社内では多くのユーザーが知らないところで、従業員たちがトイレットペーパーもないオフィスで働かされるという憂き目に遭っている。

アメリカのIT業界では、いまもリモートワークが広く行われている。その潮流に反して出社を強制しておきながら、いざ従業員がオフィスに向かってみれば、そこにはトイレットペーパーもIT担当もいないお粗末な労働環境が待ち受ける。

マスク氏の着任以降、信頼性を失ったTwitterからは、広告主らも引き揚げ始めた。ユーザーとしては、かつて皆に愛された「公共の広場」の存続を願うばかりだ。

しかし、その未来は決して平穏ではなさそうだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)