ドイツが供与を決めたマルダー歩兵戦闘車(写真:Picture Alliance/アフロ)

ウクライナ紛争が長期化する中、フランスが軽戦車を供与すると発表したのに続き、ドイツも地上戦に有効な自国製の歩兵戦闘車の供与を表明した。ウクライナは紛争開始当初から戦車などの強力兵器の供与を求めていたが、西側諸国、とくにドイツはためらってきた。

今回の方針転換は紛争に一歩足を踏み入れたことになるが、欧州の安全保障にとって、過去にないレベルのドイツの指導力が問われるところだ。

フランスのマクロン大統領は1月4日、自国製の軽戦車(AMX-10RC)の供与をウクライナのゼレンスキー大統領に伝えた。提供される時期や台数は今後、明らかにされる。

翌5日、ドイツのショルツ首相は、アメリカのバイデン大統領との電話会談後、アメリカとドイツの双方がそれぞれ歩兵戦闘車を供給する意向を確認した。さらに地対空ミサイルシステム「パトリオット」を訓練プログラムとともに提供する。

強力な兵器の提供には消極的だったドイツ

西側諸国は10カ月以上もの間、ウクライナから戦車などの供給を求められながら控えてきたために、今回の決定は前例のない軍事支援の段階に入ったことを意味する。とくに強力な兵器の提供に消極的だったドイツの決断は注目されている。決定の理由は今後春にかけてロシアの攻撃激化が予想され、ウクライナの防衛能力強化が急がれるからと見られ、ウクライナは今回の供与を「偉大な勝利」と述べた。

ショルツ首相は従来、戦車であろうと他の重火器供与であろうと、ドイツ単独で支援しないことを表明していた。理由は第2次世界大戦でウクライナを挟んで歴史上最大規模の犠牲者を出した独ソ戦争の過去があり、ロシアを過度に刺激し戦争に巻き込まれる懸念があったからだ。

だが、フランスが軽戦車の供与を決定したことで、ドイツも「供与しない理由がなくなった」とドイツ公共TVのZDFは指摘した。マクロン氏の決断で「タブーが破られた」ともドイツの専門家は指摘した。

ドイツはこれまでも間接的ではあるが、ウクライナがスロバキア、チェコ共和国、スロベニア、ギリシャから旧ソ連の戦車を受け取り、その後、より近代的なドイツの装備を受け取る取引には参加していた。ソ連製戦車は訓練の必要がないうえに、ドイツ製の戦車や歩兵戦闘車を提供することによって、ロシアをいら立たせることも避けられたからだった。

ウクライナは紛争開始当初から、戦車や空からの攻撃に対処するため防空圏を守る戦闘機の供与や軍艦の供与を今も期待しており、軽戦車や歩兵戦闘車の供与は第1段階にすぎない。

今年1月、アメリカが表明した約30億ドルの支援パッケージには、50台のブラッドレー戦闘車両だけでなく、自走榴弾砲、地雷耐性車両、GMLRS精密ロケットも含まれることが予想される。

一方、ドイツはマルダー歩兵戦闘車約40台とパトリオット対空ミサイルシステムを供与。8週間のウクライナ兵の訓練期間を経て、3月末にはウクライナに配備される予定だ。タイヤ仕様の全地形型のフランス製AMX-10RCの供与で機動性、生存性、スピード性を備えた3種類の装甲戦闘車両が配備されることになり、ウクライナの防衛能力は飛躍的に高まることが予想される。

ドイツのマルダー歩兵戦闘車は、1970年代からドイツ軍で使用されており、改良が繰り返され、最新のモデルでは兵士が夜間赤外線カメラで車両を動かせる。大砲の射程は、1500mの範囲でヘリコプターや戦車を攻撃できる。ドイツ軍は老朽化した在庫を現在、プーマ歩兵戦闘車に置き換えているが、マルダーは約370台保有している。

対ロシア外交を大きく方向転換

ドイツ軍は防衛予算を長年抑えてきたことから、保有する兵器の老朽化が深刻で、ウクライナに供与することで自国防衛の装備の不足も懸念されている。だが、ドイツ議会は今回、ウクライナへの歩兵戦闘車の供与をほぼ満場一致で支持した。ドイツ連邦議会の防衛委員会のツィンマーマン委員長は「非常に遅いが、遅すぎるわけではない」と述べた。ベアボック外相も「ウクライナ政府への支援が弱まることは、ロシアのプーチン大統領に対して侵攻の継続を促すことにつながる」と関係国の支援を呼びかけた。

ドイツは東西冷戦期の1970年代、旧ソ連邦との宥和策として「東方外交」を展開し、ドイツ系住民が多く住むソ連との急速な経済接近を行い、天然ガスの購入などで関係を築いてきた。

その関係はメルケル前政権にも受け継がれたが、ロシアのウクライナ侵攻以降、天然ガスがプーチン氏の兵器のように使われ、東方外交は完全に挫折し、昨年は戦後最大の対ロシア外交の方向転換を迫られた年になった。

ドイツのキール世界経済研究所によると、昨年11月時点での対ウクライナ支援総額では、北大西洋条約機構(NATO)加盟国内ではアメリカが抜きん出ており、続くイギリスが他の欧州諸国に比べ圧倒的だ。ドイツは3位だが、武器支援だけみると、ドイツはアメリカに次ぐ2位でイギリス3位、ポーランド4位の順だ。一方、国内総生産(GDP)比ではラトビアなどバルト三国、旧東欧、北欧に次ぐ0.14%でドイツは10位だ。

ドイツのウクライナ支援拡大を妨げているのは、政治的配慮の影響が大きい。巨額の軍事支援をするウクライナの隣国ポーランドや東欧周辺国から見れば、中・東欧内で最も支援が期待される欧州最大の経済大国ドイツの消極的姿勢に不快感は高まる一方だ。

EU加盟をめざすウクライナにとって、軍事兵器と軍事に関わる財政支援で、ドイツの支援総額23億ユーロに比べ、イギリスは41億ユーロとはるかに上回っているのも欧州内の温度差を感じさせる。

欧州の軍事専門家らは「軍事支援のエスカレーション(段階的な拡大)への恐怖は、ドイツの政策検討の支配的要因」であり、ロシアを自国の安全保障上の差し迫った脅威と認識していないと指摘した。その危機感はウクライナの隣国ポーランドやフィンランド、バルト三国、チェコ、スロバキアからはかけ離れている。

ドイツ国内で割れる意見

外圧で今回、エスカレーションの1歩を踏み出したドイツだが、国内ではベアボック外相率いる緑の党とリンドナー財務相率いる自由民主党が支持する一方、ショルツ首相の出身政党で連立与党最大の社民党は消極的だ。国内世論も割れている。

さらにヨーロッパ内での危機感の隔たりも大きく、各国間の温度差は今後、問題になりそうだ。そこで、対ロシア外交でアメリカを除くNATO加盟国の中で、ヨーロッパの安全保障に指導力を発揮する国はあるのかという疑問が浮上している。

ドイツが歩兵戦闘車を供与する決断を下したことは、これまで欧州の安全保障に対する指導的役割を担ってこなかったドイツの立場を変える可能性がある。他の西側大国の様子を見ながら意思決定をするドイツ外交のスタイルの転換圧力にさらされている。

日本は安全保障で指導力を発揮できるか

日本はドイツと同じ敗戦国として、第2次世界大戦後、連合国側によって封じ込められ東西冷戦期を過ごした。ドイツが日本と異なる点の1つは、周辺国は同じキリスト教文化を共有する国々で、冷戦後は自由と民主主義、法による支配の価値観を共有し、2004年から2007年にかけて旧中・東欧12カ国がEUに加盟し、同じEU法の下で統治されていることだ。

ひるがえって日本と価値観を共有するのは、アメリカ以外では韓国と台湾だが、韓国は安全保障面で日本と足並みがそろっているとは言い切れず、台湾は中国の侵攻の脅威にさらされている。ドイツとの違いは大きく、安全保障面ではアメリカ以外に日本は頼れる国はない。

ただ、ドイツ同様、国としての独立性や主体性が期待される状況に変わりない。ウクライナ紛争で世界の枠組みが大幅に変更される中、日本は中国や北朝鮮の脅威への対処、アジア太平洋地域の安全保障でも指導力が期待されている状況にあり、敗戦のしがらみから一気に脱する年になることを西側諸国は期待している。

(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))