「生まれ変わったら、何になりたいか」という問いに、あなたならどう答えるか。在米邦人向けメディア「ニューヨークBIZ」の高橋克明さんは「かつて北野武さんに『生まれ変わったら何になりたいですか』と聞いたことがある。ふたりだけの楽屋で教えてくれたその答えは、私の人生の支えになっている」という――。

※本稿は、高橋克明『NYに挑んだ1000人が教えてくれた8つの成功法則』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

写真=時事通信フォト
国立科学博物館で行われた「特別展ミイラ 『永遠の命』を求めて」の内覧会に出席した、スペシャルサポーターを務めるビートたけしさん=2019年11月1日、東京都 - 写真=時事通信フォト

■誰よりも優しくシャイだった北野武

かつてインタビューした中で、たったひとりだけ取材中に「これ、現実?」と1対1でしゃべっていることが信じられなくなった人がいる。当時で30年以上憧れ続けたお笑い芸人であり映画監督でもある北野武さんだ。

2014年12月、『ビートたけしのTVタックル』、2本撮りの1本目と2本目の収録の合間に楽屋でお時間をいただいた。1本目の収録中、タレントクロークで待たされていると、テレビ局は芸能人だらけ。瀬戸内海の田舎で育った僕は、ついキョロキョロ「あ、あの人だ」「あの人もいる!」と目で追っていた。

そこに武さん登場。ほかの芸能人の方々とはまったく違うオーラを身に纏い、あの独特の歩き方で来た。

少し怖いイメージを持っていたが、話すと誰よりもやさしく、そしてシャイな方だった。各国の映画祭での話、アメリカで映画を撮った時の話、今手掛けている新作の話、そしてあの同時多発テロの話などをしてくれた。

■北野武がオフレコの立ち話で語った「もしも」の話

ふたりきりの楽屋で武さんにインタビューした45分間は、生涯忘れられない時間となった。

取材が終わり、レコーダーを切ってツーショット写真を撮ってもらった際のこと。

そのまま武さんは結構な時間、立ち話をしてくれた。

大きく分けて3つの話。「何かに挑戦する際の話」「品というものの本質の話」そして、「生まれ変わったらの話」。立ったまま横に並んで、時折、冗談で笑わせてくれながらの“雑談”は、それだけで1冊本が書けるほどの珠玉の話だった。

レコーダーをすでに切ってしまったことを後悔したものの、今思い返すとオフレコだからこそ、してくれた話なのかもしれないなとも思う。

僕はその日以降、人生が窮地に陥ったり、何かにつまずいた際、武さんがしてくれた3つ目の「生まれ変わったらの話」を思い出すようにしている。

それは、俗っぽくて、なんというか「ま、そりゃそうだよな」と苦笑いをして、で、とりあえずまた頑張るしかねえなと思える話だった。

■「もし生まれ変わったら……野球選手かなぁ」

もし、生まれ変わってもまた映画監督をやりたいですか。そう聞いた際、武さんが天井を向きながら、「野球選手かなぁ……」と答えてくれた。

「おいらの時代はやっぱり(憧れは)長嶋(茂雄)さんだよね。なので、ジャイアンツの選手になりたかったって(その質問には)答えるんじゃないかな。で、もし神様が自由に選ばせてくれるんならやっぱり巨人の4番(バッター)で、1年目から三冠王獲っちゃうの(笑)。

写真=iStock.com/Kameleon007
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kameleon007

“驚異の新人”“長嶋の再来”って感じで騒がれちゃってさ。で、1年目からずーっと打率、打点、ホームランで1位獲って、デビューから3年連続くらいでMVP(最優秀選手)を獲るようにしてもらう。……でもさ、結局、それだけ打っちゃうと飽きられちゃうんだよね。観客にも、多分、自分自身にも。ずーっと打ち続けるとアイツつまんねえなって。だから、4年目くらいから、わざとスランプにしてもらうの(笑)。神様に。ドラマチックな演出で全然ダメな年も入れちゃうわけ。でさ、世間に『あいつはもう終わったな』って思われたその翌年くらいから、また復活しちゃう。で、またMVPを獲る活躍をして世間を飽きさせないようにする」

バッティングのジェスチャーを交えながら、武さんは嬉しそうに自身の「もうひとつの人生」を語ってくれた。

■「良いときも悪いときも、シッカリ今日1日を生きてやんなきゃな」

そして一通り話してくれた後、さっきより声のトーンを落として静かにこう話し出した。

「でもさ。それって、結局、普通の選手だよね。調子のいい時もあって調子の悪い時もある。それ、至って普通じゃねえかって(笑)。

神様にお願い事を聞いてもらったところで、ドラマチックな演出が必要になるなら、それ普段と同じだろうって。お願いしてない状態と変わんないよね(笑)」

いつもの「しょうがねえなぁ」という時の、大人の男の顔をして、こう締め括った。「結局さ、調子いい時も悪い時も、神頼みする前にシッカリ今日1日を生きてやんなきゃなってことだね」

理想の人生とは何だろう。こうしたい、こうなりたい。それが叶ったとして、100%の満足でも、わがままな人間はきっと飽きがくる。

であれば、神様に山あり谷ありの演出を望むかもしれない。最後はハッピーエンドを望むなら、結局、過去を悔やむより、未来を憂うより、今だけを必死に生きるしかない。

僕は苦しい時、武さんに聞いたこの話を思い出し「ま、とりあえず今日を生きてやんなきゃな」と自嘲気味に笑えるようになった。

彼が乗り移ったように「しょうがねえなぁー」と。

■その後の人生の支えになった「あるのは『今』だけ」という考え

人生には「過去」も「未来」もない。あるのは「今」だけだ。結局、その日がよくても悪くても、今日という日を目一杯生きるしかない。それ以外方法はない。

高橋克明『NYに挑んだ1000人が教えてくれた8つの成功法則』(KADOKAWA)

最後、ご挨拶して退席する際、武さんがツツツとこちらに来てくれて、「また、ニューヨーク行った時は時間とってよ」と笑ってくれた。

幼少の頃からの憧れの人の社交辞令に、僕は「地球の裏で、武さんが来られる日までずっと待ち続けていますからっ!」と、マネージャーさんがのけぞるくらいの大声で叫んだ。あのシャイな感じで「まいったな」と背中越しに右手を上げてくれた。

帰り道、1時間前にキョロキョロしていたタレントクロークには、さらに多くの芸能人が増えていたけれど、一切目で追うことはなかった。

この取材以来、相手がハリウッドスターであれ、メジャーリーガーであれ、一切、緊張しなくなった。だって、あの武さんとふたりきりの部屋でインタビューさせてもらえたのだから。

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高橋 克明(たかはし・かつあき)
「ニューヨークビズ」代表
1973年生まれ。岡山県出身。在米邦人向けメディア「ニューヨークBIZ」のインタビュアーとして、アメリカ合衆国大統領、メジャーリーガー、ハリウッドスターなど多くの著名人にインタビュー。著書に『NYに挑んだ1000人が教えてくれた8つの成功法則』(KADOKAWA)、『武器は走りながら拾え!』(ブックマン社)。
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(「ニューヨークビズ」代表 高橋 克明)