香川の交通は全て「うどん店」に通ず!? ブームの裏に切実な課題 象徴「うどんタクシー」で巡る
「うどん県」こと香川では、さまざまなうどん店の情報に精通し、クルマで行きづらい店にも案内してくれる「うどんタクシー」が運行されています。実際に乗ってみると、この地の交通がいかに“うどん”中心になっているかが垣間見えます。
「えっ!」思わず二度見の「うどんタクシー」
「うどん県」の愛称で知られる香川県は、そば・うどん店の店舗数はもちろん全国1位。かつ2位の埼玉県をダブルスコアで引き離すほど“うどん屋さん密集地帯“でもあります。
名物「さぬきうどん」のために県外から訪れる人も多く、もはやその存在は観光資源とも言えます。その中で、琴平バス(以下:コトバス)が運行している「うどんタクシー」は、JR高松駅や高松空港などで利用者を出迎え、リクエストに応じてうどん店や、観光地を巡ってくれます。
「うどんタクシー」の行燈はマグネットによる着脱式になっている。(宮武和多哉撮影)。
タクシーの屋根の上には、うどんをかたどった幅30cmほどの巨大な“行燈”がどっかりと鎮座し、対向車のドライバーが「えっ!」と見返したり慌てて写真を撮ったりするほどに目立ちます。JR高松駅や高松空港などの待ち合わせ場所でも、まずわかるほどに一目瞭然。
何度もリピートで利用する人もいるという「うどんタクシー」で楽しめるのは、うどんを食べることだけではありません。コトバス広報の友成 純さんの運転と案内で、さっそく乗車してみましょう。
「うどんタクシー」名物広報の“純ちゃん”とともに巡ってみた!
友成さんによると、「うどんタクシー」のドライバーになるには、運転技術はもちろんのこと、うどんの歴史・知識に関するペーパーテスト、うどん打ち試験などの厳しい条件をクリアする必要があるのだとか。たとえば麺の“かたいめ”“やわいめ“や、セルフ店、地元使いの店をめぐって欲しいといった、利用者からの様々なリクエストにも対応します。
この取材日に巡った高松市の「手打ち麺や大島」では、最近徐々に増えつつある「いりこオイル」などのトッピングを楽しめました。また友成さんオススメの「讃州めんめ」では、名物の「きのこうどん」「はも天ぷら」だけでなく、窓から一面に広がる瀬戸内海や屋島・八栗山の眺めも絶景でした。「うどん巡礼」とも呼ばれるお店巡りの楽しみは、「うどんを食べ歩く」だけではなく、知られざるお店を探検する要素があることも、気づかせてくれます。
「うどんタクシー」楽しみ方は“食べ歩き”だけじゃない!
県内では個人営業のうどん店や製麺所も多く、中には営業が不定期だったり、駐車場や周辺道路が心もとなかったりすることもあります。この取材日に訪問した「橋本製麺所」のように、丼とお箸の持参が必要な場合も。普段から地元のうどん店を食べ歩いている「うどんタクシー」ドライバーの方は、各店の事情や混み具合も熟知しているため、訪問もスムーズです。
友成さんによると、「あの有名店に連れて行ってほしい」というリクエストと、「オススメのお店はありますか?」という方は、だいたい半々なのだとか。もちろん、どちらにも対応が可能です。
なお、「うどんタクシー」を運営するコトバスが旗振り役となって、現在では「白河ラーメンタクシー」(福島県)、「弘前アップルパイタクシー」(青森県)など、様々なご当地タクシーが全国に誕生しています。
ナビが完璧なレンタカー、有名店行きの観光バス…香川県の交通はうどんの為に?
香川県では、業務用の製麺所がそのまま営業している店も多い。写真の「橋本製麺所」は丼を持ち込んでうどん玉をもらうスタイル(宮武和多哉撮影)。
「うどん巡礼」とも言われるお店巡りのために、香川県内では「うどんタクシー」以外にも「うどん巡礼バス」や、「うどんレンタカー」(有名店の地図がナビにインプットされている)など、様々なサービスがあります。また、カーシェアでナビの履歴を見ると、ほぼうどん屋さんの住所ばかりだった、などということも。
平成初期から起きた「さぬきうどんブーム」は香川県に様々な経済効果をもたらしましたが、訪問があまりにも集中し、手放しでは喜べない事態もありました。その中で、「うどんタクシー」をはじめとしたサービスが充実していったのです。
うどんブームとともに充実した香川県の「二次交通」
香川県内のうどん店の営業形態は「ネギは表の畑から取って自分で切る」「野菜を『これ揚げていた』(方言で『これを揚げてください』の意)と渡したら適当に天ぷらにしてくれる」など、製麺所の併設店を中心として多様性に溢れていました。
そうした各店の特徴は近所では当たり前と思われていても、隣町ですら知られていない場合も。高松市内では昭和50年代頃まで、専業のうどん店は駅前などに限られ、外で食べるには「製麺所の卸し先である食堂や喫茶店に行く」ことが基本でしたが、そういった店がない地域では「製麺所の軒先でちょっと食べさせてもらう(丼持ち込みの場合も)」ケースが多く見られるなど、多様なまま営業を続けていました。
しかし1988(昭和63)年に「タウン情報かがわ」で連載を開始した「ゲリラうどん通ごっこ」で、どう見ても観光地仕様でないこれらのお店巡りは、究極の体験型観光として一躍脚光を浴び始めます。当時は黎明期であったインターネットを介して口コミが急増し、各店は東京から新幹線代を払ってでも120円のうどんを何軒も回るような人々で一杯に。こうした急激なブームの過程は2006年公開の映画「UDON」(本広克行監督)にも描かれています。
うどんタクシーを運転する友成さん。店ごとの注文方法や評判のメニュー、人気の食べ方など、いろいろと教えてくれる(宮武和多哉撮影)。
ただ、多くのうどん店・製麺所の営業は元より近所の限られた人に向けたもので、突然有名店となった店舗の周りには、駐車できなかった車両が何十台と列を作るなどの事態が続出することに。この問題をクリアできず、繁盛店のまま閉店を余儀なくされたケースもあります。
しかし、香川県の路線バス網はこの時点でほぼ崩壊しきった状態で、“うどん巡礼”にクルマはまず必要なもの。また当時は瀬戸大橋の通行料金が現在よりもはるかに高かったこともあり、現地で乗り換えるレンタカーの整備が進み、さらにはハンドルを握らずうどん店を巡れる「うどんタクシー」や観光バスが必要とされてきたのです。ご当地グルメブームが、既存の交通機関に接続する「二次交通」の整備を強力に後押ししたという稀有な例とも言えるでしょう。
なおその後、香川県では画家の東山魁夷氏や彫刻家イサム・ノグチ氏といった芸術家との縁が深かったこともあり、「さぬきうどん」に次ぐ施策としてアートに力を入れることに。現在では「瀬戸内国際芸術祭」として、立派に実を結んでいます。