「空飛ぶ軍用ガソリンスタンド」乗ったら機内食でた! ビジネスシートも!? そこまで快適にする理由
航空自衛隊のKC-767をはじめ、旅客機ベースの空中給油機が増えています。とくに人員輸送にも使われる想定の機体は快適性も民間機と変わらないそう。オーストラリア空軍のKC-30Aに搭乗して、乗り心地を確かめてきました。
軍用機と思えない「空飛ぶガソリンスタンド」の乗り心地
ほかの航空機に空の上で燃料補給を行う空中給油機。この機種は、いまや現代戦においては航空機の航続距離や飛行時間を延ばすための手段として定番の装備となりつつあります。
今回、筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)は取材でオーストラリア空軍のKC-30A MRTT(空中給油・輸送機)に搭乗しました。その時の体験を元に、「任務は軍事、環境は民間機」という軍民が入り混じった空中給油機の機内環境について紹介していきましょう。
オーストラリア北部のダーウィン基地に駐機する同国空軍のKC-30A MRTT(布留川 司撮影)。
そもそも、空中給油機は「空飛ぶガソリンスタンド」という異名からもわかる通り、機体にはガソリンスタンドで例えると給油ホースにあたるフライングブーム(棒状の器機で燃料をもらう側の機体に差し込む方式)やドローグ(燃料をもらう側の機体がプローブという機器を差し込む方式)といった補給装置があり、機内にはより多くの燃料を搭載するためのタンクといった特別な装備品が搭載されています。しかし、空中給油機の多くは民間の旅客機をベースに改造されたものであり、外見もカラーリングを除けばそれほど大きな違いはありません。
また、機種によっては内部も近似しています。現在の空中給油機は燃料補給任務だけでなく輸送機として使われることも多いため、人員輸送に対応できるよう旅客機のような座席が用意されているものが多いです。実際、今回取材したオーストラリア空軍のKC-30A MRTTは旅客機とほぼ同じ機内構造で、270名分の座席が設けられていました。
KC-30では機体下部後方にフライングブーム、主翼外側にポッド式のドローグが装備されており、それらを操作するオペレーター席はコックピット内部に設けられています。よって、乗客として乗った場合は旅客機とほぼ同じ客室しか目にすることはなく、ゆえに筆者自身、軍用機に乗っていることを一瞬、忘れてしまうほどでした。
座席もVIP用とエコノミーの2種類を完備
座席は前方の30席が民間でいうビジネスクラス相当のシートピッチの広い座席になっており、VIPや上級将校用となっています。なお、残りの240席はエコノミークラスの座席となります。
シートのリクライニング機能や座り心地は旅客機と同じで、離着陸時とクルーの指示があった場合はシートベルトの装着も必須です。なお、民間機であればシート前方に装備されているような、映画やフライト情報などが表示できるディスプレイ端末はありません。
しかし、折り畳み式のテーブルやシートポケットはあり、座席の上には荷物入れも用意されています。KC-30Aに乗客として搭乗した場合、機内の利用法や環境は、旅客機と大きく変わりませんでした。
KC-30A MRTTのクルーに入れてもらったコーヒー(インスタント)。こぼれないように蓋付きのカップに入れられている(布留川 司撮影)。
客室内には3か所にギャレー(厨房設備)とトイレが備え付けられており、これも通常の旅客機と同じものが使われています。そのため、飛行中のトイレ利用だけでなく、飲み物や食事の提供も可能です。筆者が搭乗した際も離陸後すぐにドリンクサービスがあり、コーヒー、紅茶、水、ジュースの中から選ぶことができました。
筆者はこの時コーヒーをお願いしましたが、ギャレーを覗くと乗員がインスタントコーヒーの粉をカップに入れていました。「今回は人数が少ないので、インスタントコーヒーですみません(笑)」と担当の乗員(オーストラリア軍人)が笑いながら対応してくれました。
インスタントコーヒーを飲んだ後に、トイレを利用してみると、そこにあったのは完全に民間旅客機と同じ設備でした。軍用輸送機などでは、トイレとは名ばかりの仕切りと便座しかない簡易的なものが多いなか、KC-30Aの場合は快適でプライバシーも守られたトイレが利用できます。
民間機と同じクオリティの機内食提供もOK
飛行は3時間ほどでしたが、途中に昼食時間を挟んだため、簡易的な機内食も提供されました。メニューはパックに入れられたサンドイッチに、クラッカーが2種類とデザートのフルーツ(筆者の場合はみかん)、パック入りのジュースです。驚いたのはサンドイッチのラベルに、機体が配備されているオーストラリア空軍のティンダル空軍基地の名前と、軍用と思われるシリアルナンバーが記載されていたことでした。
クルーに聞くと、機内で提供される食事は、すべて基地内の軍の厨房で作られており、調理からパッケージングまで厳しく管理されているそうです。これは食中毒等の危険からクルーを守るための措置で、ラベルにはほかにも保存時の適正温度や原材料が書かれていました。
30席しかないビジネスクラス相当の座席。VIPや高官が利用する(布留川 司撮影)。
今回のフライトではクルーたちは食事をしていませんでしたが、長時間飛行する場合は普通に機内食を食べるそうです。その時の食事は筆者が食べたサンドイッチのように基地内で用意し、メニューも一般の機内食と同じようにボリュームのあるものになるとのこと。なお、機体を操縦する機長と副操縦士は、食中毒があった場合を想定して、まったく別のメニューを用意されるとのことで、これも一般の旅客機と同じ方式だといえるでしょう。
戦闘機と比べると輸送機や空中給油機は飛行時間が長くなります。軍用機に快適な乗り心地を求めることは、素人目には矛盾した考えに思えるかもしれません。しかし、長時間の飛行を安全かつ確実に行うには、クルーがストレスなく機内で快適に過ごせることも重要な要素だといえます。
また、KC-30Aの場合は人道支援任務などで民間人を乗せることも想定しているため、機内環境の整備は必須だったともいえるでしょう。
図らずもオーストラリア空軍の空中給油機を取材したことで、LCC(格安航空会社)よりも快適な「空の旅」を満喫することができました。