女子格闘家ファイル(5)
菅原美優インタビュー 後編

(前編「K−1ファイターで美容師の菅原美優。なぜ「二刀流」の選手になったのか」>>)

三軒茶屋の『K-1ジム三軒茶屋シルバーウルフ』。2階への階段を上がりジムに入ると、菅原美優は、関係者と談笑中だった。終始笑顔で楽しそうな笑い声も聞こえてくる。こちらと挨拶を交わす際も、時には"あざとい"とイジられる笑顔を見せた。
 
写真集を発売するなど、ビジュアルで注目される事も多い菅原だが、格闘家としての葛藤、笑顔の裏にある本音を伺った。

これからの人生の夢について語った22歳の菅原美優

ヘラヘラは「弱い所を隠す為」

――ビジュアルが注目されることも多いと思いますが、そのあたりについては?

「デビューしたての頃は、注目してもらえてラッキーぐらいに思っていたんです。そこからちょっと時間が経って、これは当たり前のことじゃないから感謝してやらなきゃいけないと思うようになりました。今はそれも越えて、めっちゃプレッシャーです(笑)。何かある度にその話題を出されるので嫌になることも多かったですね。もっと見て貰いたい所があるのにって。これがなかったらもっと楽だったんじゃないかとかは思ったりしますど、それも含めて感謝してやらないとって。うれしさとプレッシャーが半々ぐらいですかね」

――「色物扱いされたくない」とおっしゃる女子格闘家の方もいらっしゃいました。

「そこはうまく自分と向き合って、自分を説得しながらやらないといけないと思っています。開き直って全部やるしかないってスタンスで。責任を持って期待に応えられるように頑張りたいですね」

――ベルト(第3代Krush女子アトム級王者)を巻いたことで見られ方も変わったんじゃないですか?

「チャンピオンになってからもビジュアル先行のイメージを超えるのに時間がかかりましたが、多少は変わりましたね。でも、ベルト巻いてからのほうが辛くなりました。責任感が増えましたし、やっぱり追いかけるほうがラクですから。ただその分、自分の成長には繋がったなと思います。チャンピオンになってからのほうが、自分でも伸びている気がしますので」

――チャンピオンとしての立場が菅原選手を引き上げた?

「そうですね。私はいつも自信がなくて、結構保険を掛けるタイプなんですが、そういうことすらできない立場になってきたっていうか。チャンピオンの自分が自信なさそうにしてると、『Krush』っていう団体がそう見られちゃう。チャンピオンとしてしっかりしないといけないと思っています。ここ1〜2年は、心が鍛えられましたね」

――明るく笑顔の印象があるんですけど、ナーバスになる事も?

「多いです。でも、すごく負けず嫌いだから、格闘技に向いている点はそこだけなんですよ。弱いところを絶対見せたくない。それがあってのヘラヘラなんです。弱いところを隠す為の笑顔。だから、試合前に練習を撮影されたりするのがめっちゃ苦手です。しんどい所を見せたくなくてヘラヘラしちゃうんです。撮影する側は、キツイ表情とかを撮りたいんでしょうけど、私がヘラヘラしてるからいい映像が撮れないっていう(笑)」

――では、菅原選手が素を見せる時は?

「う〜ん、試合中と試合前ですかね。余裕がなさすぎての素。一切笑わないですもん。試合前に変に自分を作って負けるのも嫌だし、緊張もプレッシャーも全部受け止めて戦って負けるなら、それはそれでいいなって思うし。変にカッコつけて負けるのが一番ダサいなって思っているんで、試合前は無理して作らないです」

得意の前蹴りは対男子用

――元々は空手をやられてたんですよね?

「そうです。でも、ずっと辞めたかったんです。小さい頃は、アゴやアバラを折ったり、よく怪我をしていました。今でこそ男女別々ですけど、私が小学生の時、50キロ以下は、男女一緒にやっていたんです。私は21キロぐらいしかないのに、すごくでっかい男子と戦ったりして、いつも吹っ飛ばされてました」

――相手が男性でしかも倍以上の体重差ってどうしようもないのでは?

「だから、前蹴りで勝負するようにしたんです。パーンと蹴って相手の顎が上がったら『技あり』、2回で合わせて『一本』になるんです。打ち合ったら絶対に負けるので、前蹴りで顎を上げるのを狙ってやっていました。それが今のキックの戦いに活かされています」

――前蹴りは菅原選手の得意技ですね。

「当時は、キックで使えると思ってやっていたわけではなかったんですが、今になって、あの時やっていてよかったなと思いますね。骨折したり、吹っ飛ばされたりしていたけど、報われた気がします(笑)」

東洋太平洋チャンピオンとスパー

――空手を辞めなかった理由はなんですか?

「中学生の時、空手から離れた時期もありました。でも、私はひとりっ子で、両親は共働きなので、家でひとりになっちゃうんです。でも、道場に行けばみんながいるから楽しかった。それが理由で続けていた感じです。あと、私が中学生の時、お母さんも空手を始めちゃったんです。お父さんもお母さんも空手を始めたら私も辞められないじゃんって(笑)。中学生の時は、両親が空手に行くからついて行った感じですね」

――キックへの転向は?

「中学生になると、出場する大会がキックボクシングルールになったんです。道着を着たままキックボクシングをするという感じで」

――まさに、初期の『K-1』ですね。

「そうですね。新空手っていう大会なんですけど、武尊選手、卜部弘嵩・功也選手、城戸康裕選手らが出ていた大会です。昔はそこで勝ち上がると、『K-1』に出場するチャンスを貰えたり、プロデビューに繋がりました」

――空手からキックに転向されて、顔面へのパンチにはすぐ慣れましたか?

「空手で顔を蹴られることは慣れていたので、そんなに抵抗はなかったですね。私がやっていた空手は、正拳で押していくみたいなタイプの戦い方ではなくて、どちらかと言うとキックに近い感じでしたし。私は、自分よりも大きい人を相手にやっていたので、遠くから間合いを取って、相手がきたところに顔面への前蹴りを合わせていました。それを小学生の頃からやっていたので、ファイトスタイルとしては変えるところがあまりなかったんです」

――空手からキックへアジャストしやすかった?

「そうですね。蹴り方は直されましたけど、それ以外の間合いの取り方とかは、大きな変更はなかったですね」

――空手時代の前蹴りを活かしたスタイルですが、パンチはいかがですか?

「パンチの練習は、去年ぐらいからちゃんとやるようになりました。それまでは、ずっと逃げていたというか......前蹴りに頼って生きてきた感じです。でも、やっぱり上に行けば行くほど誤魔化しが利かなくなってくるので。MIO選手に負けたあとくらいから、ボクシングのスパーをたくさんするようになりました。今日はこのあと、ワタナベボクシングジムに行きます」

――どなたかとスパーをされるんですか?

「東洋太平洋のベルト持っている千本瑞規選手(第8代OPBF東洋太平洋女子ミニマム級王者)です」

――千本選手は、アマ上がりで華も実力もある女子ボクシング界で注目の選手ですね。

「これまでにも何回かスパーをさせてもらっています。こうした出稽古も増えて、パンチの練習にもしっかり向き合うようになりました。やっと、まともにパンチが打てるようになってきたと思います」

20代にやりたいことだらけ

――『K-1』で憧れていた選手はいますか?

「ブアカーオ選手ですね。『K-1MAX』が人気だった時、私は小学校2、3年生。空手を始めたばかりで、よくわかっていなかったんですけど、ひたすら蹴って前蹴りで吹っ飛ばすスタイルがカッコよく見えました」

――ライバルは?

「今チャンピオンのパヤーフォン選手とそういう関係になれたらいいのかなと思います。でも、できれば自分が上に行って、ライバルはいないぐらいのほうがいいですけどね。強くなるためにはライバルのような存在も必要なので、追いつけ追い越せで頑張ります」

――菅原選手の今後の長期的なビジョンはありますか?

「20代は色々やりたいんですよね。もちろん、試合や練習をいっぱいやりたいし、美容師としてもスタイリストとしてデビューして、お客さんの髪を切れるようになりたいし。結婚もしたいし、子どもも産みたいし......」

――20代にかなり詰め込みますね(笑)。まだ22歳ですから時間は十分ありますね。

「はい。でも、自分は何歳までにこうするとか、期限を決めてうまくいくタイプではないんです。だから今は、目の前のやらなきゃいけないことを一生懸命やって、その結果としてことが進めばいいなと思っています。やっぱり大きい目標としては、『K-1』のベルトを獲りに行くことですね!」

――期限を決めての目標設定は苦手とおっしゃっていますが、ここまで順調にステップアップしているんじゃないですか?

「そうかもしれません。多分ワガママなんですよね。幸せなのに、うまくいけばいくほどまた欲も出るので......。しっかり焦らずにやっていこうと思います。今は、『K-1』のベルトを獲ることだけを考えて。それを叶えないと次に進めないんで、しっかりガンバります!」

K-1チャンピオン、スタイリストデビュー、結婚、出産。菅原美優・22歳が20代で叶えたい多くの夢。当面の大きな目標は『K-1』のベルト。まずは、10月28日「Krush.142」での防衛戦へ臨む。

(取材協力:K-1ジム三軒茶屋 シルバーウルフ)

Profile
菅原美優(すがわら・みゆう)
1999年11月22日生まれ、東京都出身。身長162cm。
小学1年生の時に父の影響で空手を始め、高校在学時にK-1アマチュアに出場。2019年1月にプロデビュー。第3代Krush女子アトム級王座決定トーナメントで優勝。2021年3月「K'FESTA.4 Day.1」でK-1デビュー。2021年5月のK-1横浜武道館大会ではMIOとの注目のK-1女子日本人対決に臨むも判定で敗れる。11月のKrushではベルトをかけてMIOと再戦し、王座防衛とリベンジに成功した。今年6月25日のK-1初の女子大会「K-1 RING OF VENUS」では初代K-1女子アトム級王座決定トーナメントの決勝でパヤーフォン・アユタヤファイトジムに、延長の末、判定1-2で敗れ初代王座獲得を逃した。10月28日に「Krush.142」でチャン・リー(K-1ジム五反田チームキングス)を相手に3度目の防衛戦に臨む。

◆Krush.142 大会情報
日時:10月28日東京・後楽園ホール12:00開場(予定)/ 14:00開始(予定)
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◆YouTubeチャンネル
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