ニュースで報じられている、インフレ、円安、金融政策について、言葉や背景をしっかりと理解できていないビジネスパーソンも多いのではないでしょうか(写真:khadoma/PIXTA)

最近はニュースで「〇〇年ぶり」という言葉を目にする機会が増えた。日本の経済に限定してみても、例えば、「日本の消費者物価指数の上昇率が消費増税時を除けば約30年ぶりに2%に達した」や「東京外国為替市場で1ドル=139円台と約24年ぶりの円安水準を記録した」など、多くの方も同様の感想を持つのではなかろうか。

どうやら、私たちは歴史的な瞬間を目の当たりにしているようだ。しかし、ニュースで報じられている言葉や背景をしっかりと理解できていないビジネスパーソンも多いだろう。今回はインフレ、円安、金融政策など最近よく目にする言葉について学んでいきたいと思う。

消費者物価指数とは何か?

私たち消費者が購入する財やサービスの値段の変化を知るために用いられる経済指標に「消費者物価指数」がある。総務省統計局が毎月発表しているもので、生鮮食品などをはじめとする食料品や、エアコンなどの家電製品、クリーニング代や通信料などのサービスなど582品目にわたる幅広い価格データを基に算出する物価指数だ。


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意外と知られていないが、消費者物価指数は世帯が消費する財・サービスの価格の変動を測定することを目的としているため、財やサービスの購入と一体となって徴収される消費税分を含めた消費者が実際に支払う価格を用いて作成している。

つまり、消費増税をすると消費者物価指数は上昇する。

指数を作成する際には、指数を実態に極力近づけるため、調査対象品目の容量や価格が変化(例えばステルス値上げ)すれば品質調整をし、ネット経由での買い物が増えていく昨今の情勢に合わせて、全国の主要な家電量販店やECサイトなどで販売された製品のPOSデータの利用や、各社のウェブサイトから必要な情報を抽出する「ウェブスクレイピング」による価格取集などにより、インターネット販売価格を取り入れている品目もある。

消費者物価指数が発表される際に3つの指数が注目される。物価全体を表す「総合指数」、「生鮮食品を除く総合」、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」という3つの指数だ。

なぜ、生鮮食品やエネルギーの価格を除いているのかというと、台風や干ばつなどの天候要因で価格が大きく変動してしまう生鮮食品や、地政学リスクや投機資金の流出入など実需以外の要因によって価格が大きく変動してしまうエネルギー価格の影響を除くことで物価動向の実態をより正確に把握することができるからだ。

インフレなの?デフレなの?

それでは、最新の消費者物価指数のデータを見てみよう。7月22日に発表された6月分の消費者物価指数は「総合指数」が前年同月比+2.4%、「生鮮食品を除く総合」が同+2.2%、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」が同+1.0%となっている。

よく物価の話をすると「インフレ」や「デフレ」という言葉を聞くが、言葉の意味をざっくりと定義すれば、インフレは継続的に物価が上昇することで、その逆がデフレといえる。それでは、現在の日本の物価状況はどちらなのだろうか。2017年1月からの3指数の変化率の推移を見てみると、足元では物価が上昇傾向にあるのでインフレと言えるのだろう。


しかし、ここで注意しなくてはいけないのが、インフレとデフレの判定は実際にはもっと複雑な分析を要するということだ。

BIS(国際決済銀行)やIMF(国際通貨基金)は過去にデフレの定義を「少なくとも2年間の継続的な物価下落」としたことがあったが、内閣府の過去の判断をみてみると、「需給ギャップ」や「ユニットレーバーコスト」といったマクロ的な物価変動要因と、「消費者物価指数」や「GDPデフレータ」などの物価の基調や背景を総合的に考慮している。

消費者物価指数の推移だけをみればインフレだが、内閣府が発表している需給ギャップの最新データでは21兆円の需要不足となっており、この観点ではデフレ経済ともいえる。

物価上昇の原因は?

経済の専門家の間で「インフレかデフレか」という話で盛り上がることは多々あるが、そのようなマニアックな話は多くの国民にとってはどうでもいい話で、生活を通じて得る体感として明らかに物価は上昇しており、給料が上昇しない以上は家計がどんどん逼迫されており、政府による家計支援策が求められる。

このように物価上昇によって国民の不満が高まると、犯人探しが始まる。今回の物価上昇については原油をはじめとするエネルギー価格の上昇が最大の原因であることは、先ほどの消費者物価指数のデータを見れば明らかである。「生鮮食品を除く総合」の伸び率が前年同月比+2.4%なのに対して、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」の伸び率は同+1.0%となっている。

しかし、どうやらいまのところ物価上昇の犯人としてやり玉に挙がっているのは「円安」のようだ。たしかに、自国通貨の為替レートが安くなれば、海外からの輸入品価格は上昇する。日本のように食料もエネルギーも輸入に頼っている国にとってはその影響はより色濃く反映される。

原因がわかったのであれば、それを解決すればいい。それでは、どのようにすれば円安は抑えられるのか。1つのヒントは下図から明らかである。難しい統計処理などせずとも、日米金利差とドル円相場の推移には高い相関関係があることがわかるだろう。


それであれば、インフレ対策として速いペースで金利を引き上げているアメリカにあわせて、日本も金融緩和をやめて利上げをすべきという意見が出てくるのだ。実際に一部の政治家や、大企業の経営陣がそのような発言をしたことが報道されている。

筆者は前述のとおり、今回の物価高の主な原因はエネルギーや食料品の価格上昇であり、円安による影響は次点であることや、そもそも為替水準を操作するために金融政策を変更するべきではないという立場を一貫して取り続けている。


仮に円安を止めるべく金利を大幅に引き上げれば、家計のローン返済負担や企業の借り入れコストが上昇し、経済全体に大きな悪影響を与えよう。

また、メディアではことさらに「円安悪玉論」が喧伝されている節があるが、物事にはメリットとデメリットがあり、円安によるメリットについても考慮する必要があると考えている(参考:『これだけは押さえたい「急激な円安」が進んでる訳』)。

はたしてわが国の中央銀行である日本銀行の黒田総裁はどのような考えを持っているのだろうか。

黒田総裁の発言を見てみる

最後に7月21日に金融政策決定会合のあとに会見をした黒田総裁の発言内容を共有して終わりにしたいと思う。一部を抜粋しての共有になるが、これまでの文章を頭に入れたうえで読んでみると、受け止め方に変化が生じるかもしれない。

・金利を上げれば企業の設備投資、その他に大きな影響が出てきます。従って、金融政策として為替をターゲットにしてやることはないということです。なお、輸入物価の上昇については、確かに円安の影響も出ていますが、国際商品市況の上昇の影響の方が大きいわけです。国際商品市況の場合は、交易条件の悪化を通じて、必ず日本経済にマイナスになるわけです。一方、円安の場合は、輸入物価の上昇に影響するだけでなく、輸出物価にも影響しますので、交易条件は必ずしも悪化しないという違いがあることはご理解頂きたいと思います。

・確かに円の対ドル下落のきっかけというか、マーケットの考え方には、日米金利格差があったと思いますが、実際のところ、世界的にドルの独歩高で、皆、為替が安くなっています。例えば、隣の韓国は相当金利を引き上げていますが、ものすごい勢いでウォン安になっていますので、金利をちょっと上げたらそれだけで円安が止まるとか、そういったことは到底考えられません。本当に金利だけで円安を止めようという話であれば、大幅な金利引き上げになって、経済に大きなダメージになると思います。

(出所):日本銀行「総裁記者会見要旨」

(森永 康平 : マネネCEO/経済アナリスト)