70年願い続けた「空母」ついに海自へ 創設直後からの保有計画 なぜ挫折続きだったか
海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」「かが」が戦闘機の運用能力を手に入れる寸前に至っています。ただ、海上自衛隊は空母の保有を発足直後から望んでいたとのこと。どのような経緯だったのか、その四半世紀を振り返ります。
建造寸前まで行くも、幾度となく中止
日本は海に囲まれた島国であり、敵の侵略に対して洋上の航空基地である航空母艦(空母)は有力な兵器になり得ます。そうした事情もあり、海上自衛隊は過去、幾度となく空母保有を検討したものの、様々な事情から実現しませんでした。
ただ、ようやく海上自衛隊の悲願が叶いそうです。2022年6月現在、ヘリコプター搭載護衛艦であるいずも型の2番艦「かが」を、F35B戦闘機の搭載が可能なよう改装中です。完成した際には飛行甲板の塗装が耐熱化されるとともに、艦首形状が現在の台形から四角形に改められます。そこで、改めていずも型護衛艦の空母化改装までの経緯をまとめてみました。
呉でF-35B戦闘機の運用が可能なよう改修作業中の護衛艦「かが」(2022年4月、柘植優介撮影)。
そもそも、世界で最初となる新規設計の空母「鳳翔」を建造したのは、旧日本海軍です。その後、日本海軍は世界最強とも呼ばれた南雲機動部隊で、アメリカのハワイ真珠湾を空襲するなど、空母の価値を証明しました。
戦後、日本海軍は消滅します。しばらくしたのち海上警備隊が発足、その後、警備隊を経て新たに海上自衛隊が発足しましたが、日本国憲法の制約もあって、かつてのような大型空母の保有は不可能でした。
しかし、この海上自衛隊の前身ともいえる海上警備隊が創設された1952(昭和27)年の時点で、すでに戦後日本の空母保有は検討されていました。海上警備隊を発足させるにあたり設けられた海上保安庁・Y委員会では、同盟国となったアメリカ海軍より護衛空母4隻が付与される案が想定されており、これにアメリカ海軍の一部も賛同していたのです。
海自発足わずか4年後の国産空母建造プロジェクト
太平洋戦争で日本経済が破壊され、国民が餓死寸前まで追い込まれたのは、アメリカ潜水艦により輸送船が撃沈され、資源も食糧も途絶えたことにあります。
潜水艦への効果的な対処は航空攻撃ですから、戦後の日本は、沿岸防衛のために航空機を搭載した対潜空母をぜひとも保有したかったのです。後に、その構想は海外から日本へと物資を運ぶシーレーン(海上交通路)の防衛へと拡大されていきます。
同盟国となったアメリカはこの構想に協力的で、当初は護衛空母の導入、後にはエセックス級空母を改装した、大型の対潜空母を提供するという話にまで拡充しました。
国産の対潜ヘリ空母の建造がとん挫したのち、改めて計画・建造されたヘリコプター搭載護衛艦「はるな」。1973年2月に就役し、2009年3月に除籍された(画像:海上自衛隊)
警備隊、その後身である海上自衛隊の現場では、概ねこのような「対潜空母は必要」という見解でした。海上自衛隊では対潜哨戒ヘリコプターの進歩を受け、水上艦隊の前方と側方に対潜ヘリコプターを展開することで、高速の敵原子力潜水艦を捕捉したいと考えており、そのためのヘリ空母を求めていました。
1959(昭和34)年には「ヘリ空母CVH」が検討され、「基準排水量8000トン程度」「あまつかぜ(ミサイル護衛艦)と同じ搭載機関で速力29ノット」「全長155m、最大有効幅26.5mの飛行甲板」「17m×8mのエレベーターを2基装備」「HSS-2ヘリコプター18機搭載」など、具体的な構想も固められます。
これについてはアメリカ海軍も全面的に賛同し、費用の一部を負担するという話も出たほどでした。実際、1960(昭和35)年の第2次防衛力整備計画で、建造が決まる寸前まで行きました。しかし、1960(昭和35)年は、社会の中核に戦争経験者が多く、反戦運動も大きな力があったため「安保闘争」を刺激するとして、政治判断で計画は中止されました。
空母と見紛うシルエットの輸送艦が誕生
とはいえ、ヘリ空母の必要性は1970〜80年代でも認識されており、1973(昭和48)年の海上幕僚監部調査部内参考資料では「日本の海上交通路確保は、アメリカ第7艦隊の空母に頼るしかない。しかし、アメリカ空母を日本の都合で拘束はできず、不在時には国防上、重大な穴が空く」との認識が示されています。
なお、水上艦隊は航空機の攻撃に弱いため、イギリスが開発した垂直離着陸戦闘機「ハリアー」のような敵の攻撃機を遠方で迎撃できる艦載向きの戦闘機は、海上自衛隊の弱点をカバーするうってつけの装備とも考えられていました。
空母型の外観を有して就役した、おおすみ型輸送艦(画像:海上自衛隊)。
こうしたなか、1980年代後半にも空母導入の動きがありましたが、やはり政治判断で見送られます。変化が生じたのは1993(平成5)年の計画艦に「全通飛行甲板」を持つ、おおすみ型輸送艦が盛り込まれてからです。
おおすみ型は1998(平成10)年から2003(平成15)年までのあいだに3隻就役しましたが、艦上作業に不慣れな陸上自衛隊のヘリコプターに配慮し、艦上の障害物を除去した結果、船体前部の第1甲板から後部の飛行甲板まで一体となった全通式の最上甲板を持つ空母型の自衛艦が実現しました。
その後、2009(平成21)年に就役したひゅうが型護衛艦では、基準排水量1万3950トンの大型船体に、ヘリコプターを最大11機搭載できる空母形状の船型が採用されています。
海自の悲願、70年越しで実現へ
2015(平成27)年に就役した、いずも型護衛艦は、当初から垂直離着陸(STOVL)戦闘機F-35Bの運用を想定して、エレベーターなども設計されていました。「いずも」は当初、ヘリコプター搭載護衛艦として就役しましたが、中国海軍が大幅に増強されたことを受け、2020年に改装予算が付きました。
沖縄には航空自衛隊の滑走路が那覇基地にしかなく、先制攻撃を受けた場合、沖縄方面での航空作戦が行えなくなりますが、いずも型を改修すれば改善されるからです。
ヘリコプター複数機の同時発着艦が可能な、ひゅうが型護衛艦。他国でいうところのヘリコプター空母に相当する(画像:海上自衛隊)。
改修された「いずも」には、2021(令和3)年10月3日に、アメリカ海兵隊のF-35B戦闘機が発着艦を行っており、日本が終戦から76年ぶりに固定翼機を運用できる事実上の空母を保有した証となりました。
「いずも」が搭載しようとしているF-35B戦闘機は、かつての「ハリアー」戦闘機のように同世代の通常型(CTOL)戦闘機に、性能で劣ることはありません。
実際、1980年代後半の空母計画では、「シーハリアー」の導入を検討していましたが、当時の旧ソ連(現ロシア)が運用していたTu-22M超音速爆撃機に対応することが難しく、加えて陸上発着の通常型(CTOL)戦闘機にも性能的に対抗することが難しい点が問題になりました。それら問題点を解消したF-35Bは、いずも型のような軽空母や、場合によっては強襲揚陸艦にも空母に近い能力を発揮させる航空機と言えます。
ついに悲願を実現した海上自衛隊の空母保有構想、今後の展開も注目されます。