※この記事は2020年09月20日にBLOGOSで公開されたものです

新手の時代劇としての「半沢直樹」

最終回視聴率が40%を超すなど一大ブームから7年、ドラマ「半沢直樹」のいわゆるシーズン2が今回も視聴率20%を超える支持を集め人気を呼んでいるようです。

その人気の秘密はどこにあるのか。一言で申し上げれば、徹頭徹尾勧善懲悪を軸としたストーリー展開でしょう。日本人は元来勧善懲悪モノが大好きなのですが、コロナ禍で様々な形で制限を受けているストレス生活が、一層それに拍車を掛けているようにも思います。

その意味で勧善懲悪は、ウィズコロナのニューノーマルのひとつと言えるのかもしれません。

今シリーズの勧善懲悪度は前シリーズの比ではありません。毎回一人、憎々しいキャラクターの明らかな悪者が登場し、基本は権力を笠に着て半沢直樹らの行く手を阻みます。

しかし、主人公の正義感あふれる活躍によって悪は退治され事なきを得る、その繰り返し。一部で既に指摘されているとおり、言ってみれば毎度ワンパターンな時代劇的展開なのです。

「水戸黄門」や「遠山の金さん」などに代表される勧善懲悪な時代劇が、地上波テレビのゴールデンタイムから姿を消して久しいですが、今回の「半沢直樹」は新手の時代劇として人気を博しているとも言えそうな感じではあります。

原作からドラマ化までのタイムラグが感じさせる”時代劇感”も

時代劇という点で申し上げると、今シリーズは銀行に長年勤めた私から見ますと、別の意味からも時代劇であると感じております。それは、舞台が現在ではないという意味での時代劇感です。

というのも今シリーズの原作は、池井戸潤氏によって2010年から11年にかけて書かれた「ロスジェネの逆襲」と、2013年から14年にかけて書かれた「銀翼のイカロス」です。

前シリーズも同じように、原作とドラマ化の間にはそれなりのタイムラグがあったわけなのですが、今回のタイムラグにはちょっと特殊な事情が絡んでいるのです。

その点からドラマを見るうえで知っておくべき最大のポイントは、2016年のマイナス金利政策を境に銀行界は大きな変革を迎えた、ということです。

銀行が日銀に預けている預金金利がマイナスになるという我が国経済史上未経験のこの政策は、日本経済の血液役を担う銀行業界に大きな変革をもたらしました。すなわち、国内で預金を集めその資金を融資して利ざやを稼ぐという、渋沢栄一以来の銀行のビジネスモデルはここに崩れ去ったのです。

言ってみれば、長く続いた「晴れの日に傘を貸し、雨の日に取り上げる」という“銀行封建主義”はここに終焉を迎え、否応なく新たな時代の夜明けがやってきたわけなのです。

今作で描かれる銀行の「江戸時代」的風景

端的な変化は、もうからない国内法人融資に対する消極化と新たな業務領域への進出、同じくもうからない個人マス業務に対する消極化と収益性の高い富裕層取引強化へのシフト等々。

具体的には、ドラマの舞台であり原作者・池井戸潤氏の出身銀行である三菱UFJ銀行をモデルとした東京中央銀行のようなメガバンクでは、法人業務での海外への積極展開や国内M&A仲介等インベストメントバンキング業務と呼ばれる領域の強化、個人業務での大幅な店舗廃店とマス顧客のネット誘導、富裕層取引強化に向けた総合金融サービス提供の強化等々です。

ドラマとの絡みで申し上げれば、インベストメントバンキング業務強化、富裕層取引強化において、メガバンクグループとしてグループ内証券会社、信託銀行との連携強化は不可欠であり、ドラマの1~4話で展開されたグループ内証券会社との顧客奪い合いや、子会社いじめなどという構図は今は昔の「江戸時代」的封建メガバンクのお話なのです。

さらに申し上げれば、北大路欣也氏演じる中野渡頭取のような銀行のトップが、頭取室にドンと構え組織の顔として仕事をするというのは、当時60代後半~70代のロートル役員が務めていたものであり今は昔。

昨今は50代バリバリの現役バンカーがトップを務めなくては、マイナス金利に加えてフィンテック台頭やキャッシュレス化進展など激動する金融の荒波を舵取りしていくことは不可能になり、急激に若返っています。

銀行役員の生態に関しても付け加えるなら、料亭個室での取引先接待や高級割烹や接客付クラブで部下と会食しながら打ち合わせなどというのも、私から見ると実に「江戸時代」的な風景であります。

第5話以降の帝国航空再建に関しても、「江戸時代」的な点は多々あります。帝国航空のモデルは明らかに2008年リーマンショック後の日本航空再建ですが、ドラマにあるような民間が再建策をまとめようとしているそばから、政府主導での再建タスクフォースを始動させ強権発動するという流れは今様ではありません。

今や民でやれることは民で、という考え方が政府、官庁内に定着しており、まずは取引銀行間の話し合いにより民間主導で協議しつつ、政府は必要に応じて相談に乗る、という流れが常套でしょう。

ちなみに片岡愛之助演じる黒崎駿一が属する銀行の監督官庁である金融庁も、2019年末に金融検査マニュアルを廃止するなど、ここ2~3年で銀行に対する追い込み型指導スタンスを改め、銀行の自立性を重視した相談型への移行に舵を切っています。

コロナ禍の銀行が迫られるもう一段、二段の変革

このように「半沢直樹」には様々、今様でない部分があるわけで、私のような金融機関関係者からみればあくまで銀行内外で封建制度がはびこっていた「江戸時代」を舞台とした時代劇である、ということになるわけなのです。

ドラマの世界が時代劇であるということはすなわち、現実の銀行界、特にメガバンクは既にドラマで描かれるような銀行ではなく、さらにコロナ禍の長期化は銀行にさらなる試練を課しもう一段、二段の変革に迫られることになるのかもしれません。

もしこの先「半沢直樹」のシーズン3があるなら、今度は時代劇ではなく主人公が5年後、10年後の銀行をけん引するSFドラマを見てみたい気がします。