結婚後は“妻の姓” 選択した夫たちの思いとは - 立川智也
※この記事は2020年08月28日にBLOGOSで公開されたものです
「選択的夫婦別姓」という言葉があります。現在の婚姻制度では夫婦は同一の姓を名乗らなくてはならないのですが、そうではなく、結婚後に姓を統一するか、それともお互いの姓を名乗り続けるかを選べる制度です。日本ではまだ実現はされていませんが、近年はサイボウズ社長の青野慶久氏が起こした裁判等で注目が高まっています。
妻の姓も選べるがカップルの96%は夫の姓に
本来、結婚後に夫の姓を名乗るか妻の姓を名乗るかは自由ですから、どちらを選んでもかまいません。しかし、歴史的な背景や社会通念から、日本では新しく婚姻する男女の96%は夫の姓を選択しています。(ちなみに結婚した男性が妻の姓を名乗るようになる=養子になる、という理解は正しくありません。名乗る姓と養子かどうかは別の話です。)
実際のところ、現代日本で結婚後に夫の側の姓に統一することに合理的な説明を与えることは難しいです。家制度はとうに無くなっており、せいぜい「みんなもそうしてるからなんとなく」「妻の姓にするとどうしてかと聞かれることが増えそうで面倒」「親がそうして欲しいと言ってるから」といった程度です。そこまで後ろ向きというわけではないかもしれませんが、かといって前向きでもない、微妙な理由です。
このように、たいていの人がなんとなく夫の姓に統一する中、「誰に言われるわけでもなく自らの意思で」結婚後に妻の姓に変える男性たちもいるのです。
「女性とはフラットな関係に」 妻の姓を選んだ男性
例えば国内大手電機メーカー勤務で同い年の女性と結婚した川中さん(32歳男性)は、婚活中から口癖のように「結婚相手の女性とはフラットな関係性を築いていきたい」と話すような方でした。後に結婚することになるお相手と出会った時も「彼女は『家族を養うのは男であるべき』みたいな考え方をしないんですよ~」と嬉しそうに語ってくれました。
そんな彼が結婚後に妻の姓を名乗ることを決めた理由は「男は稼ぎ、女は家を守るという男女の性別役割分担から解放された夫婦関係を築くのだ、という内外への意思表示です」という非常に先進的なものでした。お相手の女性は特にこだわりがなく、夫婦で妻の姓を名乗ることは彼の側からの提案だったようです。
他方、これとは全く違う理由で妻の姓を選ぶ男性もいます。
家長的意識とイマドキの男女平等の意識が混ぜ合わさった例も
林原さん(30歳男性)は東大院卒で某有名外資系企業勤務というキャリアで、世の中がコロナ禍に見舞われている最中に年下の女性と結婚しました。
彼の家族観は「経済的・社会的に家族を守る責任は男にある。妻が自己実現のために働くことは歓迎だが、妻の稼ぎに頼ることはしたくない。当然、家事も子育ても夫婦で平等にやる」というもので、古くからの家長的意識とイマドキの男女平等の意識が合わさったようなものです。(ちなみにこのような考え方の男性は、多くの女性が持つ「夫とはフラットな関係性でいたいけど、経済的には夫を頼りたい」という願いを叶えてくれるため、非常に人気があります。)
彼が妻の姓を名乗ろうと決めた理由は「姓を変える負担を彼女に押し付けたくない」というもの。彼曰く「姓を変えることにはそれなりの負担があると思いますが、自分ならその負担にうまく対処できる自信がある」とのことで、自信に溢れた言葉ですね。
彼らに共通しているのは、妻側からの要請ではなく自らの意思で姓を変える選択をしていることです。また、林原さんの例からは「男は家族を守るべき」と「結婚したら妻が夫の姓を名乗るべき」という保守的な二つの考え方は必ずしもセットではないことも分かります。
社会的背景も“妻の姓”の選択に影響
私は、彼らが妻の姓を名乗ろうと決めたことにはいくつかの社会的背景が関係していると考えています。
1.結婚後の姓は選べるものという知識の広まり
冒頭でご紹介した選択的夫婦別姓の議論などが広まり「姓は選べる」ということが知られるようになりました。選択肢に入るようになるには、まず知っている必要があります。
2.結婚生活、夫婦生活はデザインするものという考えが常識化
様々なメディアやTwitterをはじめとするSNS等で多様な夫婦の形が紹介されるようになり、結婚生活の形は画一的ではないことが常識になりつつあります。
3.男女平等教育の成果
例えば中学・高校で家庭科の男女必修が始まったのが約25年前です。今の20~30代の男性で「家事は女がやるもの」という意識を持つ方が少ないのは、こうした教育の長期的な成果とも考えられます。
「結婚の自由化」は徐々にではありますが、確実に進んでいます。
結婚情報誌のゼクシィが2017年に「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」というコピーを出したことは、この社会が「結婚するかしないかの選択の自由化」を達成したことを感じさせる象徴的な出来事でした。
その自由化が成された今、次に進んでいくのは「結婚生活そのものの自由化」です。どのように暮らし、生計を立て、家族になっていくかを自由に決める時代がもう始まっています。結婚後の姓について自分の意思で決める男性たちの出現は、その変化の象徴なのかもしれません。