※この記事は2018年11月03日にBLOGOSで公開されたものです

共働き家庭が直面する「小1の壁」をご存知だろうか。朝から夜まで慣れた場所に預けることができた保育園時代に比べて、放課後の過ごし方が難しくなり、生活習慣や宿題などのフォローも必要になる。ただ、一言に「小1の壁」と言っても、子どもの性格や友達関係、親の職種などにより直面の仕方は家庭によりそれぞれだ。

私が運営しているカエルチカラ・プロジェクト(目の前の課題を変えるための一歩を踏み出せる人を増やすことを目指す)言語化塾では、女性たちに日頃感じているモヤモヤを言葉にして整理してもらっている。カエルチカラ言語化塾の参加者、ようこさんの場合、お子さんが医療ケアを必要とし、前後で親側の転勤が発生した。複雑に様々なトラップが押し寄せたご自身の「小1の壁」経験をまとめてもらった。

子どもが小学生になって仕事を辞めざるを得ないという声

「出産では辞めず、保育園生活中も仕事で成果を出してきたからこそ、小学生になってから仕事を辞めた」こういった話は周りに溢れている。

「時短制度が未就学児までで、19時までの学童のお迎えに間に合わず続けられなかった」
「学童の食物アレルギーの対応範囲と、小1の子どもだけで対応可能な範囲が合致しなかった」
「保育園には看護師さんがいたことで与薬できたが小学校では親の付き添いが必須だった」
「3月半ばや末に夫または自分の異動や転勤が発令され子どものサポートを含む転入先(学童やファミリーサポートなど)が確保できなかった」

…。23区在住者で知り合いだけでもこうした話を聞いたのは20人をくだらない。小学校に入ってからも、4月、5月までは継続勤務していたが、6月や、夏休み明けなどに子どもの小学校生活への適応が難しく仕事を辞めたというケースも聞いた。 保育園から小学校への変化が共働きの障壁となっている事例は2018年の今も複数存在している。

妊娠時から意識する「小1の壁」

私が「小1の壁」を初めて認識したのは、男性上司に妊娠報告をした2011年春。上司といくつか話をした中で、はっきりと覚えている言葉がある。

「どっちかの両親はこっちに引っ越せるのか?保育園までは何とかなっても小学校がまわらなくなるぞ」

男性上司は当時時点でも珍しい共働き3児の父で、子育てのために妻側の実家に近居していた。仕事上大変に尊敬していた方でもあり、この方が言うのであれば真剣に考えた方が良いと感じた。

同時に、「小1の壁」に祖父母力は必須なのだという前提に、身の引き締まる思いだった。私と夫には頼れる親族はなく、夫婦二人でなんとかしなければ、と2011年春の妊娠当時は思った。その後、産まれた娘は医療ケアが必要で、保育園時代は様々に周囲に頼りながら仕事と育児を両立してきた。が、「小1の壁」はやはり高かった。

自治体が想定する”家族モデル”に合致しないという問題

2011年当時、夫と私の核家族が住んでいた東京都江戸川区は、0歳児の区立認可保育園がないことでも、公立学童保育でおやつがなく持ち込みができないことでも有名だった。自治体として歓迎している家庭モデルがあり、そこに合致する人を優先する、という“正しい“地方分権モデルである。

保育園、幼稚園はもちろん、義務教育である小学校、中学校も、自治体により諸制度は多様であり、かつ場合によっては年々変わる。それぞれの自治体、園、学校を確認し、家庭環境に応じた場所を選ぶ。選べる側からすれば理想的なことなのかもしれない。

残念ながら、我が家の理想は江戸川区が歓迎している家庭モデルとは異なるようであったため、小学校を機に我が家の理想のモデルに近い自治体への転居を考えた。

「小1の壁」への具体的な行動を始めたのは、子どもの入院通院がひと段落した2歳の頃だった。2013年当時、「小1の壁」も学童不足も既に叫ばれていて、学童探しは年中、年少からという声が聞こえてもいた。

我が家の場合、与薬が必要かつアレルギー対応が必要な医療面と、発熱から発症した急性脳症既往への療育面からも、個別対応が必要であった。2013年当時は、医療的にもガイドライン的にも明確な指針が出ている食物アレルギーのエビペン対応でさえ、実際の現場となると難しい側面を残している頃だった。

具体的には以下が「小1の壁」になり得た。

1.保育園では医師からの与薬指示書を渡すことで先生方に与薬いただけたが、小学校および多くの学童では子ども自身がするか、与薬可能な誰かが付き添う必要があった。

2.保育園ではアレルギーに影響しない間食の提供があったが、当時居住していた自治体の公的学童では持ち込み含め対応不可であり、勤務を続けるには民間学童が必須だった。

3.療育上重要な粗大運動の時間が保育園では確保できていたが、小学校+放課後デイサービス+民間学童の組み合わせでも不足する見込みである。

4.遊びを重視して乳幼児生活を回してきたため、教育が主となる時間が日常に増えることで親の方がついていけない可能性がある。

子どもが2歳から4歳までになる間、スキマ時間で、23区内の学童見学や学童経営勉強会の見学を重ねた。保育園や幼稚園検討の時にも感じたことではあったが、公的学童自体の自治体差はもちろん、公立小学校自体の違いも多くあった。

結果として我が家の「小1の壁」となり得る要素を払拭する選択肢自体は見つかった。ただ、この過程で、私は言いようのない、もやもやを抱えるようになった。

2013~2016年のいずれでも、冬頃に、年長さんの保護者の方から、仕事を辞めることにしたという話を聞いた。

・就学前健診時点では問題ないと言われたのに、入学後、与薬が必要であれば本人または保護者でないといけないと言われた。与薬が必要な事態になっていれば本人が自分でできる状態であるはずはない。それでは保護者が付き添わないといけないということか。

・21:00まで空いている民間学童が自宅付近にない。19:00までに迎えに来るとなると時短取得が必要だが、制度が未就学児までしかない。今の勤務先は続けられない。

・小学校と自宅が近いことから、小学校の学童で鍵っ子予定だったが、来年から学童は18:00を過ぎると一人で下校ができず、お迎えが必要。18:00-19:00の1時間のファミリーサポートさんやベビーシッターさんが見つけられなかった。

もう少し制度を早く知ることができたら。「小1の壁」を理由に、退職したくなかったのに退職した、という人の話を聞く度にそう感じた。同時に、マイノリティである以上は、先手先手で探し、制度変更が起きてもある程度は対応できるように準備することが必要なのだと感じてもいた。

急な辞令で親の勤務地が変わるというサプライズも

それでもほぼ方針は決まっていた、2017年。子どもは年長になり、いよいよ来年度は小学生というときだった。GW付近と、10月半ばとに、我が家夫婦はそれぞれに会社都合の勤務地変更が発生した。いずれも期の途中の急な辞令だった。

我が家の優先順位と照らし合わせ、現実的に難しいところは割り切るということも含め、目的と手段を再整理した。主治医や主たる通院先、療育機関の変更を極力抑えたエリアをピックアップし、民間学童を決め直し、その民間学童に徒歩で通える小学校の学区内の賃貸物件を探した。

保育機関、療育機関、就学相談等の調整といったの我が家固有の課題ももちろんあったが、親の転勤があれば一般に遭遇しそうなこともあった。

例えば小学校の学区に関しては不動産業の方々からは、年度途中のファミリー向け賃貸が空くかは完全な運になってしまうので、ワンルーム賃貸を一時的に契約し住民票を異動させ、小学校に通う権利だけ確保し、3月末以降の異動系での物件の動きがあるときに再度探してはどうかと言われた。

各種手続きを進めるにあたりの我が家で一番ネックだったことは、平日の日中帯でないとできないことの多さだった。保活のやり直しも地味にストレスになった。なんとか12月30日の一日で引っ越し業者さんのお任せプランに頼って引っ越し、2018年3月までに、ようやく日常的な生活を取り戻した。

多岐に渡る調整で心が折れそうになった

「それぞれの自治体、園、学校を確認し、家庭環境に応じた場所を選ぶ」「マイノリティである以上、時間を費やすことが必要」と書いたが、企業の異動発令を機に短期間での引っ越しをする場合、現実的にどの程度選べるといえるのだろうか。

私は、転職も退職もせず、異動することを夫とも相談した上で主体的に選んだ。 だからこそ、怒涛ではあっても多少の無理があっても進めることができた。だが、その過程では、夫か私のどちらかが、転職や退職をすることも大いに検討した。調整することが多岐にわたり、期限も迫る中、こんなに追われて子どもの環境を決めるくらいなら、仕事を辞めて時間をとった方がよいのではないかと思う時もあった。

もしこれが二人同時に3月半ばに異動発令し、4月1日より新しい勤務地で働くケースであったら、転職や退職をした可能性はより高まっただろう。 小学校は保育園と比較すると、ケア責任を担える大人が「地域」にいる前提で設定されている制度が多い。結果としてケア責任を担う立場としては、保育園時代よりも早く帰宅し、より遅く出社したくなる。なるべく「地域」に居たくなるのだ。

例えば警報発令時の学校休校も自治体および学校差がある。こと大雨警報、洪水警報の休校は学校長判断の自治体も少なくない。子どもの安全にまつわる話であり、気象特性上、自治体という単位では大きすぎ、個々の対応が重要である点に一切異論はない。

だが、どんな天気でも基本預かってもらえた保育園の感覚でいると、こんな些細なところからすれ違ってしまう。そして、子どもの安全を思うからこそ、できれば自分が子どもの学校からあまり離れて働きたくなくという気持ちになる。

「小1の壁」について、保育園と比較した時に、「保育を学校に委ねようとする親が問題だ」という意見もあり、それはもっともだと思う。けれど、義務教育である小学校およびその放課後の構造が保育を前提としなかったら、フルタイムの共働きは難しいともいえるのではないか。

企業は時短勤務を小学校低学年まで引き延ばしたり、休暇取得や在宅勤務を柔軟に行えるよう制度整備を進める動きもある。しかし、現状ただでさえ負担の多い学校側に保育部分をお願いすることは難しく、親が自宅近辺に居たくなることは至って自然と感じる。

「小1の壁」の次は学童がなくなる「小4の壁」があげられている。年々制度が変わるため、自分の経験が役に立つとも限らないのだが、それでも来年の小1の壁が私の時の壁よりも少しでも低くなるように、必要なところに情報や対策が届けられるようにしたい。