「保育園に預けられない」「地域格差が甚だしい」「行政が理解できていない」医療的ケア児を抱える母親たちの本音 - BLOGOS編集部
※この記事は2018年10月03日にBLOGOSで公開されたものです
“医療的ケア児”という言葉をご存じだろうか、昨今、耳にする機会が多くなってきたとはいえ、まだまだ認知度が低いのが現状だ。医療的ケア児への理解を深めるために、東京を拠点に設立された任意団体『ウイングス 医療的ケア児などのがんばる子どもと家族を支える会』(以下、『ウイングス』)の活動を取材した。医療的ケアが必要な子どもは約18,000人
「私の甥っ子が出産事故により、医療的ケアが必要になってしまいました。妹の大変さを目の当たりにし、まだまだ社会が追い付いていない状況をどうにかしなければと、有志達が集まりスタートしたのがウイングスになります」そう語るのは、代表の本郷朋博氏だ。本郷氏の甥にあたる、今年6歳になる翼くんは、出産時のトラブルにより、気管切開、たんの吸引、胃ろうがある医療的ケア児だ。
医療的ケア児とは、筋力の低下などにより自力ではたんの排出が困難なため、気管切開を施し、吸引機によるたんの吸引が必要であったり、自発呼吸が難しいため人工呼吸器をつけていたり、口の中の食物を胃に飲み下す機能の障がいにより、胃や腸にチューブを通し、栄養剤を注入する胃ろうや経鼻経管栄養などの医療的ケアが必要になってくる児童のことを指す。
厚生労働省の推計によると、医療的ケアが必要な子どもは現在、全国に約18,000人以上いるとされ、この数は、この10年で約2倍に増加したといわれている。新生児医療の進歩によって、新生児数の死亡数は劇的に低くなり、救われる命が増加したことが背景にあるのだ。
本郷氏の甥である、翼くんの名前からとった『ウイングス』。現在は定期的に医療的ケア児の保護者たちと支援者たちが集まる座談会を開き、参加者から情報を収集し行政機関などに意見を伝達するという役割を担っている。
普通の育児に加え、リハビリや病院通いが必要に
障がいを持った子どもを育てるためには、普通の育児に加え、リハビリや定期的な通院などが必要となるため母親への負担が増加する。また、医療的ケアが必要な子どもは保育園に預けるハードルが高く、昼夜を問わず母親が子どもの医療的ケアを行う必要があり、就労が厳しくなるというのが現状だ。実際、母親たちはどれぐらいの負担を強いられているのか。9月1日に大阪市にある難病児のためのホスピス・『TSURUMIこどもホスピス』にて開催された『ウイングス』の座談会で、リアルな声を聴いた。
「吸引や注入などの医療的ケアは、保護者などが行える日常的な介助行為です。しかし、医療行為にあたるため、保護者以外では、基本的に医師や看護師など資格がある人しかおこなえないという決まりがあり、保育園や幼稚園に通う年齢になっても、通園が難しいことが多々あります」(兵庫県在住・Aさん)
地域で大きく異なるサービス
座談会には8組の医療的ケア児の親や看護師をはじめとした支援者が参加し、様々な角度から意見交換が行われた。「私の住む奈良市では、医療的ケアに対応できる看護師などが保育園に十分配置されていないため、実質、医療的ケアがある子どもは保護者が付き添わない限り、保育園に通うことができません。市は、医療的ケア児のいる保育園にだけ看護師を配置するのではなく、市内にあるすべての保育園に配置することを前提としているためです。なぜ、医療的ケア児のいる園から段階的に看護師を配置しないのか、すべての園に配置することは、時間的にも人員的にも厳しいのはわかっていると思うのですが」(奈良県在住・Bさん)
一方、大阪市では、
「大阪市は基本、医療的ケアがある子どもが入園することになると、市が看護師を配置してくれます。しかし、待機児童の問題などがあり普通でも中々入れないうえ、医療ケアがあるとさらに厳しくなるので、公立の保育園は諦め私立の保育園に行かせています。私立であれば、看護師配置を独自のサービスとして一つの売りにすることができるんです」(大阪府在住・Cさん)
地域によって対応にばらつきがあるのも、医療的ケア児の受け入れが進まない原因のひとつにあるようだ。それは単に保育園に限ったことではなく、医療的ケアがある子どもは特別支援学校にさえ通学が厳しくなる事例もあるのだ。
「尼崎市では養護学校に看護師が配置されているとはいえ、生徒数が多いので吸引が多い子どもは看護師を呼ぶ時間も命とりになります。そうなると、母親の付き添いが必要とされます。療育園(小児のリハビリ・保育施設)では母親の負担が大きいということで、看護師以外にも作業療法士の方々が研修を受け、吸引をしてくれるように配慮してくれました。
そのおかげで母子分離(母親は別の部屋におり、子どもだけが保育を受ける)をすることができたんです。養護学校でも看護師だけではなく、教師の方々が研修を受けて吸引できないかと相談したのですが、それは厳しいといわれてしまいました。ようやくここまできたのに、就学すればまた一から体制を整えないといけないので、すごく負担です」(兵庫県在住・Aさん)
「そもそも大阪市は教師や介護職員に医療的ケアのやり方を指導するという意味でも、看護師が入っています。教師が吸引できれば、看護師が来るのを待つ必要がなく、子どももすぐ楽になれますよね」(大阪府在住・Cさん)
大阪市のように一部では看護師の配置などの支援体制が整備され、母親の負担が軽減されはじめているが、いまだに多くの学校では母親の付き添いが求められるケースが多いのが現状だ。
特に人工呼吸器を装着する子どもの場合、学校に看護師が配置され、子どもの状態が安定していても、多くの自治体で親の付き添いが求められる。さらに状況が深刻な自治体も存在する。
「奈良県では人工呼吸器の子どもは、親が付き添っても支援学校に通学することは認めてもらえません。保育園や幼稚園にも通えませんでした。知的な発達に問題がなくても、訪問学習しか認めてもらえません」(奈良県在住・Dさん)
早急に求められる受け入れ体制の制度化
吸引などの医療的ケアは、医療従事者ではない母親でも慣れれば行うことができる比較的、簡単な行為だ。なぜ、多くの学校や保育園では、医療的ケアができる人材を増やし、医療的ケア児を受け入れる方向に進まないのだろうか。「もし、何かあったときの責任の所在が不明確だからだと思います。学校や保育園における役割分担や受け入れ体制のルールを全国的に明確し、定めることができたなら、母親が一から体制を整えなければいけない労力が軽減されると思います」(兵庫県在住・Aさん)
同じ兵庫県在住の方からはこんな声が聞こえてきた。
「私は明石市に住んでいますが、医療的ケアがある子どもが入園できる保育園がなかったため、神戸市で保育園を探しています。明石市から神戸市まで往復一時間もかかるので、仕事を始める上でそれも大きな問題です」(兵庫県在住・Eさん)
なぜここまでの地域格差が生まれるのだろうか。その背景にあるのは、今まで事例を扱ったことがあるか否かの、一種の自治体の“慣れ”によるところが大きい。大阪府が他県より進んでいる背景には、多くの先人たちがいたことがうかがわれる。
大阪府高槻市で訪問看護ステーションソレイユを営む稲田陽子さんもその一人だ。稲田さんにも、医療的ケアが必要なお子さんがおり、普通学校に自ら直談判しに行ったという。
「今でこそ、医療的ケア児の認知度があがりましたが、娘が生まれた20年前は医療的ケアがある子どもを在宅でみることさえ珍しく、学校に通わせることなんて考えられませんでした。学校に嘆願書を出し、最初は私が付き添いをすることで通うことができました。当事者たちが、学校や教育委員会に声をあげないと何も変わらないんです」
明確な判断材料を行政に提供するには
前例がなく、行政側がとまどうことも理解できるが、当事者たちがあげた声に耳を傾けることも必要ではないだろうか。少し話がずれるが、東京都では障がい児の母親が自ら設立した施設を自分の子どもが利用できないという、どこにも明文化されていない独自ルールがあった。先日、問題提起され、東京都が改正に乗り出すという動きがあったばかりだ。こちらの自治体ではいいが、こちら自治体では認めないというのは、差別に値するのではないだろうか。『ウイングス』はそんな当事者たちの声を聞き取り、行政などに伝える役割を担っているのだ。
「医療的ケアや障がいがあっても、地域の学校や保育園に通うことが当たり前になり、その母親たちも、当たり前のように仕事や趣味を楽しみ、地域生活を営むことができる社会になってほしいです。そのためにもウイングスは当事者の方々が直面している問題を取りまとめ、行政をはじめ多くの人に知ってもらい、一緒になって解決策を考え、社会を動かしていくことを目指しています」(本郷氏)
【取材:中西美穂】