■「のぞみ」は実質無料、京王は大人とセットで500円

2年におよぶコロナ禍で苦境に立たされた鉄道事業者が、相次いで「子ども」にフォーカスした取り組みを打ち出している。

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JR東海とJR西日本は11月19日、11月24日から12月19日まで「エクスプレス予約」または「スマートEX」会員限定で、ICカード(チケットレス乗車)を利用して「のぞみ」に乗車(※1)すると、子ども分の購入金額が実質無料(※2)となるキャンペーンを実施すると発表した。東京―新大阪間を例にとると、子ども1人あたり7250円が無料になる。

また京王電鉄は10月2日から12月26日までの土休日、有料座席指定列車用の「こどもといっしょ割 座席指定券」を500円(大人と子どものセット券)で発売中だ。子ども連れでも周囲に気兼ねなく利用できるように、同券利用者専用の「お子さま連れ専用車両」を9・10号車に設定している。

対象となるのは土休日に新宿駅を16時台から21時台に発車する「京王ライナー」と、同駅を8〜9時台に発車する「Mt.TAKAO」号の計13本。秋の行楽や都心方面での買い物帰りの利用を想定している。両列車の座席指定券は大人と子どもが同額の410円なので、通常の820円から320円引きとなる。

※1 一部区間は対象外
※2 後日、クレジットカードで返金

■“大盤振る舞い”背景にある3つの狙い

これら施策の狙いは3つある。ひとつはマイカーを利用するファミリー層の取り込みだ。家族連れは子どもが騒いで周囲に迷惑をかけることを嫌い、時間が余計にかかってもマイカー移動を選択する傾向がある。

加えてコロナ禍以降、公共交通機関を避けてマイカーを利用する人が増えている。2020年5月に日刊自動車新聞とインテージが共同で行った調査によると、マイカー保有者の85%が「公共交通機関は感染リスクが高い」とする一方、60%が「マイカーでの移動は感染の恐れがないので安全だ」と回答している。

また同年4月7日に緊急事態宣言が発出された7都府県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、大阪府、兵庫県、福岡県)在住者にコロナ禍前後の各交通手段利用割合の変化を聞いたところ、鉄道が12.3ポイント減少した一方でマイカーは5.8ポイント増加した。

第2に、子どもを無料あるいは割引することで親つまり大人の利用を誘発するという効果だ。子どもの運賃・料金分は減収になるが、キャンペーンにより普段利用しない層を呼び込めればトータルでは増収になる。利用者の減少で輸送力には余裕があり、これを空席のまま走らせても機会損失となってしまう。イールドマネジメントの観点からしても合理的な取り組みと言えるだろう。

■衝撃を与えた小田急の「全区間一律50円化」

第3は10〜12月という利用者が比較的少ない時期、いわゆる閑散期の需要喚起だ。今回のキャンペーンはJR東海、京王とも年末の繁忙期前までの期間限定であり、あくまでも輸送力に余裕のある閑散期に限定した取り組みとなる。ただ結果が出れば、今後も閑散期や比較的利用の少ない特定列車などで同様のキャンペーンが行われる可能性はあるだろう。

一方、期間限定ではなく恒常的な取り組みとして鉄道関係者に衝撃を与えたのが、11月8日に小田急電鉄が発表した小児IC運賃の全区間一律50円化だ(ちなみに各社とも小学生は小児運賃、未就学児は原則無料。なお小児用PASMOは年齢が確認できる公的証明書等を提示することで、駅やバス窓口などで購入できる)。2022年春の実施を予定しており、あわせて通学定期券、フリーパスなどの企画券についても小児運賃・料金を改定するという。

現在、最長区間となる新宿から小田原までの小児運賃は445円。これが約9割引きの50円になるのだから驚きだ。ちなみに最短区間は63円。小田急電鉄によれば無料化も検討したが運賃制度上、他社線との乗り継ぎ割引が設定可能な10円以上の金額にする必要があったため、往復で100円という切りがよく、分かりやすい値段として50円にしたと説明する。

この他にも「将来を担う小学生のお子さまのお出かけをより身近なもの」にするため、今年5月に試行した、子ども連れでも気兼ねなく利用できる「子育て見守り車両」の常設化や、駅でのベビーカーシェアリングサービスの本格導入も予定しており、自治体や他企業とも連携しながら「子育てしやすい沿線」を目指していくとしている。

■回復が見込めない「定期券」から「定期外利用」へ

小田急の狙いは何なのか。その前に大手私鉄の置かれた現状について確認しておくと、小田急を含む15社の2021年度上半期の旅客運輸収入は、軒並みコロナ前から3割前後減少(2019年度同期比)。鉄道やバスを含む運輸セグメントの営業損益は、東武鉄道を除く全社が赤字となった。

そのうち定期券利用者、つまり通勤・通学利用者の運賃収入である「定期収入」は、最初の緊急事態宣言が発出された昨年第1四半期(4〜6月)に、2割から3割減少(同)したまま、ほとんど横ばいで推移している。

一方、定期券利用者以外のすべての運賃・料金収入である「定期外収入」は、パニック的に外出自粛が徹底された昨年度第1四半期に6割前後の大幅な減少(同)となったが、その後は(空港アクセスを担う京成を除けば)感染状況を反映しながら2割から4割程度の減少(同)で推移している。最大の感染者数を記録した「第5波」にあたる第2四半期も前年同期を上回っており、定期外利用は底を打ったと見られる。

減少したままの定期利用に対して、回復の傾向を見せている定期外利用。実際、各鉄道事業者はコロナが収束しても、テレワークの普及に代表される働き方の変化により、定期利用は元通りには戻らないとの見方をしている。これに対して定期外利用は、時間はかかるが元に戻るという期待が大きい。

定期外利用は輸送力に余裕のある日中時間帯が中心で、定期券のような大幅な割引もないため増収(収支改善)に直結する。定期外収入を増やすには、より多くの人に乗車してもらうか、利用者の単価を上げるかのどちらか、あるいは両方だ。

■「若い子育て世代」という優良顧客を増やしたい

鉄道における単価とは運賃と料金であるが、より多くの運賃を払ってもらう、つまり普段の目的地よりも先まで移動してもらうということはあり得ない。現実的なのは、特急列車や有料着席列車の料金収入で単価を上げることで、前述の京王の取り組みはこの一環と言えるだろう。

一方、利用者を増やすのは容易なことではない。日本の人口は2008年をピークに人口減少社会に突入しており、2050年頃には1億人を割り込む見込みで、依然として人口増加が続く東京でも、2030年頃をピークに減少に転じると予想されており、各社間・路線間の沿線人口争奪戦は今後ますます激化するだろう。

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そのような中で「小児運賃50円化」により「小田急線沿線は子育てしやすい」というイメージが定着すれば、若い子育て世代という末永く鉄道を利用してもらえる優良顧客の流入を促進し、沿線人口の維持、増加が期待できる。

それだけではない。通勤・通学定期利用は(定期券をもう1枚余計に買うことはないので)沿線人口に比例するのに対し、定期外利用は普段、鉄道に乗らない人を開拓する余地があり、また1人あたりの利用回数が増加すれば、延べの利用者を増やすことができる。

■約2億5000万円の減収でも「むしろ安い」

小田急の取り組みに共感して移住した家族は、積極的に鉄道を利用するだろうから、日常の利用回数も増え、大人の運賃収入につながるというわけだ。また効果は鉄道だけに留まらない。同社が経営する不動産や百貨店、スーパーマーケットに加え、箱根や江の島などの観光利用に繋がるなど、グループとしての相乗効果も期待できる。

元々、鉄道利用者に占める小児の割合はごくわずかで、運賃も半額であるため大きな収入ではない。小田急によれば運輸収入に占める小児運賃の割合は0.7%で、値下げにより約2億5000万円の減収になると試算しているが、こうした効果を踏まえれば「広告料」としてはむしろ安いとさえ言えるだろう。

こうした問題意識はコロナ禍以前から共有されていたものだが、コロナ禍により時計の針が10年早く回り、2030年代を想定していた経営環境の変化が眼前に立ち現れたのが今の状況だ。今回の「小児運賃50円化」も3年ほど前、つまりコロナ禍以前から検討が始まっていたといい、図らずもコロナ禍によってさらなる注目を集めることになったわけだ。

■生き残りをかけ「常識破り」に乗り出した

ではこれほど効果的な施策がこれまで行われなかったのはなぜなのだろうか。実は鉄道運賃は四半世紀ほど前まで運輸大臣(当時)の認可を受けなければ、一定以上の割引をすることができなかったのだ。

また鉄道営業法の定める鉄道運輸規程は「鉄道ハ十二年未満ノ小児ヲ第一項ノ規定ニ依リ無賃ヲ以テ運送スルモノヲ除キ大人ノ運賃ノ半額ヲ以テ運送スベシ(第十条)」と定めていたこともあり、小児運賃は普通運賃の半額というのが、誰も疑わない「常識」だった。

だが1997年に現在の「上限価格制」が導入され、国土交通省の認可を受けた上限運賃の範囲内であれば、国土交通大臣への事前の届出があれば原則として自由に割引することができるようになった。

ちなみに今回の小田急の「小児運賃50円化」も、運賃そのものの改定ではなく上限価格制のもとで、ICカード利用に限って運賃を割り引く扱いをしており、通常の磁気券の乗車券を購入した場合はこれまで通りの小児運賃が必要となる。

上限価格制が導入されたものの、2000年代に入って都心回帰が起こり都市人口は増加。大手私鉄は好景気に沸いたため、大胆な値下げを行うインセンティブが働きにくかったのは事実だ。しかしコロナ禍により状況は一変。アフターコロナと、その先に訪れる人口減少社会を生き残るには安穏としているわけにはいかなくなった。

今後、他の私鉄が小田急に追随する可能性はあるが、二番煎じではアピール不足だ。小田急を上回るアイデアとインパクトのある取り組みに期待したい。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)