ユナイテッド航空のテストパイロットであるライアン・スミスは10月初旬、メキシコ湾上空で90分間の試験飛行を実施するためにヒューストンから飛び立った。彼が操縦する「ボーイング737」旅客機には乗客がおらず、代わりに特殊な燃料が積まれていた。

「フライトの脱炭素化を実現する「持続可能な航空燃料」。加速する実用化の取り組みと、解決すべき課題」の写真・リンク付きの記事はこちら

片方のエンジンを動かしていたのは、テキサス州の製油所が供給する石油由来の一般的な航空燃料である。しかしもう片方は、ロサンジェルスのとある工場が廃棄した未利用の食用油と動物性油脂のみを原料とするバイオ燃料だったのだ。

カーボンフットプリントを70%削減

ユナイテッド航空によると、このフライトにおける各エンジンの燃料消費は600ガロン(約2,270ℓ)で、二酸化炭素(CO2)の排出量も左右で同等(12,660ボンド/約5,742kg)だったという。しかし、バイオ燃料は石油ではなく植物由来の原料から生成されており、植物は光合成でCO2を吸収することから、カーボンフットプリントは通常の航空燃料に比べて約70%少ないとされた。

ユナイテッド航空でグローバル環境問題・持続可能性担当マネジングディレクターを務めるローレン・ライリーは、「わたしたちは、持続可能な燃料を使った航空機が従来の燃料を使ったときと同じように飛行できることを証明したかったのです」と話す。「そして今回それが証明されました。これは脱炭素化に向けた確かな一歩です」

石油採掘場から片道切符で直接大気中にCO2を送り込む従来の燃料と違い、持続可能な航空燃料(SAF)は植物と燃料、エンジンの3つによって構成される炭素のリサイクルの環の一部として考えられる。事実、米連邦政府と航空業界の推計によると、SAFの製造に使われる原料とエネルギーの種類によっては、CO2の生涯排出量を従来の燃料に比べて50〜80%削減できるという。

今回実施されたヒューストン発の試験飛行は、民間航空機が少なくともひとつのエンジンをSAFのみで稼働させた初めての例である。いまのところSAFは石油由来の燃料と混ぜて使用するよう定められており、その混合率は旅客機の場合は最大50%だ。これまで米国環境保護庁(EPA)は7種類のSAFを認可しており、これに加えて開発途中の燃料もいくつかある。

なお、SAFは「ドロップイン燃料」、つまり既存のジェットエンジンを改修せずにそのまま投入(ドロップイン)できる種類の代替燃料だ。その原料は、多様な植物から家畜用の飼料、廃食用油まで幅広い。生産には熱と化学触媒による精製が必要となるが、SAFを生産する企業の多くがこの工程の低炭素化を図るために太陽光発電や風力発電による再生可能エネルギーを使っている。また、SAFを生産する企業はそれぞれのCO2削減目標を達成するために各製造プロセスで使うエネルギー量を常に把握している必要があるが、そのために監査員まで雇って自社のカーボンフットプリントを認定してもらっているという。

航空会社を悩ますSAFの供給不足

米バイデン政権は国内の航空会社に対しSAFの積極的な使用を奨励しているが、いまのところ生産量は十分とは言えない。米国内でSAFの製造を手がけるプラントはカリフォルニア州パラマウントにあるWorld Energyの廃油処理場と、テキサス州シルスビーにあるGevoの精製所の2カ所のみだ。このうちGevoは、トウモロコシを原料としたイソブタノールというアルコール化合物を蒸留して航空燃料を生成している。

またその希少性から、SAFは価格が通常の航空燃料の2〜4倍におよぶ。ユナイテッド航空は年間40億ガロン(約151.4億ℓ)の燃料を購入しているが、SAFはそのうちの約100万ガロン(約378万ℓ)にすぎない。ライリーは「本当はもっとSAFを増やしたいのですが、十分に供給されていないのです」と言う。

地球温暖化の観点からすると、航空機を飛ばすことは害でしかない。航空会社にもよるが、ニューヨークとロサンジェルスを1往復するだけで乗客ひとりあたり最大2.4トンのCO2を排出するのだ。EPAの計測によると、これは乗用車1台を6,000マイル(約9,656km)走らせた場合、あるいは2,653ポンド(約1.2トン)の石炭を燃やした場合と同じ排出量である。

さらに飛行距離が長くなれば、当然この数字も大きくなる。ベルリンに本拠を置くドイツの環境団体Atmosfairが提供する航空機のCO2排出量計測システムで調べたところ、デンヴァーからパリへのフライトは片道4.9トン、マイアミから上海へ飛べば10トン近くのCO2を大気中に撒き散らす計算になった。

ジェット機によるCO2排出量は世界全体の温室効果ガスの2.5%にすぎないが、専門家らは途上国で空の旅の需要が高まるにつれこの数字も大きくなるだろうと懸念している。また従来の航空燃料は、燃焼時に硫黄や窒素といった汚染物質や水蒸気、飛行機雲なども発生させてしまう。21年1月に大気環境学会誌『Atmospheric Environment』に掲載された米国と欧州の研究者らによる論文は、こうした化合物がジェット機による温暖化への影響を増幅させ、その割合は世界の総排出量の7〜8%まで引き上がると推定している。

米国では政府の支援も拡大

バイデン政権は9月、SAFを生産する企業に対する税額控除や研究開発への助成金の給付を発表した。また、連邦政府の3機関と米国航空会社の連合体の協力によってSAFの使用量を30年までに30億ガロン(約113.6億ℓ)にまで増加させる目標も掲げている。

また、現在は石油由来の燃料へのSAFの混合率が50%までに制限されているが、ユナイテッドは今回の試験飛行の結果を受けてこの規定も見直されることを期待している。「今回のテストで、SAFを燃料とした場合もボーイングの旅客機は支障なく使用でき、従来の燃料を使った場合と何ら変わらない性能を維持できることが証明されました」と、ユナイテッド航空のライリーは言う。「混合制限はもはや必要ないのかもしれません。わたしたちは、当社のすべての航空機がSAFのみで飛べるようになる日を待ち望んでいます」

Gevoの最高経営責任者(CEO)であるパトリック・グルーバーは、GevoがSAFの製造を開始してから10年が経過しており、バイデン政権による税額控除や航空各社からの需要継続によって生産の規模拡大が必要になった場合もそれに対応する技術はすでに確立していると話す。「技術開発は十分です。当社の燃料がジェットエンジンを問題なく動かせることは証明されており、認可も受けています」と、グルーバーは言う。「いまやるべきは資金を投入し、誰もがメリットを享受できるようにすることなのです」

Gevoはこのほど、8億ドル(約911億円)を投じてサウスダコタ州レイクプレストンに新たな施設を建設する計画を発表した。24年の操業開始までに、年間4,500万ガロン(約1億7,034万ℓ)のSAFと3億5,000万ポンド(15万8,757トン)の家畜用飼料の生産が可能になる見込みだ。グルーバーの話では、同プラントはCO2排出量を減らすために、近隣の風力発電所からの再生可能エネルギーで稼働する。

空気から燃料をつくりだす

こうした動きの一方で、植物や廃油を使う代わりに、何もないところからSAFをつくりだそうとしている起業家もいる。これに使われるのは、大気中に含まれるCO2から取り出した炭素分子と水から分離した水素分子とを結合させるという巧妙な化学の技だ。スタンフォード大学の化学工学研究室からスピンアウトしたスタートアップ、Twelveの共同創業者であるニコラス・フランダースは、この手法で持続可能な炭化水素燃料が生成できると説明する。

同社のコア技術は、独自の触媒技術を用いたスーツケース大の電気化学リアクターだ。この装置は水と電気を使ってCO2を燃料に変えられる。フランダースたちはセメントや鉄鋼などの製造工場から出るCO2の流出口の横にリアクターを積み並べ、そこで取り込んだCO2を炭化水素燃料に変換しようと考えているのだ。「必要なジェット燃料の量に合わせて、必要な数のモジュールを組み合わせるだけです」と、フランダースは説明する。

この燃料製造法は、CO2を大気中から直接回収する方法でも機能するという。これは、いわゆる直接空気回収(DAC)と呼ばれる技術だ。

カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らが21年初めに発表した研究によると、炭素を回収する装置を今世紀末までに数万台製造できるよう世界規模で取り組めば、DACによって温室効果ガスを削減できる可能性が高いという。しかし、たとえDACに巨額の資金を投じたところで、パリ協定で定めた「産業革命前と比べて世界の気温上昇を1.5℃以内に抑える」という努力目標の達成に不可欠なCO2削減量のほんの一部しか除去できないとも、この論文は指摘している。

※『WIRED』による気候変動の関連記事はこちら。