小田急電鉄は2022年春からICカードの小児運賃を全区間一律50円にする(記者撮影)

一言で表せば「やられた」です――。

小田急電鉄が2022年春から実施する小児運賃「全区間一律50円」をどう思うか。鉄道各社の広報やIR担当者に尋ねてみるとさまざまな反応があったが、もっとも印象に残ったのが、冒頭の一言だ。「鉄道マンなら同様のアイデアを一度は考えたことがあるはず」という。

だが、前例のない試みだけに検討の俎上に載ることもなかったと各社とも口をそろえる。いわばコロンブスの卵的な施策が生まれた背景には何があったのか。

新宿―小田原間、445円が50円に

多くの鉄道会社の路線では、6歳以上12歳未満(小学生)の乗客は小児運賃が適用され、運賃が半額となる。なお、乳児(満1歳未満の子)は運賃無料、幼児(満1歳から小学校就学までの子)は6歳以上の乗客が同伴する場合、2人まで運賃が無料となり、2人を超えると小児運賃が適用される。

小田急の場合、路線長が最も長い新宿―小田原間は82.5kmある。「PASMO(パスモ)」などの交通系ICカードを使った場合、同区間の大人運賃は891円。小児運賃はその半額の445円である(1円未満は切り下げ)。2022年4月からはそれが50円に引き下げられる。

「イベントのような期間限定ではなく持続的に小児運賃を一律低廉化するのは全国の鉄道初の試み」と、小田急の担当者が胸を張る。

50円という運賃設定は、小児の初乗り運賃が63円なので、「初乗り運賃よりも安くてキリのいい金額」ということから決まったという。


小田急はICカード小児運賃の引き下げで「子育てしやすい沿線」イメージの定着を狙う(編集部撮影)

通常なら小児運賃が319円の新宿―片瀬江ノ島間、141円の新宿―読売ランド間も50円。これまでよりも割安に鉄道移動ができるとなれば、小学生の子供がいる家庭にとっては朗報だ。むろん、小田急の狙いもそこにある。「小田急線を子育てしやすい沿線にしたい。ぜひ親子でおでかけしてほしい」と、小田急の担当者が意気込む。

この取り組みによって子育てしやすい沿線というイメージが定着すれば、今後、ファミリー層が住まい選びの際に小田急沿線を選ぶ動きが増える可能性もある。長い目で見れば、それは鉄道、流通といったグループ経営基盤の安定化につながる。

収入への影響はごくわずか

とはいえ、コロナ禍で鉄道会社の経営はどこも青息吐息。こんな時期に値下げして小田急の経営には影響がないのだろうか。

同社によれば、鉄道運輸収入に占める小児運賃の割合はおよそ0.7%だという。コロナ禍の影響を受けない2018年度における同社の旅客運輸収入は1195億円だったので、小児運賃は8〜9億円といったところだ。それを50円に引き下げることで年間約2.5億円の減収になると同社は見ている。旅客運輸収入への影響は0.2%程度と些細であり、この程度の金額なら、いっそのこと沿線PRのための宣伝費用だと割り切ってもよい。

もっとも小田急側は、年間2.5億円の減収をさらに減らせる可能性があるという。なぜか。

小田急は通常1日1000円の子供用全線フリー乗車券を100円で販売するイベントを2019年、2020年に実施している。このとき行ったアンケート調査によって、子供1人に対して少なくとも大人1人が小田急線を利用し、7割弱の人がフリー切符を100円にしたことがきっかけで外出したということがわかった。

さらに、出かけた人のうち9割以上の人が沿線で買い物をして、そのうち7割弱が小田急の施設を利用しているという調査結果も得られた。


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「小児運賃の低廉化によって大人の外出機会が増えることがわかった。大人の鉄道運賃収入が増加することに加え、当社グループで買い物をしていただければ、トータルで減収を上回る増収が狙える」と、小田急側は意気込む。「収支トントンに持ち込めるのであれば、やらない理由はどこにもない」というわけだ。

今回の施策ではコストを抑える工夫もしている。通常の小児運賃ではなく小児IC運賃のみで実施するのはそのためだ。「切符の紙代はばかにならない」と担当者は話す。紙の乗車券は50円ではなく半額のままとすることで、IC乗車券への移行を促したいという狙いがある。

東急社長は何を語った?

関東で沿線ブランド力の高い鉄道会社といえば、東急が頭ひとつリードする。その意味で、このような沿線のブランド力向上につながる施策は東急が先に始めても不思議はなかった。

では、東急は小田急の今回の施策をどう考えているのか。高橋和夫社長に直撃してみると、こんな答えが返ってきた。

「いいものはまねされることになる。先行者利益は多くない」ーー。

文字通り解釈すると東急も追随するという意味に取れる不気味な発言だ。一方で、東急は2022年1月に運賃値上げを申請するという方針を打ち出している。そのような状況で値下げという矛盾する施策を打ち出すとは考えにくい。となると、小田急とは別の形で子育てしやすい路線だとアピールすることになるのだろうか。

ある鉄道会社の広報担当者は、「子育てしやすい沿線を目指しているのはどの会社も同じ。小田急さんとは方法論の違いにすぎない」と述べた。

小田急が鉄道業界に衝撃をもたらした小児IC運賃50円化に対抗する施策を打ち出してくるのは東急か、それとも別の会社か。いずれにせよ、こうした動きが利用者にとって歓迎すべきことであるのは間違いない。