幕の内弁当は歌舞伎に由来しています(写真:オクケン/PIXTA)

400年の歴史を持つ日本の伝統芸である歌舞伎。私たちの暮らしの中に歌舞伎由来のものがたくさんあります。新著『教養として学んでおきたい歌舞伎』を上梓した伝統芸能解説者の葛西聖司氏が、その詳細について解説します。

前回:実はシビアな競争社会「歌舞伎の襲名」意外な実態

助六寿司はなぜのり巻きといなり寿司?

コンビニなどで人気の「助六寿司」。もちろん人気歌舞伎『助六』から生まれた。細巻きでも太巻きでも、のり巻きといなり寿司のセットが必須。のり巻きは助六の鉢巻。伊達鉢巻といわれファッションアイテム。色は「江戸紫」でのりを連想。恋人は吉原の花魁、揚巻(あげまき)。油「揚」で「巻」いた寿司、いなり寿司である。見事なネーミングだ。

さらに、食べ物では「幕の内弁当」。芝居と芝居の間の休憩時間を「幕間(まくあい)」というが、そこで食べるために一折に飯とおかずを、食べやすい一口サイズで詰め合わせた。いまでは芝居に関係ない彩り弁当として人気になった。

「歌舞伎揚」という煎餅。丸くてひびが入った揚げ煎餅。役者の家紋が米粉の生地に入れてから揚げるので、もともとの紋様の判別は難しいが、「歌舞伎」の由来で登録商標だ。

似ている「ぼんち揚げ」は山崎豊子の小説『ぼんち』(商家のぼんぼんキャラ)からだが、映画で演じたのが扇雀時代の坂田藤十郎や歌舞伎の世界から映画入りした市川雷蔵なので偶然、縁がある。扇雀といえば「扇雀飴」。二代目襲名の折、命名した商品から会社名になって、現在もさまざまなキャンディーを製造している。私はこのCMソングを歌える。

ほかに、お茶漬けのりが歌舞伎カラーといえばイメージがわくだろう。三色の幕、定式幕(じょうしきまく)が由来だが、実際のパッケージは違う。「四色」使われている。それも実際の幕にはない赤と黄色。モデルの色の黒と緑が入っていて、使われていないのはお茶漬けなのに「茶色」、それは地味。色で印象的な黄色と赤、どちらも目に飛び込んでくるインパクト。発売から70年変わっていないとか。

三色は「黒」「柿」「萌黄(もえぎ)」と歌舞伎では言う。柿は実の色ではなく柿渋色とか。萌黄も緑というよりふさわしい和名である。ちなみにこの色は江戸の芝居小屋、江戸三座に限る。森田座と市村座の幕の色。中村座は「黒」「柿」までは一緒だが「白」の三色。「平成中村座」で使用される。上方の芝居小屋は三色ではなく自由にさまざまだったとか。

幕は「幕を引く」「幕を下ろす」など、芝居から生まれた日常語。「幕開け」も多用されるが、歌舞伎では「幕開き」である。「あけ」と誤用が増えたのは「夜明け」感覚から転用されたからだ。

花道は祝儀を渡す場所の幅が広がっていった

「人生の花道」「引退の花道を飾る」などの花道。歌舞伎研究の服部幸雄からは、ひいき客が「花=祝儀」を渡す場所がいつしか幅が広がって舞台として演技にも使われるようになったからと教わった。大衆演劇のお札の首飾りや昭和の歌謡ショーの花束贈呈を連想してほしい。

最初からあの一本道があったわけではなく、升席にするため縦横に客席には長い板(歩み板)が配置されていて、そのうちの一本の幅が広くなり花道へと進化していったという。もう一本の上手側の仮花道とともに両花道といって、同時に使う演出もある。「御所五郎蔵」「吉野川」「かさね」など、観客は首を左右に振りながら、ぜいたく体験をすることになる。

カノジョにご馳走するときやプレゼントで「見栄(みえ)を張る」という表現は、芝居由来ではない。「見得(みえ)を切る」が正しい。「大見得を切る」なども使う。ここぞという勝負時、ビジネス会議のプレゼンテーションの結論を大きな声でゆっくりと締めくくる。ぎょろりと目玉をむいたり、書類を手に掲げてストップモーション。歌舞伎から「見得」ポーズを学んでほしい。役に立ちますよ。夫婦喧嘩では多用しないように。

裏取引で実は専務の命令で動く場合、「アイツ、専務の差し金で発言してんだぜ」と訳知り人がささやく声。「差し金(さしがね)」も芝居用語だ。蝶々が細長い竹棒の先について、飛んでいる「鏡獅子」「保名」などの場面で後見がしならせて操る。

竹と蝶をつないでいるのが柔らかい金属、なので「金」の文字。そのしなり方が絶妙、蝶のほか、鳥は「楼門五三桐」「関の扉」、恐い人魂は焼酎の火を差し金に吊り、「再岩藤(ごにちのいわふじ)」「四谷怪談」などで活躍する。後見は黒衣の場合が多い。

「黒衣(くろご)に徹します」。先ほどの専務命令の人は表で「傀儡(かいらい)」として活躍するのだが、専務の陰で裏取引をしたり、帳簿をごまかしたり、社長追い落としの……(ドラマの見すぎ)。

「あいつが黒幕」。つまり姿を見せず、実は専務の背後に、合併を持ち掛けるライバル会社の思惑があって……謎の人物。つまり、ドラマではシルエットで浮かぶ。顔も名前もあきらかではない。黒=見えない、という芝居ルール。死んだ人がいつの間にかいなくなるのは黒衣2人が黒い幕を広げて隠し、舞台上から消すので「消し幕」ともいう。

「暗闘」と書いて「だんまり」と読ませる

「あいつダンマリをきめこんでるぜ」。刑事ドラマの被疑者沈黙。もちろん「黙る」からきているが、歌舞伎では「宮島のだんまり」「市原野のだんまり」などの作品名にもあり、「四谷怪談」などでも途中、出演者全員が手探りをする場面がある。


真っ暗闇で見えない設定。長唄「露は尾花(つゆはおばな)」などの曲が流れ、宝物を奪い合ったり、立ち回りをしたり、敵味方入り混じって互いの様子を探り合うというスローモーション場面だ。これが面白い。漢字では「暗闘」と書いて「だんまり」と読ませる。言葉は生きている。

歌舞伎俳優のコマーシャルは、「勘定奉行」のように歌舞伎らしいものは少ない。スーツ姿や普段着素顔でさまざまだが、最近面白かったのは「飲みすぎ防止の胃薬ドリンク」。つまり二日酔いの薬を宣伝していた俳優が契約期限切れを待って、今度はビールのCMに出ていたので笑ってしまった。江戸時代から歌舞伎役者は名前で売り出す。当然タイアップ商品や役者名が付く人気アイテムがある。

2020東京オリンピックの市松模様は「佐野川市松(さのがわいちまつ)」の着ていた衣裳の柄から。市松人形も美貌の女形に似せたため。茶色でも「團十郎茶」「梅幸茶」「路考茶」「芝翫茶」など役者好みの色が色名事典に掲載されているので比べてみてほしい。三代目澤村田之助は人気アイドルの女形。「田之助紅」という口紅が商品化された。

三代目中村歌右衛門(初代芝翫)は起業してダブルインカム。店名は「芝翫香(しかんこう)」。びんつけ油、白粉から売りだしたが櫛、かんざしのアクセサリー「芝翫好み」という人気商品も。経営者はかわったが店名は200年続き、いまでは宝飾店。きらびやかさはかわらない。