「服を脱いでコンパニオンにセクハラ」旅行添乗員が見た"宴会係が忌み嫌う3つの職業"
※本稿は、梅村達『派遣添乗員ヘトヘト日記』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
■旅行添乗員を悩ませる「荒れる宴会」
もう今では、社員旅行はめっきり少なくなってしまった。しかし、建設業界は男の世界ということもあって、いまだに社員旅行を行なう会社が多い。そしてコテコテ系の宴会もいっこうに昔と変わらない。
私が遭遇した建設会社の社員旅行では、宴会につきものの余興がすごかった。社員がマイケル・ジャクソンや美空ひばりに扮したのだが、衣裳ばかりか物真似まで芸人並みなのだ。私も仕事をしながら思わず見入ってしまうほどであった。
あるゼネコンの社員旅行のこと。宴会の打ち合わせに、私ともうひとりの添乗員・竹中、そして旅館の宴会係・飯山が顔を揃えた。添乗員・竹中は50代半ばと思われる女性で、宴会係・飯山も50代後半の男性であった。
打ち合わせをしているうちに、話はいつしか変な方向にそれていった。2人は今の仕事が、イヤでイヤでたまらないという。竹中は、添乗する前日には内臓が重くなり、次の日が来るのが嫌になるときがあると言う。
まだ独り身らしい竹中は、ある程度金が貯まるまではしばらくこの仕事を続けるつもりだという。飯山もそれに呼応するかのように、旅館の宴会係がいかにストレスが多く、つまらない仕事かを言いつのる。特に建築業関係の社員旅行は宴会が荒れるから困ると言った。
■「責任者を出せ」と怒り出す中年男性たち
彼らの愚痴の言い合いは宴会の打ち合わせそっちのけで大いに盛りあがった。
私は50歳をすぎ、転職をして添乗員になった口であり、この仕事を死ぬまでやりたいかと問われれば答えに迷うが、そこまで嫌いな仕事ではない。ここでは黙って2人の話を聞いていた。
彼らは仕事はイヤだけれども、年齢も年齢なのでおいそれと転職などできない、今の仕事より待遇のよい職場があるとは限らない、と意気投合し、互いに慰めあっていた。最初は多少興味を持って聞いていたが、しまいにげんなりしてしまった。
しかし、2人の愚痴の背景には、サービス業界の厳しい現実がある。カスタマーハラスメントという言葉をご存じだろうか。サービス業の現場で、客がスタッフに理不尽な言葉を投げかけたり、行動をとったりして、困らせることである。現在、社会的な問題になりつつある。
ツアーでたびたび訪れる旅館がある。自然と宴会係の男性スタッフ・大槻と顔見知りになった。会えば世間話を交わすようになり、彼はこんな話をしてくれた。その旅館には宴会場に隣接して、個人客用の食事会場がある。
夕食時はとうにすぎ、ほとんどの客が食事を終えて、会場を後にしていた。そんな中、いつまでもチビチビと酒を呑んでいる2人組の中年男性がいた。夕食会場は翌朝、朝食会場へと衣替えをする。
翌日の朝食の準備もあり、片づけをしなければならないので、女性スタッフが食べ終えた皿を運ぼうとした。するとひとりが、まだ食事が終わってもいないのに片づけるのか、俺たちを追い出そうとしているのか、と怒り出した。そして、「責任者を出せ」と言う。
責任者の大槻が呼ばれ、対応に当たった。ひたすら謝り続ける大槻に、2人組は30分にもわたって怒鳴り続けたという。大槻は、そのときのダメージがまだ癒えておらず、またいつか同じようなトラブルが起こらないかとビクビクするようになったという。
典型的なカスタマーハラスメントであろう。
■荒れた宴会をする「3つの職業」
それでも、私に苦労話をしているうちに心が多少軽くなったのであろうか。さらに大槻はおもしろい話を聞かせてくれた。宴会係には忌み嫌う3つの職業がある。理由は宴会が荒れに荒れるからだという。ベスト(ワースト?)スリーは、いずれも私たちの生活に密接に関係している、身近な職業ばかりである。
大槻曰く、1つ目は警察、2つ目は教師、3つ目が銀行員だそうだ。
予約してきたのがこの職業の人たちだとわかると、「嵐の宴会」を覚悟しなければならないという。いずれも安定していて、生活に不安を覚える必要などない職業ばかりである。要するに金銭的には恵まれた人たちである。
しかし、この職業を聞いて、私はハハーンと思ってしまった。というのもいずれも仮面をつけなければできない仕事だからである。もっとも仕事となれば、ほとんどの人が仮面をつけている。
人間音痴の私にしても、添乗業務のときには日常とは異なる顔をしている。だがベストスリーの職業は、自分を律する度合いがきわめて強い。そのために仮面も堅牢にならざるを得ない。アルコールによって堅牢な仮面から解き放たれると反動も大きくなるのではないか。
その結果が、大槻が言うところの「嵐の宴会」なのである。添乗員は、人の素の顔を見る仕事だ。同じく、宴会場のスタッフは仮面の下の顔を見る仕事であり、そこには彼らならではの真理がある。
■服を脱ぎだしコンパニオンに“おさわり”
私も何度か「嵐の宴会」に遭遇している。
ある消防署の慰安旅行のこと。極めつけの“男の世界”ゆえか、出発地でバスに乗ったとたん、盛大な酒盛りが始まった。新人は一気飲みをさせられるなど、それはアブナイ車中となった。
本来の予定は2つの観光スポットに立ち寄ってから温泉旅館に入るというコースであった。しかし、早々にデキあがった幹事は「旅館に直行!」と私に命じた。
バスは観光スポットをすっ飛ばして旅館へと向かった。午後2時前に旅館に到着。一行はおのおのの部屋で呑み続けていたらしい。日が暮れ、いよいよお待ちかねの宴会がスタートする。
乾杯の音頭のあと、すでに完璧にデキあがっていた彼らは諸肌ぬいでの大盛り上がりとなった。そこへコンパニオンが登場。座はいよいよ最高潮に達する。酔った勢いでコンパニオンにおさわりする人が出てくる。
驚いたことに率先してやっているのが年輩の幹部たちであった。さすがにお姉さんたちは慣れたものだった。酔っぱらいの痴態に動ずるふうもなく、「ひと揉み千円いただきます」などと言っていた。翌日、疲れたのか一行はとても静かであった。
大きな声では言いづらいが、前夜の宴会終了後、幹部の一人が「添乗員さん、女を買いたいんだけど案内してくれない?」と直截に尋ねてきた。しかし、その分野は添乗員の業務の範疇外である。旅館の担当者に話をつないだ。その後、彼らは数人で夜の街にタクシーで繰り出していった。
そして、アルコールの抜けきった“男の世界”はさっぱりしていて、それはそれは良い人ばかりなのであった。
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梅村 達(うめむら・たつ)
添乗員
1953年生まれ。東京出身。大学卒業後、映画の制作現場を皮切りに、塾講師、ライター業などを経て、50歳のとき、派遣添乗員に。以来、いくつかの派遣会社を移りながら、現在も日々、国内外の旅行に付き添う現役添乗員である。本書がヒットしたら、「月1〜2回、趣味みたいに添乗員の仕事をしていきたい」というのがささやかな夢。
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(添乗員 梅村 達)