JR山手線の駒込〜田端間には、同線唯一の踏切があります。安全上の問題などで以前から廃止に向けた議論がなされてきました。ただし、山手線に存在することが、鉄道業界の今後を左右する試金石にもなっています。

踏切の数は確実に減っている

 1960(昭和35)年、国内に7万か所以上もあった踏切は、廃止や立体交差化が進められたこともあって、2017年には3万3000か所程度まで減少しました。50年間で半減したことになりますが、「開かずの踏切」は依然、社会問題として取り上げられることがあります。

 私(小川裕夫:フリーランスライター・カメラマン)は全国各地にある変わり種の踏切を訪ね歩いてきました。識者としてメディアなどから見解を求められる機会がありますが、その際に必ずと言っていいほど「なぜ、踏切をなくせないのか」という質問をされます。


JR山手線唯一の踏切、第二中里踏切を通過するE235系電車(小川裕夫撮影)。

「踏切がなくならない」というより、確実に踏切は減っているわけですが、踏切をなくすための工事はいろいろと調整が複雑で、単に撤去すればいいという簡単な話ではありません。ひとつの踏切を廃止するにも、一般的には計画段階から10〜20年の歳月を要します。もちろんその予算も限られています。

 2020年12月、JR東日本と東京都北区は駒込〜田端間に残るJR山手線最後の踏切を廃止すると発表しました。鉄道ファンにとってこの踏切の存在はよく知られていますが、「あの山手線に踏切が残っている」という事実はキャッチーなようで、テレビや雑誌などでもたびたび紹介されます。

 同踏切は「第二中里踏切」という名前がつけられています。「第二」とあるからには、「第一」もありました。第二踏切から100mほど駒込駅寄りの場所です。しかしすでに廃止されて存在しません。ここで第二が残された理由を考察してみます。

思ったほど「開かずの踏切」ではない…

 山手線は日中もおおむね4分間隔で運行されるので、第二中里踏切は「開かずの踏切」なのだろう……とイメージするかもしれません。しかし実際に現地を訪れると、思ったよりも踏切は開きます。もちろん山手線の踏切ですから頻繁に閉まるものの、巷でいわれる「開かずの踏切」とは違う印象ですし、下がった遮断棹を無理やり押しのけて渡ろうとする歩行者を見ることはありません。


第二中里踏切。許可を得て踏切に隣接するビルの屋上から撮影(小川裕夫撮影)。

 高頻度の運行ながら「開かず」にならない理由は、第二中里踏切の立地にあります。同踏切は駅のほぼ中間にあり、踏切からは駒込駅を視認できます。電車が駒込駅に停車している間、踏切は開いており、間もなく駅を出発するというタイミングで踏切が鳴り出して閉まります。各駅停車しか走っていないので、駅に停車中は踏切を開ける時間的な余裕が生まれるのです。このわずかな時間によって「開かずの踏切」になっていないのです。

 山手線には2005(平成17)年まで、池袋〜目白間にも踏切がありました。こちらの踏切は山手線のほか、埼京線や湘南新宿ラインも通過します。そのため、第二中里踏切よりも頻繁に踏切が閉じました。そして、閉じている時間も長かったのです。このような事情もあり、池袋〜目白間の踏切は優先的に廃止され、代替として跨線橋が架けられています。

 一方、第二中里踏切は以前から廃止が議論されながらも、いまだに現役で稼働しています。先述したように、同踏切は「開かずの踏切」とまではいえません。そのため、廃止の優先度は決して高くなかったのです。また踏切がなくなると、線路を挟んで南北が分断され周辺住民の動線が変化し、それが生活に支障をきたすことも想定されます。

廃止理由には新型車両の導入も関係

 踏切を渡らずに線路の南北を行き来するには、駒込駅寄り約300mに設置された中里第一隧道を利用するのが最も近道です。ただし、往復すれば600m。これをかなりの遠回りと見るか、わずかな手間と捉えるかは人ぞれぞれでしょう。

 加えて、中里第一隧道は自動車が通行できません。こうした点が考慮されて、第二中里踏切は残ってきたと考えられます。


並行する湘南新宿ラインの線路は立体交差化されている。相互乗り入れをしている東武鉄道スペーシア100系電車も見られる(小川裕夫撮影)。

 踏切は鉄道事故のもとになるので、安全面を考慮すれば廃止するに越したことはありません。先述の例のように優先度の高い踏切から、行政と鉄道事業者が協力して廃止を進めます。しかしながら第二中里踏切の廃止が決まったのには、別の理由もあります。

 それは2020年1月、山手線を走る車両がすべてE235系という新型車両に置き換わったこと。JR東日本は将来的に、同線で運転士を必要としない無人運転の導入を目指しています。

 すでにE235系では自動で列車を運転する試験が繰り返されており、試験走行では第二中里踏切も通過しています。踏切の通過は可能ですが、より安全性を高めるため、人などが容易に線路内に立ち入れてしまう踏切は廃止するのが前提です。

 自動運転が可能になると、究極的には運転士という人員を割かずに済みます。運転士不足を解消する切り札として鉄道事業者全体から期待され、山手線の試験はその成り行きに注目が集まっているのです。

 第二中里踏切の廃止予定は約10年後とされています。それまでに自動運転の技術はきっと向上していることでしょう。廃止が決まりつつも、実験として自動運転列車が通過する第二中里踏切は、鉄道業界の今後を大きく左右する存在といえそうです。