世界最大級の家電見本市「CES 2021」のポータルサイトにログインした瞬間に、今年のCESはいつもと違うものになると感じた。

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そして開催初日となった1月11日(米国時間)、ヴァーチャルなプレスカンファレンスに数時間ほど参加しただけで、文字通りこれまでの常識を“超越”した域に達したことを実感した。登壇者の様子がコマ割りで並び、参加者はそれを画面越しに観て参加する。それを観ながらジャーナリストたちは、読者が画面で読むであろうレポート記事をキーボードで入力する──というわけだ。

続いてCESの会場に足を運ぶ代わりに、今回はふたつのヴァーチャルイヴェントに画面を切り替えながら参加しようと試みた。そこでは中国の家電大手であるTCLが、ロール式ディスプレイを搭載したスマートフォンのコンセプトモデルを披露している。その様子を観ていて、誤って別のタブをクリックしてサムスンの発表を観てしまったのではないかと思ってしまった。

「ノーマル」への架け橋

最初に感じたことは、数日にわたるヴァーチャルイヴェントへの参加というちょっとした不便さである。そして、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)においてオンラインカンファレンスについて学んだあれこれに、思いを巡らせることになった。

例年なら、毎年1月に15万人以上がラスヴェガスに集まり、ガジェットを眺め、マーケターと交流する一大イヴェントである。CESの運営団体である米民生技術協会(CTA)は、今回のCESのリアルでの開催について2020年7月の段階で中止を決定し、代わりにオンラインイヴェントの計画を始めた。

いま人々は、2022年1月までに本当の意味での「ノーマル」に戻るのか疑問に思っている(もちろん来年は再びリアルに参加できることを心から願っている)。今回のCESは、この状況を「ノーマル」であるかのように見せる“架け橋”として、最善の取り組みになるものと言えるだろう。

ところが時間が経つにつれ、そして将来の明確なヴィジョンを約束するオンラインでの基調講演やマーケティング用の動画を観続けるにつれ、完全なヴァーチャル開催でのCESの価値がますますわからなくなってきたのである。

わたしたちがいつも楽しみにしている新製品は、それほど刺激的であるとは感じられなかった。製品紹介の動画を観るだけでは、実際に優れた製品かどうか判断するのも困難である。テクノロジーの未来を議論する一連の基調講演とパネルディスカッションは、未来を予言する議論という感じはあまりせず、Twitterのフィードで流してしまうであろう「TED Talks」のこぼれ話のように感じられた。

当然のことながら、多くのプレスカンファレンスや基調講演、パネルディスカッションでは、このパンデミックについて触れていた。それを除けば、前の週に発生して死者まで出した米議会議事堂への攻撃はなかったかのように、CESは進行していったのである。

CESと同時開催されたメディア向けの製品デモイヴェント「Pepcom’s Digital Experience」でヴァーチャル展示フロアを“歩く”には、さまざまな企業のロゴがパッチワークのように並ぶ画面をひとつずつクリックしていく必要があった。通常の対面式のイヴェントで展示ブースを見て回ったり、ビュッフェ式の食事を楽しんだりする体験とはかけ離れたものである。

ハードウェアメーカーは、イヤフォンを搭載したN95マスクから紫外線を用いた除菌テックまで、さまざまなものを披露していた。こうしたガジェットとの出合いこそが、CESに参加する目的のはずである。ガジェットといえば、光るマスクが話題になっていた。ゲーム用のライティング規格「Razer Chroma」に対応したライトを搭載しており、換気口を光らせるという製品である。これは人々にマスクの着用を促すかもしれない。

失われた「発見」

わたしたちが毎年CESに参加し続ける理由は、この種の楽観的な発想にある。そして、CESが提供する“白昼夢”のような世界を高く評価している人もいる。

ジャーナリストにとっては、ヴァーチャル開催となったことにははいくつかの利点があった。まず、自分のスケジュールに合わせてオンラインで製品カタログを閲覧できて、ライヴ配信だけでなく録画されたデモも簡単に観ることができる。CTAは2月までウェブサイトでコンテンツを公開し続ける予定なので、それまで基調講演やパネルディスカッションは視聴可能だ。

それに今年はタクシーやシャトルバスでラスヴェガスを縦横無尽に動き回ったり、現場を撮影したショート動画を編集したり、ホテルのバーで雑談したりする時間が減った。おかげで睡眠時間を少し長くとれたかもしれない。

だがCESの“主役”は、うまい話で未来を予見してみせる人々でも、そうした人たちを追いかけるジャーナリストでもない。この展示会を特別なものにしているのは、テックメーカーなのである。ところが、完全ヴァーチャル開催となった今年のCESは、必ずしもメーカーにとっていいものではなかった。

中小メーカーの苦悩

「今年最も苦しんだのは、おそらく小規模のブランドだと思います」と、市場調査会社The Heart of Techの創業者でテクノロジーアナリストのキャロライナ・ミラネージは指摘する。「CESのウェブサイト上に指定された場や体験が与えられなければ、長い出展企業リストの1社にすぎなかったからです」

ミラネージは次のように見解を語る。「偶然の素晴らしい発見がなくなってしまった」というのだ。CESで最もエキサイティングな点のひとつは、巨大な展示会場の片隅で変わった製品を見つけたり、まったくの偶然から何か新しいことを学んだりすることである。ヴァーチャルなCESでは、それは事実上不可能になっている。

実際、CESが開催されるまでにメールや電話などで問い合わせたテック企業の一部は、今年は参加する予定はないと説明していた。またCTAはメーカーに対して、デジタルでの出展のために1,200〜1,500ドルの出展費用を請求している。

この費用には、Pepcomのようなイヴェントへの出展費用は含まれていない(『WIRED』US版の調査によると、Pepcomへの出展費は2,500〜10,000ドルである)。それだけのコストを負担するなら、多くの中小企業はジャーナリストや有望なビジネスパートナーに直接メールを送り、独自にZoomでのブリーフィングを手配したほうがいいだろう。

いまの世の中にそぐわない内容

結果的に今年のCESは、いまの世の中にそぐわないイヴェントだったと感じる。例えば、人工知能(AI)分野におけるジェンダーや人種に帯する偏見に関するセッションでは、グーグルでAIの倫理を研究していたティムニット・ゲブルが解雇された問題については触れられなかった。

ツイッターとグーグルの幹部が参加した別のパネルディスカッションは、欧州の一般データ保護規則(GDPR)に焦点を当てていた。ソーシャルメディアでの偽情報の拡散や、CESが開催される前の週に起きた米議会議事堂への暴徒の乱入におけるTwitterの役割といった直近の重大なニュースは、話題にならなかったのである。

一方で、時代と呼応していると感じさせる例外はいくつかあった。AMDの基調講演では最高経営責任者(CEO)のリサ・スーだけでなく科学者たちが参加し、AMDのチップのほかより数テラフロップス高い計算能力が、新型コロナウイルスなどの感染症の研究にどれだけ役立っているのかについて説明した。

1月12日のセッションは、医療機器とヘルスケアの企業であるアボットのエグゼクティヴ・ヴァイスプレジデントと、マイクロソフトのチーフ・メディカル・オフィサーとの30分の対話から始まった。議論の内容は分子診断法と、ワクチンを流通させるためのサプライチェーンに関してである。また別の基調講演にはマイクロソフト社長のブラッド・スミスが登壇し、最近のSolarWindsへのハッキングと、この種のサイバースパイ活動の広範囲への影響について語った。まさに現在進行形の問題に、真正面から取り組んだのである。

要するに、危機の原因にも問題解決策にもなるのがテクノロジーなのだ。CESは伝統的に「解決策」を提示する点を重視しており、それがCESの魅力の大きな部分を占めている。

「医療システムから学校、そして規模を問わずに発生する企業の負荷に目を向けてきました」と、CESを主催するCTAの会長であるゲイリー・シャピロは言う。「この不確実な時代において、テクノロジーは安定装置であり続けています。一致団結するための推進力なのです」

来年は再びリアルな場で

CTAに対して、今年のCESの完全な中止を検討したことがあったのか、または大幅な縮小開催を検討したことはあったのかと尋ねてみた。この問いに対して広報担当者は、CES 2021が現在も「テックコミュニティが一致団結し、よりよい未来に焦点を合わせる機会」であると考えていると語った。

オンライン開催された今年のCESの参加者数を、この時点でCTAは公表していない。それでもヴァーチャル開催によって、今年は世界中の人々がはるかに参加しやすくなったはずだとCTAは強調している。

その通りかもしれない。これまでのCESと同様に、これから数カ月にわたって話題になり続ける技術や目新しいもの、奇抜なものが展示されていたことも間違いないだろう。それでも、来年は再びリアルな場で開催されるCESに参加できることを、心から願いたい。

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