コインを6回投げたときの順列で、「表、裏、裏、表、裏、表」と「表、表、表、表、表、表」が出る確率はどちらが高いか。名古屋商科大学ビジネススクール教授の岩澤誠一郎氏は、「前者を選ぶ人が多いのですが、実は確率は両者とも1/2の6乗(1/64)です。印象を優先しすぎると仕事や投資において誤った判断をしやすい」という――。

※本稿は、岩澤 誠一郎『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
※【前編】「B」と「13」を見間違えるわけない、と豪語する人は危ないから続く。

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■2問とも正解できたら、かなり優秀です

QUIZ【問題1】

図表1の写真を見てください。二つの馬のおもちゃが写っています。今、定規が手元にあったとして、写真に定規をあてて、それぞれのおもちゃの「(長いほうの)弦」の長さを測ったとします。上のおもちゃの「弦」、下のおもちゃの「弦」は、それぞれ何cmになるでしょうか。定規を使わずに推測をして、「上は何cm、下は何cm」と答えてください。

出所=『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』

【問題2】

コインを6回投げたとします。そのときの結果として考えられる、

1|表、裏、裏、表、裏、表
2|表、表、表、表、表、表
3|裏、表、裏、裏、裏、表

の3通りのうち、もっとも出やすいものはどれでしょうか? 逆にもっとも出にくいのはどれでしょうか? もっとも出やすいと考えられる順番に、たとえば「1>2>3」というように並べて答えてください(※11)。

■実際は、同じ長さだが8割が「上が長い」と勘違いするワケ

REVIEW

それでは、問題をレビューしましょう。まず【問題1】について、皆さんの回答をお聞きします。「上が何cm」「下が何cm」と答えてください。

【A】上が3cm、下が2.5cm。
【B】上下ともに2.5cm。
【C】上が3.5cmで、下が2cm。
【D】上が2.5cmで、下が2cm。
【E】上が3cmで、下が2cm。
【F】上が1.7cm、下が1.5cm。
【G】上が2cm、下が1.5cm。
【H】上も下も1.7cm。

【岩澤】答えが真っ二つに分かれましたね。上のほうが長いと判断した人と、上も下も同じと答えた人がいます。どちらかに手を挙げてください。

上のほうが長いと答えた人?(80%が挙手)
上も下も同じだと答えた人?(20%が挙手)

出所=『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』

■「同じ長さ」と答えた人は変わり者だが、正しい

上も下も同じだと答えた皆さん、皆さんは変わり者です(笑)。この変わり者の方たちにお聞きしましょう。なぜ同じだと判断をしたのか、理由を聞かせてください。

【I】遠近法で考えてしまいそうになりましたが、純粋におもちゃだけで判断すると、同じぐらいに見えます。

【岩澤】システム1を使うと、つい遠近法の見方が思い浮かんでしまう。だから遠近法を排除したということですね。

【J】上のおもちゃの弦の両端から上に補助線を引き、下のおもちゃの弦の両端から下に補助線をそれぞれ引いて、絵の外の空白に弦の幅と同じ線を引いて、写真の情報をすべてカットした状態でサイズを見比べると、同じ長さに見えました。

【岩澤】遠近法を排除するだけでなく、写真に写っている情報も排除したわけだ。さて、正解はどうでしょうか? 定規を持っている人、測ってみてください。

【K】上が1.7cm、下も1.7cmです。

【一同】おお!

【岩澤】多くの皆さんが「上のおもちゃのほうが長い」と判断した理由は遠近法の見方ですね。人間は写真を見るとき、普通は遠近法的な見方で見ます。それは写真の中の情報を三次元の情報として解釈しているということです。そうすると、どうしても上の馬のほうが遠いところにありますから、大きく見えるわけです。しかし私が皆さんに要求したのは、写真を三次元で解釈することではなく、写真上の馬の弦の長さを測るという、写真の情報を二次元で解釈する仕事だったのです。

■写真を二次元で解釈するという仕事は案外難しい仕事だった

【岩澤】写真を二次元で解釈するという仕事は、皆さんにとってはやり慣れているものではありませんから、難しい仕事ですよね。皆さんの脳は、難しい仕事をやれと言われると、それを自分にとって馴染みのある易しい仕事に勝手に変換して対応するのです(笑)。システム2を使うのを嫌がって、自然とシステム1で対応してしまうわけですね。

カーネマンたちは、こうした事態を「属性の置き換え(attribute substitution)(※12)」と呼びました。ある判断を行う際に、人間はその判断の対象となっている属性を置き換えることにより、仕事を自分にとって容易なものにする傾向がみられる、ということです。

これからいくつかの問題をやりますが、そこで繰り返し起こるのはこの「属性の置き換え」です。先に行く前に、ひとつ確認しておきましょう。

先ほど、少数のほうが「上も下も同じ」という正解に辿り着いたわけですが、その方々は、「遠近法を排除する」とか「補助線をひいて」とかおっしゃっておられました。

彼らはシステム1が立ち上がるのを意図的に排除して、意識的にシステム2を使った、ということがわかります。「意識的にシステム2を使う」というのは、原始的なやり方ですが、システム1がミスを犯しやすい場面で自分をマネジメントするひとつの方法ですので、覚えておいてください。

■コインを6回投げたときの順列としてもっとも出やすいのはどれか?

続いて【問題2】にいきましょう。問題をここに再掲しておきます。コインを6回投げたときの順列として考えられる、

1|表、裏、裏、表、裏、表
2|表、表、表、表、表、表
3|裏、表、裏、裏、裏、表

の3通りのうち、出やすいと思う順に「1>2>3」のように続けてください、という問題でした。皆さんの回答をお聞きしましょう。

写真=iStock.com/suteishi
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【M】1>3>2。
【N】1>3>2。
【O】全部一緒。1=2=3。
【P】3>1>2。
【Q】全部一緒。

【岩澤】それ以外の意見ありますか? では皆さんに聞いてみましょう。

「1>3>2」だと思う人?
(約半数が挙手)

「3>1>2」だと思う人?
(約1割が挙手)

「全部一緒(1=2=3)」だと思う人?
(約4割が挙手)

■なぜ「1>3>2」と答えた人が一番多かったのか

【岩澤】ありがとう。まず、一番多かった意見の「1>3>2」の人に聞いてみましょう。なぜそう思われたのか、理由を聞かせてください。

岩澤誠一郎『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

【M】システム1を使って直感的に考えてしまいました。

【岩澤】しまいました?(笑)。どのようにシステム1を使ったら「1>3>2」になりましたか?

【M】同じものが連続して出てくるケースはなかなか考えにくいのではないかと思い、連続性がまばらなものから順に出やすいと考えました。

【岩澤】表が6回も連続しているから2が起こりにくそうなのは明らかですよね。3より1のほうが出やすいと考えたのはなぜですか?

【M】3は、裏が3回続いているからです。

【岩澤】3は「裏、裏、裏」。ここが不自然だと。1は裏が2回続けて出ているだけだから、なんとなくもっとも自然に感じたということですね。同じ「1>3>2」のNさんはどうですか?

【N】3は裏が4回出ています。1は表も裏も3回ずつで、こちらのほうがよりあり得ると思いました。

【岩澤】1は表と裏が3回対3回。でも3は表が2回で裏が4回。1のほうが出やすいに決まっているよねと。説得力ありますね。今度は「3>1>2」のPさんに聞いてみましょう。

【P】1は表と裏がバラバラに出ていてなんかこう、少しわざとらしいというか(笑)。3のほうが表2回、裏4回ってあたりにリアルさを感じまして「3>1>2」としました。

【岩澤】表2回、裏4回ってほうがリアルに感じるわけだ。おもしろい感性ですね(笑)。わかりました。では今度は「すべて一緒(1=2=3)」の人、反論してください。

【O】表が出るのも裏が出るのも確率は1/2で、1)の「表、裏、裏、表、裏、表」の順で出る確率は1/2の6乗=1/64です。2)は「表、表、表、表、表、表」ですが、これもこの順で出てくる確率は1/64、3)も同じですね。

■表と裏の2通りが出る機会が6回、確率はどれも同じで1/64

【岩澤】ありがとう。わかりやすかったですね。正解です。

言い方を変えて解説しましょう。コインを6回投げたときに、表と裏の2通りが出る機会が6回あるから、パターンの違う順列を全部書き出してみると64(=2×2×2×2×2×2)通りあります。その64通りの順列のひとつが出る確率はどれも同じで1/64。そして上の3つはどれもその64通りの順列のうちのひとつですから、出る確率はどれも1/64、というわけです。しかし皆さんの中の半分以上の方は、この3つの出やすさが同じとは思わなかったようです。なぜそう思わなかったのかは、皆さんの議論から明らかですよね。「表、表、表、表、表、表」が目を引くわけです。目立ちますよね。これは印象です。そしてこれを「目立つ」と感じるのは皆さんのシステム1なんです。

そしてここでも、間違えてしまった皆さんの心の中では「属性の置き換え」が起きています。皆さんに与えた課題は「出やすさの評価」、つまり確率の評価でした。しかしこれは難しい仕事です。そこで皆さんは、確率の評価の代わりに、印象の評価を行ったわけです。

■大数の法則と少数の法則

【岩澤】皆さんの間違いの分析をもう少しやってみましょう。印象の評価によって「1>3>2」と感じたり、「3>1>2」と感じたりする人がいたわけですが、多数は「1>3>2」でした。これはやはり「表3回、裏3回」がでたらめに出ている感じのある1のほうが、「表2回、裏4回」の3より出やすい。多くの人にはそう感じられるということだと思います。

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確率論の基本的な定理のひとつに「大数の法則」というものがあります。コインを投げたときに表が出る確率は1/2ですが、実際にコインを投げて、表が出た回数から確率を計算したときに、それが1/2に近い値をとるのは、かなりたくさん投げたときのことなのです。

たとえば1万回コインを投げたとしましょう。そのとき表が出る回数は、たとえば4,852回とか5,123回のはずなんですね。そうすると確率はそれぞれ48.5%、51.2%で、ほぼ50%ですよね。そして直感的に明らかだと思いますが、コインを投げる回数が多ければ多いほど、表が出た回数から計算した確率は50%に近づきます。これを「大数の法則(Law of large numbers)」と呼びます。

さて、この「大数の法則」はサンプル数が小さいときには成り立ちません。たとえばコインを6回投げたときには、結構な確率(=1.6%)で、表が6回連続で出てしまいます。同じように、表は5回ということもあれば、0回ということもある。表が出た回数から確率を計算しても、それが1/2に近い保証はまったくないわけです。なくて当たり前なんですね。

ところが人間はそう感じないのです。サンプル数が小さい場合でも「大数の法則」が成り立っているべきであると感じてしまいます。コインを6回投げたら3回は表が出るべきであると、そのように感じる傾向があるようです。カーネマンたちはこの現象を(皮肉をこめて)「少数の法則(Law of small numbers)」と名づけました(※13)。

■「表、表、表、表、表、表」の次は?

我々は「少数の法則」的な発想にとても馴染んでいます。たとえばこんな問いを考えてみましょう。今コインを6回投げたら、「表、表、表、表、表、表」となりました。さて、次はどちらが出るでしょう?

【R】裏、です(笑)。

【岩澤】そうですよね(笑)。なぜですか?

【R】そりゃ、7回連続はあり得ないですよ(笑)。

【岩澤】ありがとう。わかっていておっしゃっていただいているんだと思いますが、Rさんのおっしゃったことは間違いですよね。表が出る確率も裏が出る確率も1/2なのですが、「少数の法則」的な発想だと、「7回連続はあり得ない」となるわけです。ところで、次は「表」、という人はいませんか?

【S】表です(笑)

【岩澤】はい、なぜでしょう?

【S】いや、これはもう、「今日は表、キテるわー」みたいな感じですよね(笑)。

【岩澤】そういう考え方、感じ方ですかね。ありますよね。この場合、表が6回出たことで、Sさんの頭の中ではこのコインが、表の出やすい特別なコインということになってしまった(笑)。従って、7回目は当然表が出るべきなんだという発想になってしまっているわけです。実はこの感覚は、株式市場の参加者の間に広くみられる発想です。そこで、これから投資信託に関するケースを議論したいと思うのですが、その前にもうひとつだけ用語の説明をしておきます。

■多くの人が「表3回、裏3回」であるべきだと考えている

【岩澤】今の事例で、コインを6回投げたときの結果として、多くの人が「表3回、裏3回」であるべきだと考えているということがわかりました。ヒトはある事象を見るときに、その事象の「あるべき姿」のようなものをパッと思い浮かべるようです。その「あるべき姿」というのは、「表3回、裏3回」のように、確率的な根拠がまるでないわけではない。しかし問題は人が、そのパッと思い浮かべた「あるべき姿」を基に、確率的事象について誤った判断をしてしまいがちだということです。「7回目こそは裏がくる」、あるいは、「7回目も表に違いない」、というようにです(※14)。

写真=iStock.com/filo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/filo

カーネマンとトゥベルスキーはこうした現象を「代表性バイアス」と名づけました(※15)。代表性バイアスとは、パッと思い浮かぶ「あるべき姿」を必要以上に重視してしまうことによる判断のバイアスのことを指します。株式市場は投資家の「代表性バイアス」のかかった判断に満ちた世界です。ケースを議論しましょう。

※10Kahneman(2003)
※11 Kahneman and Riepe(1998)のQuestion 4を翻案。
※12 Kahneman(2003)
※13 Tversky and Kahneman(1971)
※14 コインを6回投げたとき、「表が6回連続」で出る確率は1/64=1.6%であるのに対し、「表が3回、裏が3回」出る確率は6C3/26=31.3%であり、前者と後者とを比べると、後者の方が生じやすい事象であることは間違いない。しかしこの「一抹の真実(a kernel of truth)」は、「7回目こそは裏がくる」や「7回目も表に違いない」ことの根拠にはならない。つまり代表性バイアスに晒されている人は、データの中に含まれる「一抹の真実」を過大に評価し、それを判断の根拠としてしまっていると言える。こうした判断のバイアスは普遍的にみられるものであり、金融市場の大きなボラティリティや、人の属性についてのステレオタイプ的な判断など多くの事象の背景と見ることができる(Gennaioli and Shleifer 2018, Bordalo et al. 2016)。
※15 Tversky and Kahneman(1974)

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岩澤 誠一郎(いわさわ・せいいちろう)
名古屋商科大学ビジネススクール教授
1987年野村総合研究所入社。証券アナリスト業務に従事。2006年から野村證券でチーフストラテジスト。10年にマネージングディレクター。12年から現職。13年に同大学経済学部長に就任。専門は金融経済学・行動経済学。International Review of Economics and Finance誌などに論文を発表。名古屋商科大学ビジネススクールでは、Behavioral Economics(行動経済学)、Corporate Finance(企業金融)などの科目を担当しており、受講生による授業評価が最も高かった教員に与えられるアウトスタンディング・ティーチング・アウォードを2016年度から4年連続で受賞。米ハーバード大学Ph.D.(経済学)。
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(名古屋商科大学ビジネススクール教授 岩澤 誠一郎)