「終電繰り上げ」に賛否両論、鉄道会社が決断に踏み切った“利用者の減少”以上の理由
JR東日本や小田急電鉄が終電時刻の繰り上げを発表し、その波紋が広がっている。「ナイトタイムエコノミー(夜間の経済活動)」の推進にも逆行し、遅番や夜勤がある人にも影響が及ぶ可能性がある。それでも終電時間を繰り上げるのは、経営効率化だけでなく、鉄道インフラを維持する上での深刻な問題があるためだ。
【写真】グラフで見る、「山手線の利用状況」と「人手不足の現状」
コロナの影響もあり、
鉄道利用者は減少
JR東日本の終電繰り上げが話題である。これまで行政側は、東京の「ナイトタイムエコノミー」を推進するべく、2013年12月から六本木‐渋谷で都バスを終夜運転するなど(2014年10月末終了)、深夜時間帯の交通利便性向上を模索してきた。その後の広がりはなかったが、東京オリンピック競技大会期間中に限り、各鉄道事業者は終電を延長することになった。
これが布石となり、深夜時間帯の鉄道運行が広がることも予想されたが、今回の終電繰り上げの発表により、その期待はしぼんだ。
新型コロナウイルスの拡大により、「ナイトタイムエコノミー」で東京を盛り上げる構想も現実感を失いつつある。そのため、賛否はあるものの、終電繰り上げを受け入れざるを得ないと考える人は多いだろう。
鉄道会社を取り巻く状況も一変した。
鉄道利用者は減り、JR東日本の発表によると、山手線(上野〜御徒町)の例では、特に終電付近(0時台)の利用が減少している。コロナ前と比べると、終日で38%減、終電付近(0時台)では66%減である。
JR西日本も終電を繰り上げる。「働き方改革」によって帰宅時間が早まり、大阪、京都、三ノ宮の各駅の利用実績(2019年)では、夕方のラッシュ時間帯の利用が増えて、22時以降の遅い時間帯の利用が減っているという。
両社とも、終電繰り上げで影響を受ける人は少ないと強調するが、この事業者側の論理には反発もある。
飲食店からすれば、新型コロナウイルスの影響で大打撃を受けた後に、JRから追い打ちを受けることになる。また、夜の街関連だけでなく、仕事で深夜に鉄道を利用するエッセンシャルワーカーもいると、暗にJRの社会的責任を問う声もある。
しかし、終電を繰り上げるのは、利用者の減少が主因ではない。それ以前の構造的な問題がある。
あまり知られていない
深夜の“過酷な”鉄道工事
鉄道業界は、鉄道工事の担い手の激減という現実に直面している。線路の下にあるバラスト(砕石)、電車に電気を供給する架線は、定期的に新しいものに取り換えなければならない。これらは列車が運行していない間に行う必要があり、終電後の作業となる。
深夜の鉄道工事は過酷である。
駅員、乗務員にも深夜・早朝に及ぶ泊まり勤務があり、身体への負担は大きい。それでも仮眠が取れるので、昼夜が逆転するわけではない。一方、終電後の鉄道工事は、鉄道が運行していない時間帯に作業をするため、完全に昼夜が逆転する。
深夜に、強いライトを浴びながら、古いバラストをかき出し、新しいバラストを入れて、振動を加えて突き固める。体力的にキツイだけでなく、健康にも影響を及ぼしかねない。しかも、朝一番の列車に支障を与えることが許されず、緊張を強いられる。
これらは、鉄道を支える誇るべき仕事であるが、世間から注目を浴びることはない。
鉄道技術者の中には、普段から鉄道の変化に敏感で、新しいバラストや新しい架線に気づく人もいる。しかし、一般の乗客がバラストや架線の変化に気づくことはないだろう。
運転士や車掌は子どもに人気があり、手を振ってもらえる。同じ鉄道でも、保線や電力に従事する彼らは、その存在すら知られることがない。
しかも、これらの作業は、鉄道会社が行うのではなく、下請け会社に発注される。人材確保が簡単でないのは言うまでもない。
JR東日本より早く、JR西日本が8月の社長会見で終電の繰り上げを発表した。その中で、「保守作業に従事する働き手は、急速に減少しており、当社のあるグループ会社では、線路保守に従事する作業員の方々はこの約10年で23%減少しました。」と言及し、JR東日本も9月3日のニュースリリースで、「当社管内の線路保守作業員は約2割が減少しています。」と同様の実態を明らかにしている。
このような実態に対応するため、大型機械を導入し、省力化を進めてきた。
しかし、大型機械は人間と違って、終電が通過するまで線路わきで待機するわけにはいかず、移動・据え付けに時間を要する。そのため、作業時間が短いと十分に効果が得られない。
作業を効率化させないと、深夜の鉄道工事は減らず、作業者の労働環境も改善しない。このままでは、鉄道工事を担う人材がいなくなってしまう。これが終電繰り上げの最大の動機である。
鉄道関連だけでなく、建設業は就業者の高齢化が著しい。2016年時点で、全産業で29歳以下の割合は16.4%だったが、建設業は11.4%と明らかに少なかった。
一方、55歳以上は全産業で29.3%だが、建設業は33.9%と多い。あと10年もすれば、建設業の担い手は間違いなく激減する。
鉄道というインフラを維持するにも、その足元が揺らいでいる。深夜に鉄道工事の作業をする人たちに思いを馳せない限り、終電繰り上げの是非は語れないだろう。
文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『明暗分かれる鉄道ビジネス』『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』などがある。また、自身のサイト『鉄道業界の舞台裏』も運営している。