■「投資の神様のお墨付き」と大喜びしている場合ではない

米著名投資家ウォーレン・バフェット氏の率いるバークシャー・ハザウェイが、日本の5大商社株を大量取得し、大株主に躍り出た(各社発行済み株式の5%以上)。投資規模は60億ドル(約6350億円)に上る。

写真=Sipa USA/時事通信フォト
2012年6月5日、バークシャー・ハザウェイのウォーレン・バフェット会長兼CEOは、ワシントン経済クラブの25周年記念ディナーに参加。 - 写真=Sipa USA/時事通信フォト

このニュースは個人的に感慨深かった。1998年にバフェット氏が住むネブラスカ州オマハを訪ね、「日本株に興味ないのか?」と直接聞いたことがあったからだ。バフェット氏は「ROE(株主資本比率)が低過ぎる」などと答え、日本株と距離を置く姿勢を示した。それから20年以上経過して、ようやく日本株を買ったのである。

だが、5大商社は「投資の神様のお墨付きを得られた」と大喜びしている場合ではない。各社のROEは10%前後を確保できているが、バフェット氏は投資判断する際にコーポレートガバナンス(企業統治)にも目を向けるからだ。

目先の収益力が高くてもガバナンスに問題があれば長期的には失敗する――このようにバフェット氏は考えている。その点で5大商社は問題含みなのだ。

■バフェット氏「レンタカーを洗車しようとは誰も思わない」

バフェット氏にとってのガバナンスとは何なのか。一言で言えば取締役会と株主の利害の一致であり、「バフェット基準」と呼んでもいい。同基準に照らし合わせると、5大商社の現状はとても褒められたものではない(特に住友商事と丸紅)。

法的には、取締役会は最高経営責任者(CEO)ら経営陣をチェックして株主利益を守る立場にある。そのためには取締役会メンバーは大量の自社株を保有し、オーナー(株主)目線を持たなければならない(米国で取締役と言えば、特に断りがない限り社外取締役を意味する)。これがバフェット基準だ。

バフェット氏は比喩がうまい。取締役会にオーナー目線が必要な点を強調しようとして「レンタカーを洗車しようとは誰も思わない」と語ったことがある。意味するところは、「自分で所有する車ならだれでも喜んで洗車するけれど、レンタカーを洗車しようと思う人はいない」である。

バフェット氏は自己資産(円換算で8兆円以上)の99%を自社株で保有しており、自らオーナー目線を徹底している。バークシャー株主に対して「私が愚かなことをしたら、皆さんと同じように私も損していることを慰めにしてほしい」と折に触れて語っている。

■2300万円以上の報酬の社外取締役が、経営陣に文句を言えるか

さて、バフェット基準で見て最大手の三菱商事はどんな状況なのだろうか。社外取締役の自社株保有(2020年3月期)を調べてみると、大学教授の西山昭彦氏は6373株、元外交官の齋木昭隆氏は1029株、元通産官僚の立岡恒良氏は4651株、元三菱自重工業社長の宮永俊一氏は6372株を保有していた(新任の秋山咲恵氏を除く)。

これに株価を掛け合わせると保有額が出てくる。9月8日の終値ベースで計算すると、西山氏1645万円、齋木氏265万円、立岡氏は1200万円、宮永氏1645万円となる。相当大きいと思ったら現実を見誤っている。取締役報酬との兼ね合いで見なければならないからだ。

有価証券報告書によれば、社外取締役6人は合計1億4000万円の報酬をもらっている。月数回の会合に出席するだけで、1人当たりで年間2300万円以上の報酬を得ている計算だ。最も自社株保有額が大きい西山と宮永の両氏でも、毎年得られる現金報酬が自社株保有額を上回っている。

ここから何が読み取れるのか。社外取締役は経営陣と仲良くして、毎年2000万円以上の現金を得ようとするのではないか。一方で、多額の損失計上で株主利益が損なわれても、あまり気にしないのではないか。仮に持ち株が紙くず化しても、西山と宮永両氏の場合で最大の損失は1645万円にとどまるのだ。

■バフェット基準と対極にあるのが住友商事と丸紅

要するに、三菱商事の社外取締役は「株主の利益を守る」よりも「経営陣に気に入られる」を優先するインセンティブを持ちかねないということだ。オーナー目線になっていない、言い換えればバフェット基準にかなっていない。

実は、5大商社の中では三菱商事はマシなほうだ。西山氏と宮永氏の保有額は5大商社の社外取締役全員の中で最大であり、バフェット基準に最も近い位置にある。

バフェット基準と対極にあるのが住友商事と丸紅だ。自社株を保有している社外取締役が1人も存在しないのだ。少なくとも形のうえではオーナー目線を完全に欠いており、仮に会社がつぶれたとしても社外取締役の懐がまったく痛まないガバナンス構造になっている。

※編集部註:初出時、「バフェット基準と対極にあるのが住友商事伊藤忠商事だ」としていましたが、正しくは「住友商事と丸紅」です。訂正します。(10月1日14時00分追記)

日本でガバナンス議論が交わされるとき、グローバル基準からかけ離れた意見が飛び出すことがある。その中の一つが「社外取締役は中立性を維持するために自社株を保有しないほうがいい」である。これはオーナー目線を真っ向から否定するもので、バフェット基準とは真逆である。

■バフェット基準の2大特徴「自社株は極大」「現金報酬は極小」

背景には日本経団連を中心にした「株主主権」へのアレルギーがある。経営者の間では「株主利益を追い求めると経営が短期志向になる」との見方が根強く、一部の学者の間では「会社は株主のものではなく社員のもの」という意見が出たことさえある。多様なステークホルダー(利害関係者)の中で株主利益ばかり見るとバランスが崩れるという理屈だ。

だが、ステークホルダーの中で最大のリスクを負っているのは株主だ。経営が傾けば真っ先に損失を被り、無一文になる。逆に言えば、株主の利益を守れれば、債権者や従業員、取引先などほかのステークホルダーの利益も守ることができる。

よく出てくるもう一つの議論は「社外取締役にきちんとチェックしてもらうために報酬はできるだけ高いほうがいい」だ。これもバフェット基準とは相いれない。バフェット基準の2大特徴は「自社株保有はできるだけ大きく」と「現金報酬はできるだけ少なく」なのだ。

少し考えれば分かることだが、現金報酬が多ければ多いほど、社外取締役は経営陣に頭が上がらなくなる。事実上「雇用」してもらっている関係にあるためだ。それこそ中立性を失い、経営陣と利害を一致させる格好になりかねない。社外取締役のチェックを甘くしたい経営陣にとっては好都合だろうが……。

■バークシャー取締役の年間報酬は100万円以下

この点でお手本になるのがバークシャーだ。世界最大級のコングロマリット(複合企業)であるというのに、年100万円以上の報酬をもらっている取締役会メンバーは1人もいない(バフェット氏と副会長のチャーリー・マンガー氏も取締役会メンバーであるが、経営側に属するので除いてある。ちなみに両氏の基本給は25年以上にわたって年間10万ドルに固定されている)。

2019年度を見てみよう。社外取締役は取締役会に1回出席すると900ドル(電話で参加すると300ドル)、監査委員会メンバーでもあると四半期ごとに別に1000ドルもらえる。社外取締役10人中、年間6700ドルが4人、2700ドルが4人、それ以下が2人だった。

6700ドルは円換算で70万円強であり、日本のコングロマリットである5大商社の社外取締役とは比べものにならないほど少額だ。ちなみに、社外取締役の1人当たり年間報酬を見ると、三菱商事で2000万円を超えているのに対し、三井物産、伊藤忠商事住友商事、丸紅各社でそれぞれ1500万円前後だ。

一方で、バークシャー社外取締役の自社株保有額は途方もなく大きい。一例として、バフェット氏が名経営者として尊敬するトム・マーフィー氏(米大手テレビ局ABCの元会長)を挙げよう。20年近く取締役を務めている同氏の持ち株時価は、バークシャー株の値上がりもあり円換算で約240億円に達している。

毎年100万円に満たない現金報酬と時価240億円に上る持ち株を比べたら、マーフィー氏にとってどちらが大事だろうか? おのずと答えは出ている。

■5大商社が「永久保有銘柄」になれる可能性はあるか

バフェット氏は「証券取引所が5年、10年と閉鎖されても気にしない」を口癖にしている。長期投資を信条にしているからだ。これはと思った銘柄については「永久保有銘柄」と宣言するほどだ。その中には米飲料大手コカ・コーラや米クレジットカード大手アメリカン・エキスプレス(アメックス)などが含まれる。

もっとも、「永久保有銘柄」だから安泰というわけでもない。例えば米大手銀行ウェルズ・ファーゴだ。過去30年間にわたってバークシャーの大量保有銘柄の一つであったのに、今年に入って大量売却されていることが判明している。不正営業で制裁金を科されるなどガバナンス問題が背景にあるとみられている。

長期保有の前提にガバナンスがあるのだ。ここでのガバナンスとはバフェット基準に立脚したガバナンスであり、重視するのは「形式」ではなく「実質」だ。

形式とは、「社内出身ではない」「取引関係にない」といった基準のことだ。5年前の東芝不正会計事件の際には形式的なガバナンス論が幅を利かせ、自社株保有はほとんど議論にならなかった。

社外取締役が形式的に独立性を確保しているからといって、経営陣を厳しくチェックするとは限らない。多額の現金報酬を得ていればむしろ甘くなりかねない。自社株を大量保有していなければ、仏作って魂入れず、なのだ。

■「株主軽視」から「株主重視」へ大転換するチャンス

バフェット氏は5大商社株の持ち株比率(各社5%強)を最大9.9%まで高める意向を示している。バークシャーがコカ・コーラ株の10%、アメックス株の19%を握っている点を考えれば、場合によっては本格的な長期保有になる可能性もある。

バフェット氏の眼鏡にかなう日本企業が出てきたというのは、「失われた30年」とも言われる日本にとっては久々に明るいニュースだ。「3本の矢」からなるアベノミクス3本目の「成長戦略」にかなう展開ともいえる。

だが、繰り返しになるが、長期保有の前提はガバナンスであり、ガバナンスの核にあるのはバフェット基準だ。5大商社がどこまでバフェット基準に近づけるのか、これから試される。

同時に、日本企業が株式持ち合いに象徴するされる「株主軽視文化」から脱皮し、バフェット流の「株主重視文化」へ大転換するチャンスでもある。そうなれば、不発に終わったとされる「成長戦略」のてこ入れにもつながるのではないか。その触媒になるのが5大商社だ。

個人的にもそんな展開になってほしいと思う。22年前にインタビューして以来、ずっと「いつになったら日本株に投資するのだろう」と思い続け、日本株について記した手紙をバフェット氏に出したこともあったのだ。

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牧野 洋(まきの・よう)
ジャーナリスト
1960年生まれ。慶応大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師。著書に『福岡はすごい』(イースト新書)、『官報複合体』(講談社)、訳書に『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』(ジーナ・キーティング著、新潮社)などがある。
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(ジャーナリスト 牧野 洋)